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渦中の彼

 番号札の裏に、組の文字が焼き入れてあった。


 陸の札には、「D」とあった。


 『……最後じゃん』


 「最後だな」


 『やった』


 「やったのか、これ」


 『そりゃそうでしょ。前の三組、タダで見られるんだよ』


 言われてみれば、そうだった。


 会議でも同じだ。最後に喋る人間がいちばん得をする。前の三人が、地雷を全部踏んでくれるからだ。陸はいつもそれを狙って隅の席に座り、そしていつも寝ていた。


 「A組、場に残れ! ほかは待機席へ!」


 三百人の列が四つに割れて、土の地面が一気に四分の三ほど空いた。


 陸は人の流れについて、石の階段を上がった。


 待機席は闘技場の一角にある。土の地面が、ちょうどよく見下ろせる高さだった。石の座席には、昨日の陽に焼かれた温度がまだ残っている。


 腰を下ろしたところで、目の前がふっと暗くなった。


 見上げる。


 闘技場の真上に、水のようなものが張られていた。


 薄くて、平らで、縁が夏の道路みたいに揺れている。何も映っていないのに、そこだけ空が無い。


 「……なんだ、あれ」


 隣に座った少年が、こちらを見もせずに答えた。


 「天涯幕《テンガイ》だろ。中継用の」


 「中継」


 「あんた、田舎から来たのか」


 「田舎から来た」


 少年は懐から薄いものを出した。手のひらより少し大きい。縁が、同じように揺れている。


 「これのでかいやつってだけだよ」


 「……はあ」


 「無涯鏡《ミラージュ》、持ってないのか」


 「持ってない」


 「……そうか」


 少年は、それきり何も言わなかった。陸も、それ以上は訊かなかった。


 昔、会社に中途で入ってきた人がいた。最初の一日、何も分からずに訊いてばかりで、周りは正直、面倒くさがっていた。


 (……こういう気持ちだったのか)


 やがて、その面に文字が浮かんだ。


  【第一回・魔物討伐戦 A組】


  【上位十名を表示する】


 場内の声が、また一段大きくなる。


 「……蓮」


 「あれ、外の人間も見てるのか」


 『見てるでしょ。今の人、中継って言ってたじゃん』


 「……そうだよな」


 陸は、少しだけ背筋を伸ばした。


 伸ばしてから、こんなところで伸ばしても何の意味も無いことに気づいて、力を抜いた。


 レンズを向けられたことは、人生で一度しかない。新作の発表会で、壇上に立たされたときだ。あの日、彼は最初から最後までカメラの横の消火器を見ていた。


 場内に、進行役の声が響いた。


 「——それでは、始める前に規則の説明をします。もう一度、確認してください」


 「一つ。点が入るのは、魔物が倒れたときだけです」


 「どれだけ叩いても、倒しきれなければ零です」


 場の何人かの肩が、動いた。


 「二つ。倒れた魔物の点は、与えた傷の割合で分けます。とどめを刺した者の点が増えることはありません」


 「三つ。徘徊級《ヴァグラント》は十点。軍勢級《レギオ》は百点。異形級《モンストルム》は千点」


 ざわめきが、ぱっと広がった。


 「四つ。試験のあいだ、浪人同士は傷つけられません。刃は通り抜けます」


 「五つ。魔物にやられた者は、その場で場外へ送られます。……以上です」


 陸は、その五つを頭の中で並べ直した。


 並べ終えて、自分が意味を分かっていることに気づいた。


 あれはゲームの規則ではない。売上の表だ。分母と、分子と、配分の比率。そして壁に貼られて、全員に見えるようになっている順位。うちの営業部にも同じものがある。月末になると、誰かがその前に長いこと立っている。


 (……どこでも同じなんだな)


 そのとき、地面が鳴りはじめた。


 割れたのではない。土が真ん中から左右へ退いて、その下の暗がりが出てきたのだ。


 その暗がりの中から、何かが押し上げられてくる。


 先が出て、枝が出て、それから一本まるごと出てきた。


 七十本を超える木が、地面の下から伸び上がってくる。


 最後の一本が止まったとき、闘技場は無くなっていた。


 そこにあったのは、森だった。


 「……嘘だろ」


 隣の少年が、今度はこちらを向いた。


 「あんた、本当に知らないのか」


 「知らない」


 「組ごとに地図が違うんだよ」


 少年はそう言って、また前を向いた。


 陸は、その森を見ていた。


 朝の光が葉の隙間から落ちて、土の上に白い斑をつくっている。きれいだった。


 あの中から、これから何かが這い出してくることを忘れそうになるくらいには。


 「A組、入場!」


 七十五人が、通路から出てきた。


 その瞬間——観覧席が、声を上げた。


 その声を、陸は知っていた。


 レイモンドが立ち上がったときの、あれと同じだ。一回り小さいだけで。


 「出た」


 「今年、あいつだろ」


 先頭を歩いてきたのは、白い髪の少年だった。


 長い髪を、背中に流している。癖の無い、真っ直ぐな髪だった。瞳の色が薄い。灰に近いくらい薄い。表情は、まったく動かない。


 観覧席から上がった女の子たちの悲鳴が、ほかの音を一気に押し潰した。


 彼は、そちらを見もしなかった。


 観覧席も、天涯幕も、隣を歩く人間も、見ていない。


 ただ、前へ歩いていた。


 「……あれ、誰だ」


 『え、オヤジ知らないの?』


 「知らない」


 『ちょっと待って』


 頭の中が、少しのあいだ静かになった。


 また、紙をめくるような音がした。


 『カイ。今年いちばん有力なんだって』


 『あと、サイトの人気投票、顔のほうも一位だって』


 「……そんなのがあるのか」


 『あるよ。しかも圧倒的』


 『何ヶ月か前に、外でB級の浪人が三人がかりで人をいたぶってたのを、一人で倒したって』


 『しかも選抜は今年が初めてだって』


 「……三人」


 陸の手が、思わず止まった。


 B級。その二文字には、覚えがある。


 三日前、B級の浪人が、目の前で肉の欠片に変わった。


 あの、汚れひとつ無い格好で、肩も揺らさずに歩いている十七歳が、あれを三人まとめて倒したという。


 ざわめきが止まらないうちに、声の質が変わった。


 歓声ではない。「え?」という声が、小さな塊になってあちこちで散った。


 列の真ん中を、子どもが歩いていたからだ。


 ー

【ステータス(能力面板)】

--------------------------------------------------

【名前】リク(神坂 陸)

【LV】4

【種族】人族

【職業】浪人(初心者)


--------------------------------------------------

【基本能力値】

HP(生命力):45 / 45

MP(魔力) :??? / ???

SP(體力) :40 / 40


--------------------------------------------------

【裝備・武器】:羈絆の刃・守(まもる)

【 招式塊スロット】:【 風渦曲陣(ふうかきょくじん) 】【 熱素時限刃(ねっそじげんは) 】【 凍水無影斬(とうすいむえいざん) 】【 幻夢蜃氣斬(げんむしんきざん) 】【 ロード中 】

【パッシブ】:【 魔物解析 】【 個体解析 】

【?】:【 放置モード 】【 写身 】

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