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第27話:交錯する鋼と、差し出された真っ直ぐな手


 真の武を示す者は、言葉の飾りに頼るまでもなく、一筋の閃光だけで己の生き様を刻みつけていく。

 あの中庭での華々しくもどこか不器用な宣戦布告から、わずか数時間後。

 放課後の陽光が赤く染め上げる第二訓練場には、他ならぬ私たちの姿があった。

 石造りの壁で囲まれた広大な訓練場は、授業の終わった生徒たちが去り、静まり返っている。放課後の静寂を突き破るように、腕組みをした少女の高らかな声が響き渡った。


「おーっほほほ! よくぞ逃げずに参りましたわ、最高傑作の少女、そしてサクラ・フィズ様!」


 訓練場の真ん中で、胸を大きく張りながら仁王立ちしていたのは、転入生のグレイス・バイオレットだった。

 夕日に照らされた赤銅色の二つ結びの髪が、風に揺れている。彼女は手にした身の丈を超える重厚な長槍の柄を、石畳の地面へとドンと突き立て、満足そうに頷いてみせた。


「我がバイオレット家の名にかけて、貴女方の真の実力、しかと見極めさせていただきますわ! さあ、いつでもかかっておいでなさい!」


 語尾に『ですわ』を欠かさない高飛車なお嬢様口調。

 けれど、その佇まいや身体の軸のブレなさは、生粋の貴族令嬢のそれではない。完全に泥と血に塗れて戦場を潜り抜けてきた、生粋の叩き上げ武人のものだった。


「サクラ、あちらの個体は手合わせという名目の戦闘行動を要求しています。私の判断としては、三秒での制圧が可能です」


 私の隣で、リリィがいつものように起伏のない声で呟いた。

 制服の袖口から覗く華奢な腕。彼女の右手の指先が、いつでもジャケットの裏の鉈剣を抜ける位置へと滑り出している。


「殺傷はダメよ、リリィ。あくまで訓練の一環として、怪我をさせない程度にしてあげてね」

「肯定。最大出力を三パーセントまで抑制し、非殺傷運動で対応します」


 リリィが静かに一歩、前へ踏み出した。

 その瞬間だった。

 リリィの体軸がほんの数ミリ沈み込み、彼女の藍色の瞳に、一切の無駄を削ぎ落とした「戦闘者の殺気」が宿った。

 一瞬前までの可憐な少女の面影が消え去り、目の前に現れたのは、あらゆる命を瞬時に解体する極限の死線。


「ひっ……!?」


 それまで「おーっほほ」と高笑いしていたグレイスの動きが、目に見えてピタリと硬直した。

 彼女の全身の毛根が一斉に逆立ち、背筋を冷たい氷で叩かれたような激しい戦慄が走る。赤銅色の髪の隙間から、みるみるうちに真珠のような冷や汗が噴き出していく。

 普通なら、ここで脚が竦み、槍を落として退散する場面だった。リリィの放つ圧力は、死地を潜り抜けた者ほどその真価と恐怖を理解してしまうものだからだ。

 ――けれど。


「す……素晴らしいですわあぁぁぁぁっ!!」


 恐怖を突き抜けた先にあったのは、狂おしいまでの歓喜の叫びだった。

 グレイスは顔を引きつらせ、体中に冷や汗をかきながらも、その瞳に太陽のような熱い光を宿して激しく喉を震わせた。


「見誤っておりませんでしたわ! 本物……本物の強者ですわ! 恐怖で全身の震えが止まりませんけれど、これこそが私が求め続けていた高み! 貴女こそ、私の生涯のライバルにふさわしいですわ!!」

