4.問いかける声
「ああ、コーネリアス伯爵家か」
「うん、何か知ってるぅ?」
数日後、アッシュはいつも通り路地裏で自分を待っていたオーウェンに先日の話をした。
「あそこは確か数年前に夫人が亡くなってな。喪も明けぬ内に愛人を後妻として家に入れたことで社交界で噂になっていた家だ。その時に連れ子もいたと聞いている」
「連れ子ぉ?」
「前妻との間に娘が一人、息子が一人いたはずなんだが……まぁ、もう一つの家庭を作っていたってことだな」
「最低じゃぁん」
アッシュが「うわぁ」と顔を歪めると、オーウェンは呆れたようにため息をつき「貴族なんてそんなもんだ」と締める。
「えー、じゃああの小さいのが連れ子なのかなぁ。貴族っぽい恰好はしてたけど、所作が全然貴族っぽくなくてさぁ」
「そうだろうな。相当な我儘娘だそうだぞ。わざわざ調べようとしなくても噂で聞こえてくるくらい、な」
「そっかぁ。……前妻の子供たちはどうしてるのぉ?」
「それがな、あまり話を聞かないんだ。娘の方はもう十六になるはずなんだが社交界にも出ていないみたいでな。一つ下の息子は学園に通っているみたいだ」
「ふぅん」と、オーウェンの話を聞きながら、アッシュの頭に浮かぶのはあの日の女性——クラリスのことだ。少女と並ぶと確かに大人びてはいたが、まだ幼さの残る顔。綺麗な所作に凛とした瞳は、疲労感が漂っていても濁ってはいなかった。
「ちょっとさぁ、詳しく調べられるぅ?」
「何か引っかかったのか?」
「んー、ちょっとねぇ」
「そうか、わかった。数日くれ」
「お願いねぇ」
十六歳。既に学園を卒業し、結婚もできる年齢ではある……が。
「巣の中で間引きされている鳥は、保護しないとねぇ」
*
「Oyez! あー聞こえてるか? 今日はちょっと昔話に付き合ってくれ」
その日、声が響いたのは、もうすぐ一日が終わる夕暮れ時。
仕事が終わり、家へと向かう者。家族の食事の支度をする者、一日の労を癒すために酒場へと向かう者。
また、ディナーまでの時間を優雅な趣味の時間に当てている貴族の元にも、その声は届いていた。
「昔話?」「お触れではなくて?」
いつもと同じ声。だけどいつもとは違う様子に、民衆は騒めきながらも耳を傾ける。
「昔々あるところに、身も心も清廉な令嬢がいました。その令嬢はわずか十歳で愛する母を亡くし、悲しみにくれていました。ですがその悲しみが癒える間もなく、父が新しい妻を家に迎え入れてしまいました。そしてその妻は娘も一緒に連れてきました。令嬢は自分よりもひとつ年上の娘に父の面影が見えて、父の不貞を悟ったのです」
「まぁ……」と、非難するようなため息が聞こえる中、アッシュは続ける。
「継母となった妻と義姉となった娘は、前妻の娘である令嬢を虐げました。令嬢を使用人のように扱い、悪評を流し、最後には婚約者まで奪ってしまいました。父は仕事で忙しく家にいる時間が少なかったため、その令嬢の境遇に気づきません。それどころか、悪意を持って流された令嬢の悪評を信じ、婚約者を奪われた令嬢を叱責したのです」
そこまで話して、アッシュは息を吐いた。
「さて、ここで問題だ。この令嬢は最後、どうなったと思う?」
その問いに、街から声が上がる。
「最後……?」「こういう物語って最終的には幸せになれるやつだよな?」「そうそう、王子様に見初められたりとかね」
それらの声を聞きながら、アッシュは声を落とす。
「自死したよ。自らの人生に見切りをつけたんだ」
その言葉に民衆が息を飲んだ。物語とは違う、現実の重さを嫌でも感じさせられる声だった。
「さぁ、次の問題だ」
「この話の中で、一番の『悪』は誰だと思う?」
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