絶好のチャンス
「凍水無影斬」
霜が守の刃先から走り出て、砂の上を十数歩なぞっていった。
六つめの目は、そこで止まって動かなくなった。
陸は歩いていって、守で一度叩いた。
【サンドクラブ】——討伐
『六十』
蓮の報告は平らだった。
これで六回目だ。
最初の一回は、口を開ける前に息を吸っていた。
今はもう、それがない。
頭の中で、ため息が聞こえた。
『オヤジ』
「うん」
『今の、声でかすぎ』
陸は、さっきの自分の声を頭の中でもう一度再生した。
「……まずいのか」
『まずくはない』
蓮は半秒だけ止まった。
『ちょっと恥ずかしいだけ』
陸は言い返さなかった。
左の三歩先にいた男が、さっきの声で飛び上がって、手の刀を落としかけていた。
その男は今、刀を拾いながら、こちらを振り返っている。
陸は顔をそらした。
谷底の反対側から、こもった音がした。
鳴き声ではない。
砂を一袋まるごと地面にこぼしたような音だ。
陸はそちらを向いた。
その辺りの地面が、一角だけ落ちていた。
落ちたその穴は、人が両手を広げたよりも広い。
穴のそばに、何かがうずくまっていた。
【ショベルベア】LV7/徘徊級
熊だった。
だが、その前足は熊の足には見えない。
二本の前足は幅が広くて平らで、縁がまっすぐだ。
シャベルが二枚、そのままついている。
熊は顔を砂に埋めた。
その二枚のシャベルが動きはじめる。
砂が体の両側から噴き出して、岩壁より高くまで上がった。
その砂は空でばらけて、それから雨みたいに落ちてくる。
みんなの頭の上、肩の上、開いた口の中に落ちた。
場にいる人間の半分が、一瞬で全身砂だらけになった。
十秒もたたずに、熊の前にはもう穴が一つできていた。
掘り終わると、熊は歩き出した。
誰のことも見ない。
何歩か進んで、また顔を埋める。
「……あれ、何のために掘ってるんだ」
陸は本気で知りたかった。
『分かんない』
蓮が言った。
『でも攻略には、噛まないって書いてある』
陸は「攻略」という言葉を頭の中に置いた。
家で蓮がゲームをしているときに使う言葉だ。
「……そうか」
それから、一人目が落ちた。
その男は、後ろに下がったときに落ちた。
前の蛞蝓をじっと見ていて、足を一歩後ろに出して、それで丸ごと消えた。
穴は深くない。
手は縁に届いている。
だが砂はゆるい。
掴むたびに、縁が一回崩れる。
そばにいた男が駆け寄って、引き上げようとした。
引こうとしたその男も落ちた。
二人が同じ穴の中にいる。
それから、その穴の底に、もう一つ穴が開いた。
砂が下へ漏れていく。
二人の声も、それについて下りていった。
白い光が二度あがった。
穴の中は空になった。
場外の待機席では、さっきまで笑っている者がいた。
今はもう、そこから音がしない。
熊が何匹いるのか、陸には数えられなかった。
分かるのは、数秒ごとに谷底に穴が一つ増える、ということだけだ。
穴と穴のあいだに残った場所が、どんどん狭くなっていく。
人が真ん中へ寄りはじめた。
そこが、最後までつながって残っている一本だった。
七十何人かが、同じ一本の線の上に立っている。
そして、その線も崩れはじめた。
陸が右足を下ろしたところが、一段沈んだ。
足を引き戻す。
さっきまで立っていた場所から、砂が下へ流れていく。
下は空だ。
しかも、下で何かが動いている。
「……蓮」
『見えてる』
砂の面が、上へ盛り上がった。
あの二枚のシャベルが中から返ってきて、陸の靴の十センチ手前まで来た。
陸は後ろへ跳んだ。着いた足元が、また一段沈む。
どこへ行っても同じだ。
左も崩れ、右も崩れている。
立てる硬い場所がない。
『オヤジ』
蓮の声はぐっと低くなった。
『あいつ、砂の中でだけ速い』
「……うん」
『氷』
蓮は早口だった。
『砂を凍らせれば、潜れなくなる』
「凍水無影斬」
陸は守を自分の足元へ一周回した。
霜が走り出る。
砂が止まった。
靴の先から三歩先まで、一枚まるごと硬くなった。
熊の頭が、その硬くなった砂の下から一度ぶつかってきた。
動かない。
向きを変えて、もう一度ぶつかる。
それでも動かない。
それから熊は二枚のシャベルを上げて、掘りはじめた。
シャベルが氷を削って、ひどく耳障りな音を立てる。
掘れない。
熊は二秒止まった。
その二秒が、この熊がこの場で唯一止まった時間だった。
陸は歩いていって、守をその首に叩き下ろした。
【ショベルベア】——討伐
『七十』
蓮が言った。
それから、あの一行がまた出てきた。
【LV】6 達成しました。
「……今回は長かったな」
『そうだよ』
