1.冤罪の声
「——能力の無駄遣いはするなって言ってるよな?」
迷い猫が無事見つかったと聞き、上機嫌で街を徘徊していたアッシュを路地裏で待っていた一人の青年。
薄汚れた路地裏には似つかわしくない、仕立てのいい白いシャツにグレーのベストとパンツを着こなす美丈夫——オーウェンが苦言を呈した。
「昨日の迷い猫のお触れが聞こえた時はびっくりしたぞ。何が『緊急案件だ』だよ、脅かしやがって。お前のその能力は貴重なものなんだから、もっと希少性を出していかねぇと……——って、聞いてんのかこら」
早口でまくし立てるが何の反応も見せないことに苛立ったオーウェンが、顔を見上げるように覗き込むと、深く被られた帽子の下でアッシュがにこにこと笑っていた。
「聞いてるよぉ。リリーは無事見つかったって。良かったねぇ」
「ああ、それは良かった。……じゃ、なくてよ。無駄遣いすんなって言ってんだけど」
「リリーを保護することは無駄なことなんかじゃないよぉ?」
アッシュグレーの長い前髪の隙間から僅かに覗く切れ長の目が、オーウェンを見据える。
そのアンバーカラーの瞳に捉えられたオーウェンは、諦めたようにため息をついた。
「……まぁ、お前の最優先事項はいつだって子供や動物なんかの“弱き者”だもんな」
「そうそう。あ、優しいおじいちゃんとおばあちゃんも好きだよぉ」
「そうかよ。でも本当に、ほどほどにしてくれよ?」
「わかってるよぉ。僕、オーウェンの言うことはちゃんと聞いてるでしょ?」
「ふ、そうだな。——ってことで、仕事だ」
切り替えるようにパンッと手をひとつ叩くと、オーウェンは不敵に笑う。
「ええ~……」
「俺の言うことは聞くんだろう?」
「うーん……うん、どんな依頼なのぉ?」
「最近、衛兵の元締めが変わったことは知ってるな?」
「うん。前の人が悪さをしてて、それを告発した人が新しい責任者になったって聞いたよぉ」
貴族と平民で態度を変えることがなく職務に実直だった前任者は、主に平民からの支持が強かった。だが貴族相手にも容赦がなかったため、一部の貴族からは敬遠されていたとの声も聞こえていた。
そんな人物が突然、解任された上に都から追放されたというニュース。それを聞いた民衆……特に、直接前任者と交流があった者たちの失意の様は相当だったと聞く。
「それがな、冤罪だったんだと」
「え、そうなのぉ?」
「ああ。どうもその男を煙たがっている貴族がいたみたいでな、犯してもいない罪をでっちあげて解任したって話だ」
「ふぅん。それでぇ?」
「今の元締めは、違法なものすらも金次第で見逃す男らしいからな。今のままだと、確実に街の治安は悪くなる」
「あ~それは困るねぇ」
「治安が悪くなった時、一番最初に被害に遭うのはまだ小さな子供たちだ」
その言葉に、それまで興味が無さそうに話を聞いているだけだったアッシュの瞳に光が宿った。
「で、証拠は揃ってるってこと?」
「概ねは揃っている」
「概ねって?」
「前任者の冤罪についてと、後任者の悪行について」
そこで渡された書類には、関係者の証言や物的な証拠についての記載がある。アッシュはひとつひとつに目を通し終えると、「足りないものは?」と問いかける。
「言い逃れできない、決定的な証拠だな。できることなら現行犯が好ましい」
「了解。ちなみに、協力者はいるんだよね?」
「もちろんだ」
ニヤッと笑うオーウェンに、アッシュも笑い返し、帽子を取る。
前髪をかきあげ、露わになった瞳は朝陽に照らされ、金色に光っていた。
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