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帰らざる道

 ——翌日。


 陸は再び、霊桜町の人族公会へと足を運んだ。


 重厚な扉を押し開けると、中から明るい声が飛んでくる。


 「ようこそ〜。……あっ! 陸さま! おはようございます!」


 「おはよう、セシリアさん。実は……仲間を探したいんだけど」


 「かしこまりました。どうぞ、こちらへ」


 セシリアは笑顔で頷くと、さっそく陸のために資料を並べ始めた。


 カウンターの上に、書類が一枚ずつ並べられていく。


 「まず、確認させていただきますね。ご依頼は、お一人でも、何人かで組まれても構いませんの」


 「え、そうなのか?」


 「ええ。人数の決まりは、一切ございません。仲間探しは、あくまで浪人様ご自身のご判断ですわ」


 「なんだ、そうだったのか……」


 拍子抜けしたように、陸は肩の力を抜いた。


 てっきり、どこかに届け出なければ組めないものだと思い込んでいたのだ。


 「ですので、問題はそこではなくて——」


 セシリアはそこで一度言葉を切り、陸の登録票をそっと指先で押し出した。


 「陸さま。ここ、空欄になっておりますでしょう?」


 「……ん?」


 示された欄には、こう書かれていた。


 『階級《かいきゅう》 ——』


 「階級……?」


 「はい。D級、C級、B級——皆さまが名乗っていらっしゃる、あれですわ」


 「ああ、アリシアが言ってたやつか」


 「ええ。ですが陸さまには、まだ何もございません」


 「え。俺、この前ちゃんと浪人登録したよな?」


 「登録は、あくまで『お名前をお預かりした』というだけですの」


 セシリアは、申し訳なさそうに眉を下げた。


 「階級を授かるには——『浪人選抜《ろうにんせんばつ》』を通っていただかなければなりません」


 背後では、朝いちばんの依頼を取り合う浪人たちの声が、絶えず行き交っていた。


 「選抜……」


 「はい。そしてそれを通らない限り、名声《めいせい》は一切、積まれませんの」


 「名声?」


 「魔物を討ち取ることで積み上がっていく、浪人様の価値そのものですわ。名声が一定の数に届くたび、階級が上がってまいります」


 セシリアの視線につられて、陸は壁の掲示板へ目を向けた。


 所狭しと貼られた、依頼票の群れ。


 その一枚一枚の隅に、判子のような印が押されている。


 『徘徊級《はいかいきゅう》』『軍勢級《ぐんぜいきゅう》』『異形級《いぎょうきゅう》』


 「……この印は?」


 「討伐対象の格ですわ。ご自分の腕と相談して、お選びいただくものですの」


 「ってことは……受けようと思えば、俺でも受けられるのか」


 「はい。依頼を受けること自体は、どなた様でも」


 セシリアは頷き、それから、そっと目を伏せた。


 「ただ——たとえ何十枚こなされたとしても、陸さまのお名前が上がることは、ございません」


 「……え?」


 「賞金はお支払いできます。レベルも上がるでしょう。……ですが、名声だけは、選抜を通られた方にしか積まれませんの」


 「先日の討伐も、そうでしたでしょう?」


 言われて、陸は思い出す。


 あの日、確かに賞金は受け取った。レベルも、間違いなく上がった。


 だが——


 「……名声は、ゼロか」


 「はい」


 セシリアは、静かに頷いた。


 「このまま選抜を受けられなければ、陸さまは何年経っても——無級《むきゅう》のままですわ」


 『オヤジ、それってさ。一生ずっと下っ端ってこと?』


 頭の中に、蓮の遠慮のない声が飛んでくる。


 「言うな。父さん、今ちょっと泣きそうだ」


 声に出して、確かにそう返した。


 だがセシリアは、何ひとつ聞こえなかったかのように、静かに次の書類をめくっている。


 ——そう。この世界の住人には、蓮とのやり取りだけが、どうしても届かない。


 唇は動いている。声も、確かに出ている。


 それなのに、誰にも届かない。声も、口の動きも。


 周りから見れば、ただ黙って突っ立っているだけらしい。


 最初に気づいた時は、正直、少しだけ寂しかった。


 繋がっているのに、それを誰にも証明できない。


 自分だけが、ガラス一枚ぶん離れた場所に立っているような。そんな感じがした。


 『まあでもさ。要は、その選抜ってやつを受ければいいんでしょ?行こうよ』


 「……三日もかかるんだろ。面倒だな」


 カウンターに肘をついて、陸は分かりやすく渋い顔をした。


 馬車で三日。往復なら六日。考えただけで腰が痛くなってくる。


 『オヤジ』


 「なんだ」


 『階級って、上はS級まであるんだよ』


 「……S級」


 肘が、カウンターから離れた。


 『S級の浪人。かっこよくない?』


 頭の中に、勝手に絵が浮かんだ。


 道を歩けば人が振り返り、「おい、あれがS級だぞ」とささやかれる。


 (……悪くない)