蓮は、この瞬間をずっと待っていたみたいな言い方をした。
『前は三匹で上がったのに、今回は七匹目まで要った』
『しかも、こいつは前の六匹より手強い』
陸は一度うなずいた。
強くなった気はしない。
ただ、さっき跳んだとき、着地でよろけなかった。
それだけだ。
陸は自分の足元を見下ろした。
硬くなったあの一枚は、まだ硬い。
砂は横を流れていくだけで、入ってこない。
三歩前へ歩いて、もう一度振った。
もう一枚。
そうやって、陸は谷底の上に道を敷いていった。
『……オヤジ』
「うん」
『後ろ、人いるよ』
陸は振り返った。
後ろに四人立っていた。
全員、さっき陸が凍らせた一枚の上に乗っている。
誰も何も言わない。
そのうちの一人は、陸が見ているのに気づいて顔をそらした。
陸はまた前へ一度振った。
四人が三歩ついてきた。
もう一度振る。
七人になった。
「……おい」
後ろで誰かが叫んだ。
「前のやつ!もっと早くやれよ!」
陸は、それが誰に向けた言葉なのか聞き返しそうになった。
『無視して』
蓮の声は平らだった。
『その人たち、一点もくれないよ』
「……うん」
それでも陸は、もう一度振った。
——待機席。
「あれ、何やってんだ」
訊いたのは、さっきからずっと賭けている後ろの列の男だ。
「知らん。地面を凍らせてる」
「凍らせて何になるんだよ、点にもならないのに」
「そうだよな。でも、後ろの列がどんどん長くなってる」
前の列で、誰かが立ち上がった。
その男が立ったのは、あの人間を見るためではない。
あの道がどこまで続くのかを探すためだった。
——谷底。
陸は後ろを見なかった。
分かるのは、一度振るたびに足元に立てる場所が一枚増える、ということだけだ。
十一枚目まで来たところで、あの少年が目に入った。
【ハル】LV5/無級
朝、通路で話しかけてきたあの少年だ。
列の一番後ろに立っている。
両手は下げたままで、何も持っていない。
彼は陸に話しかけなかった。
陸も彼に話しかけなかった。
陸はただ、もう一度前へ振った。
まず、風が来た。
上から下りてくるのではなく、谷の奥から吹き出してくる風だ。
はじめは、砂が少し舞うだけだった。
陸は一度目を細めた。
それから、その風が大きくなった。
立っていられないほどに。
岩壁から小石が落ちはじめる。
谷の奥から、何かがこちらへ来ている。
まだ形は分からない。
見えるのは砂だけだ。
砂が一面、立ち上がった。
【キャニオンストーム】LV24/軍勢級
砂の壁が通り過ぎたとき、あの穴が全部埋まった。
谷底は、また一面平らに戻った。
だが、それは地面ではない。
踏めば同じように沈む。
唯一埋まらなかったのは、陸の足元のあの一本だった。
氷は砂より硬い。
砂は氷の上を流れていくだけで、そこに留まれない。
その道は、一面の黄色の中で、はっきりと白かった。
後ろの列が、全部前へ詰めてきた。
人の足を踏む者がいる。
押されて外へ落ちかける者もいる。
陸は真ん中で挟まれて、動けなくなった。
「前に進めよ!」
「お前が進めよ!」
陸は前を見た。
前も砂だ。
白い道は、自分の靴の先までしかない。
その先には、何もない。
『オヤジ』
蓮の声が近かった。
『天涯幕、ここ見えてないよ』
陸は顔を上げた。
頭上のあの一枚は、一面が黄色だった。
何も映していない。
『チャンス来た』
「何のチャンスだ」
陸には分からなかった。
『あの、まだ使ってないやつ』
『今なら、誰にも見えない』
陸は守を握り直した。
砂の壁は、もう目の前まで来ていた。
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【ステータス(能力面板)】
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【名前】リク(神坂 陸)
【LV】6
【種族】人族
【職業】浪人(初心者)
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【基本能力値】
HP(生命力):85 / 85
MP(魔力) :??? / ???
SP(體力) :80 / 80
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【裝備・武器】:羈絆の刃・守
【 招式塊スロット】:【 風渦曲陣 】【 熱素時限刃 】【 凍水無影斬 】【 幻夢蜃氣斬 】【 ロード中 】
【パッシブ】:【 魔物解析 】【 個体解析 】
【?】:【 放置モード 】【 写身 】




