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25/29

相手が悪い

 最初は、誰も気づかなかった。


 水はひどくゆっくり下がっていた。引いているというより、沼の栓を誰かが抜いたような下がり方だった。


 枯れ木が一本ずつ根をあらわにしていき、泥の上に乾いた場所が点々とできはじめる。


 場にまだ立っている人間は、四十人ほどだ。


 彼らは止まらなかった。止まったところで何をすればいいのか、分からないからだ。


 天涯幕が、上へ昇りはじめた。


 沼をまるごと見下ろせる高さまで昇る。


 そこで、陸は分かった。


 水は引いているのではない。


 沼が丸ごと、真ん中へ向かって沈んでいるのだ。


 「……蓮」


 『見えてる』


 『あれ、穴じゃないよ』


 中央の一角が、盛り上がりはじめていた。


 最初はごくゆっくりと。布団の下で誰かが寝返りを打つような動き方だった。


 それから、泥がその背中から滑り落ちはじめた。一枚ずつ、何かの皮を剥いでいくように。


 最後に立ち上がったとき、その背は闘技場の外壁より高かった。


 獣ではない。


 動いている地面だった。


 【スワンプロード】LV45/異形級


 待機席では、最前列が一列まるごと一段後ろへ下がった。


 怖がったのではない。身体が勝手に下がったのだ。


 陸は下がらなかった。


 ただ、その数字を三度読んだ。


 四十五。


 A組のあれは四十二だった。七十数人が飛び込んで、二十秒ももたなかった。


 これは、四十五だ。


 「……逃げろ!」


 待機席から、場の真ん中へ向かって誰かが叫んだ。


 もちろん、届かない。


 場の四十人は、ほとんどが外周へ走った。


 沼王は追わなかった。


 ただ頭を下げて、口を開けて、それから——


 目の前の泥を、その上に立っていた六人ごと、まとめて飲み込んだ。


 噛む音は無かった。


 音そのものが、何も無かった。


 その口の中で白い光が六回ともって、消えた。


 待機席で、吐いている者がいた。


 陸の手が震えていた。


 本人がそれに気づくまでに、何秒かかかった。


 (……違う)


 (こんなものは、俺たちが倒すものじゃない)


 規則の三つ目。異形級は千点。


 千点。


 主催はこういうものを場へ入れて、値札をつけたのだ。


 そのとき、画面の端から一人が歩いてきた。


 待機席で、誰かが低く声を上げた。


 「……嘘だろ」


 黒い傘。


 入場してから今まで、彼は一度もそれを腰から外していない。


 今、外していた。


 フランシスは傘を手に持ったまま、沼王の前まで歩いた。


 沼王が、頭を下げて彼を見る。


 その頭は、彼一人よりも大きい。


 そして、フランシスは傘の先を、そっと水面に置いた。


 控室で床を叩いた、あの一回と同じように。


 音は無かった。


 だが、真ん中へ流れ込んでいた水が、止まった。


 沼が、まるごと止まった。


 次の瞬間、白い霧が水面から一斉に立ち上がった。


 今度は薄い一枚ではない。


 闘技場がまるごと、底から上まで、白で埋まった。


 天涯幕には、何も映らない。


 待機席では、誰も喋らなかった。


 陸は息を止めていた。


 どれくらい止めていたのかは、自分でも分からない。


 霧が晴れはじめたのは、上のほうからだった。


 最初に見えたのは、あれの背中だ。


 動いていない。


 もう少し下りると、頭が見えた。


 頭と身体のあいだが、三歩ほど離れていた。


 【スワンプロード】——討伐


 待機席では、まだ誰も喋らなかった。


 陸は、隣の少年が唾を飲む音を聞いた。


 その音が、はっきり聞こえた。


 はっきり聞こえてしまうくらい、今この待機席が静かなのだと分かった。


 頭上の板が、跳ねた。


 1 フランシス     1610


 四桁だった。


 選抜が始まってから、あの板に四桁が出たのは初めてだ。


 「……これ、もう試合じゃないだろ」


 後ろの列で、誰かが言った。


 言ったきり、誰も続けなかった。


 全員が同じことを考えていて、そしてそれは口に出す必要が無いことだったからだ。


 鐘が鳴った。


 【B組 終了】


 沼が引きはじめた。


 水は縁から乾いていき、それから真ん中へ収まっていく。枯れ木が一本ずつ地の底へ沈んでいく。


 土が両側から閉じて、あれが残していった跡を覆っていった。


 最後に止まったとき、闘技場はまた、ただの平らな土の地面に戻っていた。


 何も起きなかったかのように。


 板の上には、最後の順位がそのまま残っている。


 1 フランシス     1610


 2 ルディ       30


 3 メイ        20


 陸は、その二行のあいだの距離を見ていた。


 A組の一位と二位のあいだは、二十だった。


 B組の一位と二位のあいだは、千五百八十ある。


 (……あれはもう、差じゃない)


 (あの人だけが、別の試合をやっていたんだ)


 B組の人間が、通路から戻ってくる。


 全員、頭から足まで泥だらけだった。一歩ごとに塊が落ちていく者もいる。


 一人だけ、そうでない者がいた。


 黒い傘を手に畳んで持っている。裾も、袖口も、靴の甲も、泥が一つもついていない。


 彼はいちばん後ろを歩いていた。速さも、ほかの人間と同じだ。


 その途中で、足を止めた。


 そして顔を上げ、あの一段高い席のほうを見た。


 陸の視線も、そちらへついていった。


 羽織を着た人間が、一列まるごと立ち上がった。


 そして、いっせいに頭を下げた。


 会釈ではない。礼だ。


 角度は深く、しかも揃いすぎていて、稽古したもののように見えた。


 一人だけ、立たなかった者がいる。


 金の髪の男は、いちばん端に座ったまま、腕を組んでいた。


 ただ、顎をほんの少しだけ引いた。


 フランシスは、一度止まった。


 それから、彼もまた顎をほんの少しだけ引いた。


 今しがた金の髪の男がやったのと、まったく同じ動きだった。


 フランシスは、そのまま通路へ歩いていく。


 だが、中へは入らなかった。


 通路の入口で足を止めて、それから振り返り、向かい側を見た。


 向かい側のあの通路は、今は空だ。


 「C組、入場準備!」


 陸も、つられてそちらを見た。


 向かい側のあの通路は、D組が出てくる場所だった。


 ー

【ステータス(能力面板)】

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【名前】リク(神坂 陸)

【LV】4

【種族】人族

【職業】浪人(初心者)


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【基本能力値】

HP(生命力):45 / 45

MP(魔力) :??? / ???

SP(體力) :40 / 40


--------------------------------------------------

【裝備・武器】:羈絆の刃・守(まもる)

【 招式塊スロット】:【 風渦曲陣(ふうかきょくじん) 】【 熱素時限刃(ねっそじげんは) 】【 凍水無影斬(とうすいむえいざん) 】【 幻夢蜃氣斬(げんむしんきざん) 】【 ロード中 】

【パッシブ】:【 魔物解析 】【 個体解析 】

【?】:【 放置モード 】【 写身 】

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