「え……?」


 リリィが珍しく、ほんの少しだけ驚いたように目を見開いた。

 自らの恐怖を瞬時に熱量へと変換し、一歩も退かずに踏み込んでくる人間。リリィの過去のデータにも存在しない、完全に規格外の反応だった。


「参りますわよ、リリィさんっ! バイオレットの誇り、その目に焼き付けなさいなっ!!」


 グレイスの体内から、破格の身体強化魔法による魔力の奔流が爆発的に解き放たれた。

 ドッ、と足元の石畳が爆風のような衝撃で粉砕される。


 速い。


 体躯からは想像もつかないほどの推進力。ただの直進だが、長年国境を守り続けてきた王国の最精鋭の衛兵と並べても決して見劣りしない、研ぎ澄まされた貫通力の塊。

 グレイスの手から放たれた長槍の一撃は、直線上の空気を鋭く押し裂き、真空の筋を残しながらリリィの胸元へとまっすぐに肉薄した。


 だが――。


 リリィの動きには、何の焦りも存在しなかった。

 刺突が彼女の服の生地を捉えるコンマ数秒前。

 リリィは踏み込まれた槍の線上から、まるで舞踏会の踊り子のように、滑らかにその身体を滑らせ、回転させた。

 風を切る刃先が、彼女の可憐な身体を虚空へと逃がす。

 リリィは同時に、腰の後ろから抜いた鉈剣の平を、繰り出された長槍の側面にそっと添えた。

 激しい衝突音すら鳴らない。

 重厚な長槍の持つ膨大な破壊力と運動エネルギーは、まるで空に浮かぶ千切れ雲を刺したかのように、リリィの吸い付くような刃の扱いの前にふわりと無力化され、あらぬ方向の空へと流されていった。


「なっ……!?」


 威力を殺されたグレイスの身体が、前傾姿勢のまま大きく体勢を崩す。

 その隙を見逃さず、リリィは回転の勢いのまま、鉈剣の柄頭をグレイスの無防備な首筋へ寸止めで叩きつけた。

 静寂。

 風の音だけが、訓練場を吹き抜けていく。


「……勝負ありです」


 リリィが静かに鉈剣を収めながら告げた。

 グレイスは長槍を地面に突いたまま、膝を折り、激しい息を吐き出していた。全身は汗で濡れ、先ほどまでの威勢は見る影もない。

 けれど――彼女の顔には、爽やかな敗北感と、深い感動の笑みが浮かんでいた。


「……負けましたわ。見事な技の冴え……文句のつけようもございませんわ」


 グレイスは呼吸を整えると、ゆっくりと立ち上がり、砂埃のついたスカートを丁寧に払った。

 そして、照れくさそうに自分の鼻の頭を指で擦ると、直前までの高飛車なお嬢様口調を崩し、まっすぐな瞳でリリィと私を見つめた。


「……格好をつけようとしていましたけれど、駄目ですわね。私、ずっと憧れていたのです」


 グレイスは、己の内に秘めていた思いをぽつり、ぽつりと語り始めた。


「叩き上げの家柄だからと、王都の貴族たちからは『野蛮な成り上がり』と陰口を叩かれ……どこへ行っても、本当の自分を見てくれる同世代の友人などおりませんでした。そんな時に知ったのです。学園の危機を、二人だけの絆と圧倒的な実力で救った、サクラ様とリリィさんの噂を」


 彼女は大きく息を吸い込み、胸の前で両手をギュッと握りしめた。


「強い二人の隣に立ちたかった。だから……がむしゃらに突っ走ってしまいましたわ。……もし宜しければ、私と……友人になってはいただけないでしょうか」


 真っ直ぐで、飾りのない言葉。

 血の滲むような努力を重ねて侯爵家に上り詰めながらも、孤独と戦ってきた少女の、素直な願い。

 私は一歩前へ出ると、彼女の前で優しく微笑んだ。


「いいわよ、グレイスさん。私でよければ、喜んでお友達になりましょう」

「サ、サクラ様……!?」


 驚きに目を見張るグレイスへ、私は首を振ってみせた。


「『様』なんていらないわ。サクラでいいの。……ねえ、リリィも、いいでしょ?」


 私が振り向くと、リリィは手元に視線を落とし、それからグレイスの真っ赤な顔をじっと見つめた。


「……サクラの友人選択アルゴリズムに同意します。また、こちらの個体の放った槍撃には、害意のない純粋な『熱量』が観測されました。……不快ではありません」


 リリィはそう言うと、自分から小さな手を、グレイスへ向けてそっと差し出した。


「リリィ・キャロルです。……よろしくお願いします、グレイス」

「リ、リリィさん……っ!」


 グレイスの瞳に、ポロポロと大きな涙粒が溜まっていく。

 彼女はその大きな手を伸ばし、リリィの手を、そして私の手を、両手でしっかりと包み込むように握りしめた。


「ありがとうございます……! サクラ、リリィ! 私、絶対に二人の足を引っ張ったりいたしませんわ! これから生涯をかけて、二人の一番の親友になって見せますわー!!」


 夕陽が赤く染める第二訓練場に、グレイスの泣き笑いのような、けれど心からの明るい声が響き渡った。

 こうして、私たちの平穏だった毎日に、熱血で暴走気味な新しい仲間が加わることとなった。

 凡才の頭脳を持つ私と、心を手に入れた最強のリリィ。

 そして、愚直なまでに真っ直ぐな豪槍を持つグレイス。

 三人で歩む新しい日々は、まだ始まったばかり。

 夕闇が迫る帰り道、三人の繋いだ影は、どこまでも長く、温かく伸びていた。


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