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不意の一言

 鐘の音で、目が覚めた。


 一つ、二つ、三つ——六つ。


 (……あと五分)


 そう思ってから、ここには目覚まし時計も、二度寝という概念も無いことを思い出した。


 布団を出て、木刀を腰へ差す。着替えるものは、そもそも無い。


 宿を出ると、通りにはもう白い朝の光が差していた。同じ方向へ歩いていく人影が、いくつも見える。皆、若い。


 西の闘技場は、思っていたよりずっと大きかった。


 石を積んだ外壁が、ぐるりと円を描いている。壁の上のほうには、旗が何十本も並んで垂れていた。まだ風が無い。


 (……コロッセオみたいだな)


 受付で木札を見せると、係の男が名簿に印をつけた。


 「三百七番。選手の控室は、あちらだ」


 「はい」


 控室は、思っていたものと違った。


 新作の企画書に、たしかこう書いてあった。「魅力的なキャラクターが多数登場」。


 陸は、その一文だけをはっきり覚えている。会議で唯一、意味が分かった部分だったからだ。


 だから扉を開ける前、彼は少しだけ期待していた。


 現実は、汗と、緊張と、古い木の匂いだった。


 隅では、少年が一人、桶を抱えてうずくまっている。誰も、それを笑わない。


 『オヤジ、なんか顔に出てるよ』


 「出てない」


 『美人が並んでると思ってたでしょ』


 「出てないってば」


 空いていた壁際に腰を下ろす。


 『そうだ。オヤジ、レベルアップのポイント、まだ余ってたよね』


 「あったな」


 『【個体解析】、取っといて。そしたら、ここにいる奴らのレベルとか、見えるようになるから』


 言われた通り、灰色に沈んだ文字へ指を触れる。


 ぴこん、と軽い音がした。


 【個体解析】——習得済み


 顔を上げると、部屋じゅうの頭の上に、白い枠が並んでいた。


 【トビアス】LV3/無級


 向かいの少年も、その隣も、その奥も。誰の上にも、同じ形の枠が浮かんでいる。


 「……名前と、等級と、階級だけか」


 『しょぼ』


 『……いや待って。てことは、向こうからもオヤジのこと見えてるってことじゃん』


 「そうなるな」


 『LV4って書いてあるよ、たぶん』


 「……あんまり見ないでほしいな」


 そこで、陸はようやく気づいた。


 部屋のあちこちで、妙な光景が広がっている。


 誰もが、自分の刀を額に当てて、口の中で何かを呟いていた。


 「……何やってるんだ、あれ」


 『たぶん、銘を呼んでる』


 「銘?」


 『招式化のときに、自分の刀に名前をつけるんだよ。銘をもらった刀には、その名前に応じた加護がつくらしい』


 『試験の前に、話しかけてるんじゃない』


 陸は、腰の木刀を引き抜いて、しげしげと眺めた。


 「……こいつ、名前あるのか」


 『無いよ』


 「無いのか」


 『オヤジ、まだ名前つけてないでしょ』


 「……つけるものだったのか」


 『つけるものだったんだよ。招式化の前でも後でも、いつでもつけられる』


 陸は、膝の上に置いた木刀を見下ろした。


 周りでは、三百人が、三百本の刀に話しかけている。


 その中で、名の無い木の棒を抱えた男が一人、黙って座っていた。


 『……ちょっと待って。公式サイト、見てくる』


 「公式サイト」


 『向こうにあるの。こっちの世界の』


 しばらく、頭の中が静かになった。


 紙をめくるような音が、遠くで聞こえた気がした。


 『あった。「命名の口上」』


 『そのまま読んで』


 「読むだけでいいのか」


 『いいから』


 陸は木刀を膝に置き直し、言われたとおりに口を開いた。


 「——我、この刃に名を与える」


 周りの音が、ほんの少しだけ遠くなった気がした。


 『次。「今日より汝は」』


 「今日より汝は——」


 そこで、言葉が止まった。


 名前を、決めていない。


 (……名前、か)


