3.声なき声
翌日、街は騒然としていた。
夜半に突然お触れが始まったこともそうだが、何よりもその内容が驚くことばかりだったからだ。
「おう、昨日はお疲れさん」
「お疲れさまぁ。無事に終わって良かったねぇ」
ざわつく人々が集まる大通りから外れた路地裏で、今日もまたオーウェンがアッシュを待っていた。
「ああ。前隊長だったダンを復職させる手はずも整えたから、あとは勝手に上手くまとまるだろう」
「そっかそっかぁ。でも本当、ダンさんも見つかって良かったよねぇ。国外とか行っちゃってなくてぇ」
「そうだな。……冤罪をかけられた挙句に追放されたのに、その街をずっと気にかけていたなんてどんだけ真面目なんだか」
「それがダンさんだからねぇ。僕もダンさん好きだったよぉ」
「……お前、ダンのこと知ってたのか?」
何てことないようにアッシュが発した言葉に、オーウェンが驚いたように反応を返す。
いつも帽子を深く被り誰とも目を合わせようとしない、社交性ゼロの男に、自分以外の誰かとのつながりがあるとは思っていなかったのだ。
「うん、知ってるよぉ。僕がゴミ拾いをしてるとね、いつも『お疲れさん』って声をかけてくれるんだぁ。僕に声をかけてくれる人なんてオーウェン以外だとダンさんだけだったから嬉しくて」
へへ、と笑うアッシュはどこか寂しそうに……見えなくもないが、顔の半分が前髪で隠れてるため表情は読み取れない。
だがそんなアッシュにオーウェンは思うところがあったのか「そうだったのか」と一言呟くだけで、それ以上の言葉を紡がなかった。
「——ん? でもそのわりにダンが冤罪だったってわかった時の反応が薄かったな?」
「え? だってダンさんは強いから」
「あー……守る相手ではないってことか」
「そうそう。あ、でもぉオーウェンに何かあったらすぐ駆けつけるよ?」
「……俺は“弱き者”か?」
「ううん、僕の大切な主様だから」
前髪の隙間から覗く瞳を細め、にこっと笑うアッシュにオーウェンは不意をくらったように目を瞬かせる。
だが、照れたように「そうかよ」と笑い、後ろ手に手を振りながら去っていった。
*
ゴトゴト、ゴトゴト……
「ねぇ聞いた? ダンさんが戻ってきてくれるんだって」
「聞いたわよ~! ダンさんがいなくなってから柄の悪い衛兵が増えて怖かったからねぇ……これで安心ね」
ゴトゴト、ゴトゴト……
「おい、見たか? モーリス様の屋敷、門のところに騎士団が構えてて誰も入れなくなってるみたいだぞ」
「あそこは息子もやな感じだったからな……言っちゃいけないかもしれんが、ちょっとスカッとしてるよ」
「昨日のお触れはすごかったからな~さすがだよな、タウンクライヤーは」
ゴトゴト、ゴトゴト……
「ふふ、」
ゴトゴト、ゴトゴト……
「ちょっと! 早くしなさいよ!」
「お嬢様……っ、お待ちください! 走っては危ないですっ」
「だって早くしないと……、ぶっ」
そこら中で囁かれる噂話に耳を傾けながら、手押し車と共に街を徘徊していたアッシュに、少女がぶつかった。十歳にも満たないであろうその少女は、レースやフリルがふんだんに使われた可愛らしいドレスを着ている。
「ちょっとあなた! 危ないじゃない! ちゃんと前を見て歩きなさいよ!」
明らかに自分がぶつかってきたというのに一方的に責め立ててくる少女に、アッシュは静かに驚きながらも「さーせん」と小さく応えた。
「何よその謝罪は! ちゃんと膝をつけて謝りなさいよ!」
「お嬢様……っ」
「遅い! 聞いてよ、この男が……っ」
「この方は何もしておりませんよ。お嬢様、きちんと謝りましょう?」
「……! 嫌よっ私は悪くないもの! お父様に言いつけてやるんだから!!」
そう、叫びながらアッシュを睨み、少女はまた走り出す。
去っていく少女を護衛らしき男たちが追いかけていくが、少女に注意をしていた女性はそれを静かに見送り、アッシュへと頭を下げた。
「申し訳ございませんでした。どこか痛むところはございませんか?」
「……うす」
「良かったです。ただ、もしかしたらコーネリアス伯爵家から何か言われることがあるかもしれません。その際は私が証言いたしますので、クラリスという名を出してください」
クラリスはそれだけを伝えると、もう一度頭を下げて少女の去った方向に走っていった。
「なーんか、訳ありな感じぃ?」
クラリスの姿が見えなくなるとアッシュは徘徊を再開する。
先ほどまでの軽い足取りとは違う、何かを思案するような歩調で——
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