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「思わぬ『収穫』」

 列の真ん中に、子どもがいた。


 隣の人間の腰までしか背が無い。顔は丸くて、可愛らしい。市場で母親のあとをついて走っている、あの顔だ。


 寝間着を着ていた。一回り大きい寝間着で、袖が指先まで余っている。


 靴を履いていない。


 背中には鎌があった。自分の背より、大きい。


 その鎌の柄が地面を引きずって、土に一本の線を描いている。本人は、まるで気づいていないようだった。


 「……なんだ、あれ」


 『……うわ』


 蓮の声が、少しだけ跳ねた。ゲームで珍しいものを引き当てたときの、あの声だ。


 『あいつも来たんだ』


 「知ってるのか」


 『サイトに載ってる。ネロ』


 紙をめくる音が一度止まって、それからまた動いた。


 『去年も受けてる。そのとき九つだって』


 「……九つ」


 声に出してから、陸は自分がその数字を繰り返していたことに気づいた。


 『一回戦が終わった時点で、一位だったって』


 「それで」


 場のほうでは、その子どもがもう列の先へ行ってしまっている。土の上には、鎌が引きずった線だけが残っていた。


 『それで、二回戦が始まる前に、自分で帰ったって』


 「帰った」


 帰った、という言葉が、うまく像を結ばなかった。ここまで来て、途中で帰る人間がいるのか。


 『理由、「つまんない」って書いてある』


 陸は、その子どもが裸足で土を踏んでいくのを見ていた。


 足の裏は汚れているだろう。怪我はしていないのか。夜は寒くないのか。


 そういうことが順番に浮かんできて、それから陸は、自分が何を考えているのかに気づいた。


 十歳くらい。蓮と、同じだ。


 残りの二人は、陸が自分で見つけた。


 一人は、赤い髪の女の子だった。高い位置で一つに束ねた髪が、歩くたびに背中で揺れている。隣の人間と肩がぶつかって、すぐに頭を下げた。それから反対側にもぶつかって、もう一度頭を下げた。


 眉尻が、垂れている。人を見ても、すぐに目を逸らす。


 彼女を見ている人間は、大勢いた。


 観覧席から口笛が飛んだ。立ち上がって何か叫んでいる者もいる。


 (……いや、あの格好は……さすがに危ないだろ)


 陸は目を逸らして、それからもう一度、そちらを見た。


 戻したところで、別のものが見えた。


 彼女に集まっている視線の中に、腰の短刀を見ているものは、一つも無かった。


 最後の一人は、危うく見落とすところだった。


 黒い短髪。眼鏡。服は、通りを歩いている誰とも変わらない。


 だからこそ、だ。


 これから命を削りに行く人間しかいない場所で、その男だけが、場所を間違えて来たように見えた。


 その男は、歩きながら何かを呟いていた。声は小さくて、内容までは聞こえない。ただ、口だけがずっと動いている。


 途中で足を止めて、中指で眼鏡を押し上げた。


 それきり、呟くのをやめた。


 『オヤジ』


 「ああ」


 『さっきから誰見てるの』


 その声に、少しだけ探るような色がついていた。


 「……あの二人だ」


 『どの二人』


 「赤い髪のと、眼鏡のと」


 頭の中が、少し静かになった。


 『……オヤジ』


 さっきまでの、面白がっている声に戻っている。しかも一段低い。


 『赤い髪の、どこ見てたの』


 「顔」


 『ほんとに?』


 「……顔」


 待機席の石が、やけに硬く感じられた。


 『ふーん』


 「……違うって」


 陸は、一つ咳払いをした。


 最初に目が行ったのは、確かにそこだ。そこは言い訳しない。


 だが、目が止まったあとで、別のものが見えた。


 あの子は二人にぶつかって、二回とも頭を下げた。それなのに、足の運びだけは一度も乱れていない。頭は本気で下がっているのに、足だけが慌てていないのだ。


 眼鏡のほうもだ。呟くのをやめたのは、忘れたからではない。計算が終わったからだ。終わった人間しか、あそこでは止まらない。


 あの二人だけ、周りと呼吸の間隔が違う。


 (……まあ、顔がきれいなのも本当だけどな)


 鐘が鳴った。


 森の中で、何かが動いた。


 最初に出てきたのは、四眼狼《テトラウルフ》だった。四本足で、四つの目が上下二段に分かれている。上の段が遠くを、下の段が近くを見ているらしい。だからこちらを睨むとき、二段の目が別々に動く。


 続いて、別のものが出てきた。木の上から、草の中から、腐った葉の下から。


 七十五人が、森へ散っていく。


 「風の符契——一条目、烈風斬《れっぷうざん》」


 「火の符契——一条目、火焔刃《かえんじん》」


 「土の符契——一条目、砕岩斬《さいがんざん》」


 葉が舞い上がって、その中で光が乱れる。観覧席のほうが、場よりうるさい。


 最初の一匹が倒れるまで、いくらもかからなかった。


 頭上の面に、名前が一つずつ並びはじめる。


 『オヤジ、動かないで』


 言われるまで、自分が前のめりになっていたことに気づかなかった。


 「動いてない」


 『しばらく見てる。どうやったら効率いいか先に見ておけば、あとで自分で試さなくて済むから』


 「……好きにしろ」


 こういうときの蓮は、声が変わる。


 普段のだらだら喋る子どもがいなくなって、代わりにひどく集中した何かが残る。居間で何度も聞いた声だ。どうしても越えられない面をやっているとき、あの子はこの声になる。


 陸は、膝の上に「守(まもる)」を横たえて、場のほうを見た。


 森の中では、声が途切れない。


 符契。符契。符契。


 叫ばれている名前は、行ったり来たり、同じものばかりだった。


 ずいぶん経ってから、蓮が口を開いた。


 『……オヤジ』


 「ああ」


 頭上の板では、順位がもう三度入れ替わっている。


 『みんな、ずっと同じ技しか使ってないんだけど』


 「どういうことだ」


 陸には、意味が分からなかった。どれも似たようなものを叫んでいる、としか聞こえない。


 『っていうか……たぶん、一個しか持ってないんだよ』


 「……一個」


 『たまに、二個目まで使う人がいる』


 頭の中が、また静かになった。今度は、さっきより長かった。


 『三個の人は、あの二人だけ』


 どの二人だ、とは訊かなかった。


 白い髪の少年と、寝間着の子どもだ。


 あの面の上で、その二つの名前が、いちばん上に並んでいる。


 『でさ、オヤジ』


 蓮の声が、小さくなった。


 『オヤジのやつ、五個あるんだけど』


 ー

【ステータス(能力面板)】

--------------------------------------------------

【名前】リク(神坂 陸)

【LV】4

【種族】人族

【職業】浪人(初心者)


--------------------------------------------------

【基本能力値】

HP(生命力):45 / 45

MP(魔力) :??? / ???

SP(體力) :40 / 40


--------------------------------------------------

【裝備・武器】:羈絆の刃・守(まもる)

【 招式塊スロット】:【 風渦曲陣(ふうかきょくじん) 】【 熱素時限刃(ねっそじげんは) 】【 凍水無影斬(とうすいむえいざん) 】【 幻夢蜃氣斬(げんむしんきざん) 】【 ロード中 】

【パッシブ】:【 魔物解析 】【 個体解析 】

【?】:【 放置モード 】【 写身 】

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