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本番の前

 石の階段は、思っていたより長かった。


 陸は歩きながら足の感覚が戻るのを待っていて、途中で、前を行く人間も同じくらい遅いことに気づいた。


 痺れているからではない。


 誰も、速く歩きたくないのだ。


 通路の入口に、D組の七十五人が集まっていた。


 靴紐を結んでいる者がいる。三回結び直していた。


 壁際でしゃがみ込んで、膝に顔を埋めている者がいる。


 隅のほうでは、誰かが吐いていた。


 そばにいた人間が半歩下がって、それからまた戻ってきて、その背中を手で叩いた。


 誰も笑わなかった。


 列の真ん中に立っていて、陸はふと、朝の控室を思い出した。


 あのときはまだ笑っている人間がいたし、賭けをしている人間もいた。


 今は、いない。


 自分の靴を見下ろしたとき、地面に影がもう一つ増えているのに気づいた。


 自分のものより長くて、ずっと幅がある。


 振り返る。


 【ムスクルス】LV9/無級


 朝、襟首を掴んできた男が、すぐ後ろに立っていた。


 だが、その男はこちらを見ていない。


 目は通路の向こう側へ向いていて、顔色がひどく白い。


 両手を、ズボンで一度こすった。


 こすってから、もう一度こすった。


 それから陸が見ていることに気づいて、慌てて手を引っ込め、顔をそむけた。


 その両手は、朝、陸の襟首を掴んでいたときには、少しも震えていなかった。


 陸は、身体を前へ戻した。


 「整列! 番号順!」


 進行役の声が、通路の中から響いてくる。


 七十五人が動きはじめた。


 列が前へ進みはじめて、陸の横に一人増えた。


 あの少年だった。


 何も言わずに、ただ隣を歩いている。


 通路の中は暗かった。


 両側が石の壁で、入った途端に外の音が半分ほど切り落とされる。


 残った半分のほうが、かえって大きく聞こえた。


 足音が中で跳ね返っている。七十五人ぶんの足音のはずなのに、七十五人ぶんには聞こえない。


 前が明るい。


 その明るい部分が、だんだん大きくなっていく。


 『……オヤジ』


 「ああ」


 蓮は、その先を言わなかった。


 陸も、訊かなかった。


 腰に手をやると、木刀の柄に触れた。


 「守(まもる)」は、まだそこにある。


 昨日、名前がついたばかりの木の棒だ。


 握った感じは、公園で拾ってくるものと大して変わらない。


 (……凍水無影斬)


 頭の中で、一度唱えた。


 それから口を開けて、ごく小さな声で、もう一度唱えた。


 「……凍水無影斬」


 隣の少年が、こちらを向いた。


 「……緊張してる?」


 「……少し」


 「そう」


 少年は、また前を向いた。


 何歩か進んでから、彼は言った。


 「俺も」


 それきり、何も言わなかった。


 陸は、頭の中でもう一度その五文字をなぞった。


 口を動かす。声も出す。


 蓮が言ったことだ。


 通路の出口に着いた。


 陸は、外へ出た。


 音が、壁のようにぶつかってきた。


 朝もここから一度出ている。だがあのときは七十五人のうちの一人で、人の流れについて歩いていて、誰も彼を見ていなかった。


 今も、誰も彼を見ていない。


 違うのは、この場所全体を見ている人間がいると、彼が知っていることだ。


 上を見上げる。


 待機席がそこにある。


 ついさっきまで彼はあの上に座っていて、あの角度から、人が白い光に持っていかれるのを見て、板が千六百十まで跳ねるのを見ていた。


 今、彼は下にいる。


 下から見上げると、あの席はばかばかしいほど小さかった。


 (……こっちからだと、こう見えるのか)


 もう少し上に、あの一段高い席がある。


 揃いの羽織の人間が並んで座っていて、誰も動かない。


 いちばん端の席で、金の髪の男が腕を組んでいた。


 板を見てもいないし、観覧席を見てもいない。


 下を見ている。


 見ているのはD組ぜんぶで、誰か一人ではない。


 陸は、視線を戻した。


 (……見るな)


 朝、蓮が言った言葉を、今度は自分で自分に言った。


 そのとき、あの傘が目に入った。


 黒い、畳んだままの傘。


 フランシスは向かい側の通路の入口に立ったまま、中へ入っていなかった。


 彼も、D組を見ている。


 陸の位置からでは、その表情までは見えない。


 立っている、ということしか分からない。


 朝、あの人は言っていた。またお困りでしたら、また参りますので。


 だが、動かなかった。


 「D組、位置につけ!」


 七十五人が散って、それぞれの位置に立つ。


 陸は自分の番号のところまで歩いて、止まった。


 足の下は、硬い土だ。


 まだ、何にもなっていない。


 天涯幕が頭上に広がって、その一枚が少しだけ下りてきた。


 場内が、一秒だけ静かになった。


 『……オヤジ』


 「うん」


 『さっき通路で、一個言おうとしたことがあったんだけど』


 陸は次の言葉を待った。


 だが、向こうからは何も聞こえてこない。


 ただ、誰かが息を吸ったような、ごく小さな気配だけがあった。


 『……やっぱいいや。あとで言う』


 「……うん」


 陸は聞き返さなかった。


 それが何なのかは、分からない。


 ただ、柄に置いた手を、少しだけ強く握った。


 それから、地面が動きはじめた。


 ー

【ステータス(能力面板)】

--------------------------------------------------

【名前】リク(神坂 陸)

【LV】4

【種族】人族

【職業】浪人(初心者)


--------------------------------------------------

【基本能力値】

HP(生命力):45 / 45

MP(魔力) :??? / ???

SP(體力) :40 / 40


--------------------------------------------------

【裝備・武器】:羈絆の刃・守(まもる)

【 招式塊スロット】:【 風渦曲陣(ふうかきょくじん) 】【 熱素時限刃(ねっそじげんは) 】【 凍水無影斬(とうすいむえいざん) 】【 幻夢蜃氣斬(げんむしんきざん) 】【 ロード中 】

【パッシブ】:【 魔物解析 】【 個体解析 】

【?】:【 放置モード 】【 写身 】

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