↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/29

格が違う

 鳥が鳴かなくなった。


 ただ、それだけのことだ。


 陸は隣の少年に声をかけようとして、口を開いて、閉じた。


 (……どう言えばいいんだ)


 (「ここ、鳥が鳴いてません」って言うのか)


 言ったところで、変なやつだと思われて終わりだ。


 それに、言ったからどうなるという話でもない。


 『……オヤジ』


 「ああ」


 『これ、知ってる』


 「何をだ」


 蓮の言い方は、ゆっくりだった。一言ずつ置くような言い方だ。


 『ゲームでさ、急に音が消えたら』


 『ボスが出るんだよ』


 陸は笑おうとして、笑えなかった。


 息子が、本気で言っていたからだ。


 場のほうはまだうるさい。符契、悲鳴、猿が板を叩く音。


 その一枚下にあったものだけが、無くなっている。


 そのとき、天涯幕が動いた。


 人を追っていた場所から引いて、森の上を回りはじめる。


 一周した。もう一周した。


 探している。


 待機席では、さっきまで賭けをしていた連中の声が、だんだん小さくなっていった。


 「……なんだよ、切らねえのかよ」


 「見つからないんだろ」


 「何がだよ」


 誰も答えなかった。


 それから、森の真ん中で、木が一本倒れた。


 音が無かった。


 正確に言えば、木が倒れる音はした。だが、その前に、何も無かったのだ。


 足音も、唸り声も、枝をかき分ける音も。


 ただ——一本の木が、いきなり真ん中から折れた。


 天涯幕が、そちらを向いた。


 画面には何も映っていない。


 葉が動いているだけだ。


 「……どこにいるんだ」


 『オヤジ、あれ』


 『木の影』


 陸は、目を細めた。


 斜めに落ちている木の影の中に、何本か、ほかと違うものが混じっている。


 それが、動いている。


 しかも、同じ方向へ。


 【シャドウストライプ】LV42/異形級


 待機席で、息を呑む音が一続きになった。


 「四十二」


 「嘘だろ、四十二だぞ」


 陸は、何も言わなかった。


 ただ、その数字を、さっき見た三十一と並べてみただけだ。


 カイが三十一。


 一振りで、四眼狼を空中で崩したあの男が、三十一。


 そして、あれは四十二だ。


 画面の中で、影が止まった。


 その中から、目が二つ、開いた。


 次の瞬間、森が弾けた。


 一人が上へ吹き飛んで、木の幹に叩きつけられ、白い光が走って、場外。


 まだ誰も、その姿を見ていない。


 「千点だ!」


 「抜け駆けすんな!」


 七十数人のうち、まだ立っているのは四十人ほど。


 そのうちの二十人あまりが、その方向へ走った。


 陸は、その背中を見ていた。


 (……ああ)


 (駄目だ)


 なぜそう思ったのか、自分でも説明できなかった。


 そのとき、天涯幕の隅に、別の画面が割り込んできた。


 眼鏡の男が一人、人の流れとは逆を向いて立っている。


 走っていない。


 彼は、走り出そうとした隣の人間の腕を掴んで、一言だけ訊いた。


 「なぜ」


 その人間は手を振りほどいて、走っていった。


 彼はもう一度訊いた。今度は別の人間に。


 「なぜ」


 誰も答えなかった。


 無視したのではない。


 答えられなかったのだ。


 陸は、その男へ視線を向けた。


 【テオ】LV20/無級


 (……そういう名前なのか)


 テオは、中指で眼鏡を押し上げた。


 そして踵を返し、まったく逆の方向へ歩いていった。


 待機席で、笑い声が起きた。


 「あの眼鏡、逃げたぞ」


 「ビビりかよ」


 陸だけが、笑わなかった。


 (……違う)


