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旅路の試練①

 車輪が街道を叩く、乾いた音が続いている。


 霊桜町の西門を出て、およそ半日。


 北辰京へ向かう乗合馬車は、幌を揺らしながら、ひたすら西へ、西へと進んでいた。


 陸のほかに、乗客は一人。


 大きな荷を抱えた、行商人らしき老人だけだった。


 誰も、口をきかない。


 (……気まずいな)


 『オヤジ、乗合馬車って初めて?』


 「ああ。……というか、こういうのって、こんなに静かなもんなのか」


 誰にも聞こえていないと分かっていても、つい声を潜めてしまう。


 『三日も一緒にいるんだよ。最初からガチガチに緊張してるやつって、だいたい死ぬタイプでしょ』


 「怖いこと言うな」


 やがて、退屈が限界に達した。


 「なあ蓮。この画面、ステータス以外にも何か出せるのか」


 『出せるよ。装備欄とスキル欄』


 「見てみたい。どうやるんだ?」


 『えっ。オヤジ、自分で開けるでしょ。前に教えたじゃん』


 「……教わったか?」


 『教わった』


 陸はおもむろに、右手を宙へ掲げた。


 人差し指を伸ばし、目の前の空間に、ゆっくりと大きな円を描く。


 もう片方の手も添え、両腕を左右に開き、厳かな面持ちで虚空を睨んだ。


 ……何も、起こらない。


 『……オヤジ』


 「待て。もう一回だ」


 今度はさらに大きく、二重に描いてみせる。


 幌の中の空気が、しん、と静まり返った。


 『……ねえオヤジ。それ、どっかのヒーロー映画で見たやつじゃない?腕をぐるぐる回して、輪っか出すやつ』


 「いや、ほら。開きそうな感じがするだろ」


 『開かない。開かないから』


 『……ていうかオヤジ。あのお爺さん、さっきからずっとオヤジのこと見てるよ』


 「……え」


 顔を上げると、老人と目が合った。


 老人は何も言わず、すっと視線を自分の荷物へ落とした。


 『指、下からスッて上げるだけだから。スマホと同じ』


 「……そんなんでいいのか」


 言われた通りに指を滑らせると、拍子抜けするほど簡単に、スキル欄が開いた。


 三日間の旅路で、陸が最初に失ったもの。


 それは、父としての面子だった。


 開いた画面には、五つの枠が並んでいた。


 「……思ったより、ちゃんとしてるんだな」


 『そりゃゲームだからね』


 「この下の小さい数字は?」


 『消費MPと、再使用までの待ち時間。連発はできないってこと』


 「なるほどな」


 言われるまま、指を下へ送っていく。


 枠の並びは五つで終わり——その先には、もう何も無いはずだった。


 なのに、一行だけ、続きがあった。


 【?】

 ・放置モード

 ・写身


 『……そのはてなマークの行さ。前からあったよね。放置モードが入ってたとこ』


 「ああ」


 『増えてる』


 蓮の声から、軽さが消えた。


 『放置モードと同じだ。こっちも、設計図に無い』


 蓮の声が、そこで途切れた。


 馬車が揺れるたび、宙に浮いた金色の文字も、細かく震えている。


 「……この『写身』ってのは?」


 『……たぶん、一度やった動きを、体が覚えるってやつ』


 『……ああ。道理でオヤジ、俺の操作をだんだん自分でなぞれるようになってたわけだ』


 陸は、なんとなく自分の手を開いて、閉じてみた。


 感覚は、いつもと何ひとつ変わらない。


 「便利でいいじゃないか」


 『……まあ、そうだけどさ』


 『それにこれ、一回使った技は、次から詠唱いらないっぽい』


 「詠唱?」


 『オヤジ、技出すとき勝手に口動いてるでしょ。あれ』


 「……ああ、あれか。自分で喋ってるの、全然気づかなかった」


 『気づいてなかったんだ……』


 「じゃあ、一回使った技は、もう喋らなくていいってことか」


 『そういうこと』


 陸は何気なく、画面の上のほうへ視線を移した。


 HP(生命力)と、SP(体力)。


 どちらにも、きちんと数字が入っている。


 ところが、その間に挟まれた一行——


 MP(魔力):【???】


 「……蓮。これ、壊れてないか?」


 『あー、それね。だいぶ前からそうなってる』


 『表示のバグじゃない? 技もちゃんと出るし、困ってないでしょ』


 「……まあ、困ってはいないけどな」


 陸は、それ以上追及しなかった。


 そして、さらに下。


 灰色に沈んだ項目が、ひとつあった。


 【パッシブ】

 ・魔物解析——未習得


 「これは?」


 『あ、それ覚えといて。レベルアップのポイント、まだ余ってるから』


 「ポイント?」


 『レベルが上がるたびに少しずつ貯まるやつ。オヤジ一回も使ってないから、そのまんま残ってる』


 『で、その【魔物解析】ってのが——目の前の魔物のデータが勝手に出てくるやつ』


 「データって、何が出るんだ」


 『名前と、災厄等級と、能力値。あと相手のスキルとドロップ率も』


 蓮の声が、少しだけ真面目になった。


 『これ無いとさ。目の前のやつがゴブリンなのか、この前の岩みたいなやつなのか、殴ってみるまで分かんないんだよ』


 「……それは、まずいな」


 あの巨獣を思い出す。


 逃げるべき相手だと知らないまま、あのまま踏み込んでいたら。


 「覚える。どうすればいい」


 『触るだけ』


 言われた通り、灰色の文字に指を触れた。


 ぴこん、と軽い音。


 【魔物解析】——習得済み


 視界の隅で、何かがすっと切り替わる感覚があった。


 窓の外を流れていく景色。


 遠く、丘の上に立つ一頭の草食獣の上に、うっすらと枠が浮かび上がっている。


 「……おお」


 『反応した?』


 「ああ。あの丘のやつに、なんか出てる」


 『じゃあ成功。……使うときは俺が開けるよ。オヤジが自分でやると三分かかる』


 「……否定できないのが辛いな」


 幌の隙間から差し込む光が、荷台の床をゆっくりと滑っていく。


 向かいでは、老人が荷を抱えたまま船を漕いでいた。


 陸は、開いたままの画面を指で閉じる。


 「……なあ蓮。お前、明日も学校あるんだろ」


 『あるよ。……なに、急に』


 「いや。なんでもない」


 返ってきたのは、『ふーん』の一言だけだった。


 揺れる荷台の上で、陸は膝の上の木刀を握り直す。


 この体を動かしているのは、いつだってあの子だ。


 学校へ行って、帰ってきて、飯を食って、それから——ここへ来る。


 当たり前のように、毎日。


 (……当たり前じゃ、ないよな)


 口には出さなかった。


 出したところで、また気持ち悪いと言われるだけだ。


 外の景色が、ゆっくりと後ろへ流れていった。


 それから二刻ほど進んだ頃だった。


 馬が、突然いなないた。


 ー

【ステータス(能力面板)】

--------------------------------------------------

【名前】リク(神坂 陸)

【LV】2

【種族】人族

【職業】浪人(初心者)


--------------------------------------------------

【基本能力値】

HP(生命力):20 / 20

MP(魔力) :??? / ???

SP(體力) :15 / 15


--------------------------------------------------

【裝備・武器】:羈絆の刃(預設初心者木刀)

【 招式塊スロット】:【 風渦曲陣(ふうかきょくじん) 】【 熱素時限刃(ねっそじげんは) 】【 ロード中 】【 ロード中 】【 ロード中 】

【パッシブ】:【 魔物解析 】

【?】:【 放置モード 】【 写身 】

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