 昔、蓮が公園から木の棒を拾って帰ってきたことがある。


 あの子はそれに名前をつけて、三日間ずっと持ち歩いていた。風呂にも入れようとして、綾乃に怒られていた。


 陸は、木刀の柄を握り直した。


 「……守」


 『え』


 「今日より汝は——守(まもる)」


 白い光が、木の表面をひと撫でして、消えた。


 【羈絆の刃「守(まもる)」】


 しばらく、蓮は何も言わなかった。


 『……なんでそれ』


 「お前がつけた名前だろ」


 『覚えてないし』


 「父さんは覚えてる」


 『…………』


 『……ふーん』


 それきり、蓮は黙った。


 膝の上の木刀は、さっきまでと同じ、ただの木の棒に見える。


 それでも陸は、なんとなく、その柄をもう一度撫でた。


 そのときだった。


 部屋の反対側で、大きな笑い声が上がった。


 体格のいい男が、四、五人の少年を相手に何か喋っている。腕も首も、丸太のように太い。少年たちは笑いながらも、少し引いていた。


 その輪の外側で、女の子が三人、こちらを見ている。


 正確には、陸を見ていた。


 目が合うと、慌てて顔を伏せる。それでも、ちらちらと視線が戻ってくる。


 陸は、まったく気づいていない。


 だが、笑い声のほうは、ぴたりと止まっていた。


 「……おい」


 陸は、天井の梁を数えていた。


 「おい。そこの」


 『オヤジ』


 「ん?」


 『呼ばれてる』


 「え、俺か?」


 振り返ると、丸太のような男が、真っ直ぐこちらへ歩いてきていた。


 【ムスクルス】LV9/無級


 『……オヤジ。LV9だって』


 「俺の倍以上か」


 『逃げよう』


 「そういうわけにもいかないだろ」


 男は陸の前で足を止め、上から下まで、ゆっくりと眺めた。


 「あんた、いくつだ」


 「二十八です」


 「……は?」


 声が、裏返った。


 「二十八? あんたが?」


 周りの少年たちが、いっせいにこちらを見る。


 整いすぎた顔のせいで、陸はどう見ても二十歳そこそこにしか見えない。


 どうやら、それが気に入らなかったらしい。


 「……なるほどな。おい、聞いたか。おっさんだってよ」


 どっと笑いが起きた。


 「その歳で、無級。しかも」


 男の視線が、腰へ落ちる。


 「木刀か」


 「はい」


 「はい、じゃねえよ」


 襟首を掴まれた。足が、わずかに床から浮く。


 周りの少年たちが、あわてて後ろへ下がった。


 「なあ。ここは遊び場じゃねえんだ。あんた、家に帰って——」


 男の言葉が、そこで止まった。


 陸が、まったく動じていなかったからだ。


 暴れもしない。震えてもいない。ただ、少し困ったような顔で、掴まれた自分の襟を見下ろしている。


 (……この体勢、どうすればいいんだ)


 この男には、知りようがなかった。


 三日前、この二十八歳が何を見たのか。氷の壁が砕けて、B級の浪人が一瞬で肉の欠片に変わるところを、目の前で見たということを。


 「……なんだ、てめえ」


 掴む手に、力がこもる。


 「……あの」


 陸が、静かに口を開いた。


 「頭の中身まで、筋肉でできてるんですか」


 部屋から、音が消えた。


 『オヤジ!?』


 ー

【ステータス(能力面板)】

--------------------------------------------------

【名前】リク(神坂 陸)

【LV】4

【種族】人族

【職業】浪人(初心者)


--------------------------------------------------

【基本能力値】

HP(生命力):45 / 45

MP(魔力) :??? / ???

SP(體力) :40 / 40


--------------------------------------------------

【裝備・武器】:羈絆の刃・守(まもる)

【 招式塊スロット】:【 風渦曲陣(ふうかきょくじん) 】【 熱素時限刃(ねっそじげんは) 】【 凍水無影斬(とうすいむえいざん) 】【 幻夢蜃氣斬(げんむしんきざん) 】【 ロード中 】

【パッシブ】:【 魔物解析 】【 個体解析 】

【?】:【 放置モード 】【 写身 】

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