 どこがどう違うのか、陸には言えなかった。


 ただ、あの逆へ歩いていく背中は、逃げているようには見えなかった。


 『オヤジ』


 「ああ」


 『あの眼鏡の人、計算してから歩いていったんでしょ』


 「……何をだ」


 陸は、本当に分かっていなかった。


 『倒せなかったら零だって。規則の一つ目にそう書いてあったじゃん』


 『あの人たち、HP半分削っても最後は零だよ』


 陸は、場の真ん中へ視線を戻した。


 二十人あまりの背中が、まだ同じ方向へ走っている。


 「……零か」


 その言葉には、覚えがある。


 数字が届かなければ零。途中で何をどれだけやったかは、一切数えない。


 『あの人たち、説明ちゃんと聞いてないでしょ』


 「……説明」


 『最初に言ってたじゃん。絶対聞いてないよ』


 陸は、答えなかった。


 その言い方は、家で「今日の給食まずかった」と言うときと、まったく同じだった。


 ——一段高い席では。


 金の髪の男は、さっきから動いていない。


 見ているのは、虎ではなかった。


 「三百二十番」


 隣に座っていた羽織の人間が顔を上げ、その視線の先を追った。


 画面の隅で、眼鏡の男が逆の方向へ歩いていく。


 「……」


 羽織の人間は、何も言わなかった。


 ただ、逆へ歩いていくその背中に目を留めたまま、しばらく動かなかった。


 金の髪の男は、それ以上何も言わなかった。


 その視線は、もう別のところへ移っている。


 ——闘技場。


 飛び込んでいった二十人あまりは、十数秒もった。


 殺されたのではない。散らされたのだ。


 影縞虎は追わない。その場で半回転しただけで、その半円の中に立っていたものが、全部倒れた。


 白い光が、一つずつ走る。


 場外。場外。場外。


 「……ああ」


 待機席で誰かが声を漏らした。自分が殴られたような声だった。


 天涯幕の隅で、数字が動いている。


 残っている人数が、四十いくつから二十へ落ちた。


 そのうちの一人が押し潰されようとした、その瞬間——


 赤い一本の線が、横から通り抜けた。


 その人間はまるごと弾き飛ばされて、二回転がった。


 赤は止まらない。


 いや——止まった。


 半秒ほど、止まった。


 「ごめんなさい」


 聞き取れるかどうかという小さな声を、天涯幕が拾い上げた。


 そして、赤は消えた。


 次の瞬間、もっと奥で木に登りかけていた徘徊級が、二つに分かれた。


 弾き飛ばされた人間は地面に伏せたまま、何が起きたのか分かっていない。


 「……あの子、今、謝ったか」


 『謝ってた』


 「そのまま行ったな」


 『行った』


 陸は、地面に伏せている人間をもう一度見た。


 最後まで、顔を上げなかった。


 誰にぶつかられたのかも、誰に謝られたのかも、たぶん今も知らないままだ。


 画面が引いていく。


 森の西側では、白い髪の少年が軍勢級と向き合っていた。


 虎のほうを、一度も見ていない。


 一振り。蔦を巻いたものが、二つに分かれた。


 頭上の数字が、動いた。


 さらに北。寝間着の子どもが、枝の上に立っていた。


 虎を見ている。


 三秒ほど見ていた。


 それから、背を向けて歩いていった。


 陸は、その小さな背中が枝から飛び降りて、葉の中へ消えるのを見ていた。


 (……あの子も行かないのか)


 鐘が鳴った。


  【A組 終了】


 森が、沈みはじめた。


 木が一本ずつ地の底へ縮んでいき、土が両側から閉じていく。


 影縞虎は、最後の瞬間に、その閉じかけた隙間へ入っていった。


 最初から最後まで、一度も声を出さなかった。


 天涯幕が、闘技場の真上に張り直される。


 名前が、並んだ。


 1 カイ       250


 2 ネロ       230


 3 セリカ      200


 4 テオ       180


 5 ギルベルト     20


 6 サーシャ      20


 7 ノエル       10


 待機席では、誰も喋らなかった。


 四位が百八十。五位が二十。


 あいだが、百六十空いている。


 「……毎年こうなんだよな」


 隣の少年はそれだけ言って、あとは黙った。


 千点の欄は、最初から最後まで空のままだった。


 飛び込んでいった二十人あまりの名前は、一つも板に載らなかった。


 陸は、その板を長いこと見ていた。


 (……四人で、八割を持っていった)


 (残り七十一人が、残りの二割を分ける)


 あれは順位ではない。


 二つの世界が、たまたま同じ板の上に書かれているだけだ。


 A組の人間が、通路から戻ってくる。


 うつむいている者、笑っている者、さっきの一瞬のことを隣にずっと喋っている者。


 いちばん後ろを歩いていたのが、あの寝間着の子どもだった。


 待機席のほうも、観覧席のほうも、見ていない。


 そのまま歩いて、通路の出口まで来て——


 足を止めた。


 陸は、その子が振り返るのを見た。


 人を見たのではない。あの板を見たのだ。


 そこに立って、長いこと見ていた。


 一つ上の行には、二百五十と書いてある。


 自分の行には、二百三十と書いてある。


 子どもは、背中の鎌を少し上へ担ぎ直した。


 そして、歩いて戻ってきて、通路の脇の階段に腰を下ろした。


 両足を揃えて、膝を抱える。


 そのまま座って、場の真ん中を見ていた。


 「B組、入場準備!」


 ー

【ステータス(能力面板)】

--------------------------------------------------

【名前】リク(神坂 陸)

【LV】4

【種族】人族

【職業】浪人(初心者)


--------------------------------------------------

【基本能力値】

HP(生命力):45 / 45

MP(魔力) :??? / ???

SP(體力) :40 / 40


--------------------------------------------------

【裝備・武器】:羈絆の刃・守(まもる)

【 招式塊スロット】:【 風渦曲陣(ふうかきょくじん) 】【 熱素時限刃(ねっそじげんは) 】【 凍水無影斬(とうすいむえいざん) 】【 幻夢蜃氣斬(げんむしんきざん) 】【 ロード中 】

【パッシブ】:【 魔物解析 】【 個体解析 】

【?】:【 放置モード 】【 写身 】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。