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旅路の試練③

 「……どうした?」


 陸が幌をめくった、その瞬間。


 街道の両側の闇が——動いた。


 一匹や二匹ではない。


 十匹、二十匹、それ以上。


 小さな影が、地面を埋め尽くすようにうごめいている。


 (……解析、解析。どうやるんだったか)


 震える指先で、宙をなぞる。


 一度目——反応なし。


 二度目——


 視界の隅に、枠が浮かんだ。


  【新個体を記録しました】

  【個体名】黒牙鼠《ファングラット》

  【災厄等級】徘徊級

        ※群体時——軍勢級へ昇格

  【基本能力値】(一体あたり)

   HP(生命力): 35

   MP(魔力) :  5

   SP(体力) : 40

  ──────────────────

  【スキル】

   ・群勢加算《スウォーム》

     群体の総数に応じ、全能力値が上昇。

     一定数を超えた場合、災厄等級が昇格する。

   ・砕甲顎《クラッシュバイト》

     防具の硬度を無視して噛み砕く。

  【ドロップ率】

   ・黒牙《ブラックファング》  66%

   ・鼠王髭《キングウィスカー》 0.3%


 ——一体あたり。


 その一言を、陸はもう一度読んだ。


 顔を上げる。


 闇の中で、数えきれないほどの赤い点が、こちらを見ていた。


 一匹なら、犬にも劣る。


 だが今、この街道を埋めているのは——軍勢だ。


 「……蓮」


 呼んでも、返事はない。


 当たり前だ。今、あの子は眠っている。


 誰も指示をくれない。


 誰も、代わりに戦ってはくれない。


 陸は、ゆっくりと腰の木刀を引き抜いた。


 (……数が、多すぎる)


 斬っていては、間に合わない。


 「幻の符契——三条目、幻夢蜃気斬!」


 なぜそれを選んだのか、陸自身にも分からなかった。


 幻なら、自分を見失わせることができるかもしれない。


 ただ、その程度の直感だった。


 だが、起きたことは、陸の想像とはまるで違った。


 振り抜いた刃先から、淡い月光を刷いたような弧が、音もなく広がっていく。


 その弧が街道を撫でていった、ほんの一瞬——夜の色が、わずかに滲んだ。


 そして。


 押し寄せていた影の群れが、ぴたりと止まる。


 先頭の一匹が、ふらり、と横に傾いだ。


 ぱたり。


 その隣も、ぱたり。


 ぱたり、ぱたり、ぱたり。


 悲鳴はなかった。


 争う音も、逃げる音もなかった。


 ただ、一匹、また一匹と、その場に伏せて動かなくなっていく。


 やがて、闇のどこにも動くものがなくなった頃。


 街道に残っていたのは——数えきれないほどの、小さな寝息だけだった。


 【幻夢蜃気斬】再使用まで:五七秒。


 呼吸が、乱れていた。


 一振りしただけなのに、膝が笑っている。


 陸はその場に片膝をつき、荒い息を吐いた。


 勝った。たぶん、勝ったのだと思う。


 (……蓮のやつ、ネズミが大の苦手だったな)


 昔、風呂場に一匹出ただけで大騒ぎして、三日は一人で風呂に入れなかった。


 あの子は、この数を見なくていい。


 それだけで、もう十分だった。


 陸は震える膝に力を入れ、ゆっくりと立ち上がった。


 あの子はいつも、自分の時間を削って、この体を動かしてくれている。


 だったら、せめて——あの子が眠っているあいだくらいは。


 「……ちゃんとしないとな」


 誰の耳にも届かない声で、陸はそう呟いた。


 陸は御者を振り返った。


 「……行きましょう。起こさないように、そっと」


 御者は何度も頷いて、震える手で手綱を握り直した。


 馬車は、寝息だらけの街道を、ゆっくりと進んでいった。


 夜が明けた。


 馬車が、丘を越える。


 「……見えたぞ。北辰京だ」


 御者の声に、陸は幌から身を乗り出した。


 朝靄の向こう。


 白い城壁が、地平の端から端までを塞いでいる。


 そしてその中央に——空を刺すように、幾重にも折り重なった巨大な城郭がそびえていた。


 空に残った、たった一つの星の、ちょうど真下に。


 「……でかいな」


 まるで大阪城を、そのまま何層も積み上げたようだ。


 いや——あの天守なら、この城の中に十は入るだろう。


 大阪城なんて、修学旅行で一度見たきりだ。


 (……綾乃と蓮は、行ったことあったかな)


 今度みんなで、と考えかけて、陸は口をつぐんだ。


 その「今度」が、いつになるのかは分からない。


 『……うわ。なにこれ』


 いつの間にか、蓮が起きていた。


 しばらく、二人とも黙って城壁を眺めていた。


 それから、蓮が低く口を開いた。


 『……なあ、オヤジ』


 「ん?びっくりした、起きてたのか」


 『あの声さ。あのあと、また聞こえた?』


 陸は少し考えて、首を振った。


 「いや。あの一回きりだ。一度も聞いてない」


 『……そっか』


 「気になるのか」


 『まあね』


 蓮の声は、いつもより半拍遅かった。


 『ログもゲームの中身も、どこにも異常がないんだよ。全部きれい』


 『放置モードのことだけ、どこにも書かれてない。それだけ』


 「……つまり?」


 『ここまできれいに痕跡消せるやつなんて、会社の人間くらいしかいないでしょ』


 そう言い残して、蓮は黙り込んだ。


 考えているときの、あの沈黙だった。


 城門が近づくにつれ、人の声と車輪の音が、少しずつ大きくなっていく。


 馬車が、ゆっくりと城門をくぐる。


 人族の都、北辰京。


 浪人選抜の会場は——この、どこかにある。


 ー

【ステータス(能力面板)】

--------------------------------------------------

【名前】リク(神坂 陸)

【LV】4

【種族】人族

【職業】浪人(初心者)


--------------------------------------------------

【基本能力値】

HP(生命力):45 / 45

MP(魔力) :??? / ???

SP(體力) :40 / 40


--------------------------------------------------

【裝備・武器】:羈絆の刃(預設初心者木刀)

【 招式塊スロット】:【 風渦曲陣(ふうかきょくじん) 】【 熱素時限刃(ねっそじげんは) 】【 凍水無影斬(とうすいむえいざん) 】【 幻夢蜃氣斬(げんむしんきざん) 】【 ロード中 】

【パッシブ】:【 魔物解析 】

【?】:【 放置モード 】【 写身 】

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