 「……行くか」


 『……チョロいな、うちのオヤジ』


 蓮が、心底呆れたように言った。


 その間、陸はずっと黙ったまま、一点を見つめていた。


 視線の先にいたのは、セシリアだった。


 本人は息子と話していただけなのだが、傍から見れば、受付嬢の顔をじっと見つめたまま固まっているようにしか見えない。


 「……あ、あの。陸さま?」


 普段は年下の浪人たちの面倒を一手に引き受けている、しっかり者の受付嬢である。


 それでも、こればかりは勝手が違った。


 整いすぎた顔に、まっすぐ見つめられて。


 セシリアは、そっと目を伏せ、意味もなく書類の角を揃え始めた。


 「……っ」


 「セシリアさん?」


 「な、なんでもございませんっ!」


 「……セシリアさん。仲間の話なんだけど」


 思い出したように、陸は最初の用件を口にした。


 「先に、そっちを済ませたほうがいいのかな」


 書類を揃えていたセシリアの手が、一度止まる。


 「いいえ」


 迷いのない、はっきりとした否定だった。


 「組むかどうかは、通られてからでも遅くありませんわ」


 そこで一度言葉を切って、彼女は少しだけ声を落とした。


 「……階級のない方と組みたがる浪人様は、正直、そう多くありませんもの」


 「……なるほどな」


 言い方は柔らかかったが、意味ははっきりしていた。


 その時だった。


 「——陸!」


 背後から、聞き慣れた声が飛んできた。


 振り返るより早く、公会の扉が勢いよく開く音がする。


 息を切らしたアリシアが、そこに立っていた。


 「……アリシア?」


 「お、おはようっ! えっと、その……ぐ、偶然だね!」


 どう見ても全力で走ってきた様子で、そんなことを言う。


 昨夜、人混みへ消えていった時の落ち着きは、どこにも残っていない。


 「ああ、おはよう。昨日は——」


 「わーっ!! わーっ!! 昨日の話はナシ! ナシだからっ!」


 アリシアは真っ赤な顔で、陸の言葉を全力で遮った。


 「……?」


 陸は、心底不思議そうに首を傾げる。


 (この人、本気で分かってない……!)


 アリシアと、カウンターの向こうのセシリア。


 二人の心の声が、見事に重なった。


 「……で、陸。公会で何してたの?」


 「ああ。選抜ってやつを受けに行こうと思ってな」


 その一言に、アリシアの動きが、ぴたりと止まった。


 「……選抜」


 さっきまで真っ赤だった顔から、すっと熱が引いていく。


 「そっか。……うん、そうだよね。陸は、まだ受けてないんだもんね」


 「アリシアは、もう受けたのか?」


 「うん。とっくに」


 なんでもないことのように、彼女は小さく肩をすくめてみせた。


 「じゃあ、案内がてら一緒に来てくれないか? 会場がどこにあるのかも、俺は分からなくてさ」


 何気なく口にした、ただの一言だった。


 だが、その瞬間——


 アリシアの表情が、ほんの一瞬だけ固まった。


 「……ごめん。わたしは、行けない」


 「そうか。用事か?」


 「……うん。用事」


 目を合わせないまま、アリシアは小さく頷く。


 その横顔を、陸はただ不思議そうに眺めていた。


 (また、何にも気づいてない……)


 カウンターの向こうで、セシリアだけが——ほんの少しだけ、笑うのをやめていた。


 「陸さま。会場でしたら、こちらですわ」


 場の空気を掬い上げるように、セシリアが一枚の地図を広げた。


 その中心には、大きな朱の印が押されている。


 「人族の都——北辰京《ほくしんきょう》。ここから馬車で、三日ほどの道のりになります」


 「北辰京……」


 「はい。夜になると、都の真上にただ一つ、決して動かない星が昇るのだそうですわ。その星から名を取ったのだと」


 「……へえ」


 「そして——」


 セシリアは、ほんの少しだけ声を落とした。


 「都には、幕府《ばくふ》がございます。田舎の町とは、勝手がまるで違いますわ。くれぐれも、お気をつけくださいませ」


 その言葉を聞いた瞬間、アリシアが小さく俯いたことに。


 陸だけが、気づかなかった。


 「……じゃあ、行ってくる」


 「うん。……陸」


 扉へ向かおうとした陸を、アリシアが呼び止める。


 「絶対、受かってきてね」


 振り返った陸に向けられていたのは、いつもの明るい笑顔だった。


 けれどその声には、ほんの少しだけ——祈るような響きが混じっていた。


 ー

【ステータス(能力面板)】

--------------------------------------------------

【名前】リク(神坂 陸)

【LV】2

【種族】人族

【職業】浪人(初心者)


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【基本能力値】

HP(生命力):20 / 20

MP(魔力) :??? / ???

SP(體力) :15 / 15


--------------------------------------------------

【裝備・武器】

・羈絆の刃(預設初心者木刀)

[招式塊スロット]:[ 風渦曲陣(ふうかきょくじん) ][ 熱素時限刃(ねっそじげんは) ][ ロード中 ][ ロード中 ][ ロード中 ]

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