0.プロローグ
チリン、チリン
「Oyez! 緊急案件だ、お前らよーく聞け」
とある国の、とある主要都市。
よく晴れた昼下がりに突然街中に響いたのは、高いベルの音と低い男の声。
仕事をする者、昼食後のティータイムを楽しむ者……道を歩く者も、皆が動きを止めてその声が続ける言葉を待つ。
「南街区に住む婆さんの猫が昨日の夜から帰っていないそうだ。白い毛色に青い瞳、名前はリリー。綺麗な子だから、下手な貴族に見つかったら攫われかねん。見つけ次第保護をしてくれ」
「白い猫?」「見たか?」「知らないな」「あ、今朝見たわよ、白い可愛い子」
街中であらゆる言葉が行き交い、ざわざわと忙しない空気が流れた。
「あー、見つけた奴はロドニー商会まで届けてくれたら助かる。リリーだと確認が取れたら謝礼も出そう。頼んだぞ、以上」
そこで声が切れると、民衆がわっと声を上げる。
「あら、探しに行かないと」「無事見つかるといいわねぇ」「おい、ここは俺がやっとくから、リリーちゃん探してこい」「はい!」
口々に紡がれる言葉たちは、皆協力的なものばかりだった。
「これで大丈夫だろ」
街の中央広場にある時計塔の上。
大きな鐘が吊られているその場所には、一人の男が佇んでいた。
身体を黒い服で包んだ、長身で細身な男の名はアッシュ。タウン・クライヤーとして街の情報を民衆に届けながら、時折スキャンダラスなことまで暴露し街を騒がせている、所謂“ゴシップ屋”だ。
「さ、仕事に戻るか」
そう呟き、手すりを乗り越える。街一面を見渡せるほどの高さがある場所から躊躇なく飛び降り、全身に緩やかな風を纏わせながら下降して行く。
「よ、っと」
人目につかない時計台の裏に難なく着地すると、物陰に置いていた仕事着——グレーのツナギを上から着て、帽子を深く被った。
そして、木製の手押し車を押しながら街中に戻っていった。
「おう、これも頼むわ」
すれ違いざま、小太りの男がアッシュの押す手押し車へとゴミを投げ入れる。
一度歩みを止め、道端に落ちている他のゴミを拾いながら、「うす」と一言だけ返し、また歩き始めた。
「いつ見ても薄気味わりぃ奴だな」
後ろから聞こえる悪態には一切反応をしない。
アッシュにとって、自らに向けられる悪意などは何の意味も持たないのだ。
*
「おい、聞いたか? 昨日の“お触れ”」
「ああ。街中にいれば嫌でも聞こえてくるからな」
「迷子の白猫が見つかったって話は?」
「いや、聞いてないな。見つかったのか?」
翌日、早朝。様々な工房が並ぶ東街区の路地で、二人の男が仕事場へ向かいながら話をしている。
「それがよ、北街区に住む貴族のお嬢様が保護してたんだと」
「うわ、貴族様か。……よく返ってきたな」
「な。やっぱりあの噂は本当なのかもな」
「噂?」
「あのお触れを出してるゴシップ屋……タウンクライヤーに目をつけられたら、いくらお貴族様でもこの国では生きていけないっていう噂だよ。知らないのか?」
「聞いたことないな。タウンクライヤーってのはそんなにヤバい奴なのか?」
「いや、それがさ……、うわっ」
連れの男の問いに、最近仕入れたばかりの噂話を聞かせようとしたその時。並んで歩いていた男たちのすぐ横を、一台の木製の手押し車とそれを押すグレーのツナギを着た男が通って行った。
「おいっ危ねぇじゃねーか!」
ゴトゴト、ゴト……
「さーせん」
ゴトゴト、ゴトゴト……
男の抗議の声に一度立ち止まり、小さな声で謝罪の言葉を残し去っていく。
「何だあいつ、気持ちわりぃな」
「まぁまぁ。こんな朝早くから街を綺麗にしてくれてるんだ、寝不足なんだろうよ。それより、続き聞かせてくれ」
「あ、ああ……。何だっけな、ああ、タウンクライヤーな。何でも、いつも突然街中に響くお触れ以外、すべてが謎に包まれているらしくってな。王族ですらその正体を知らないんだとか。あと、あのお触れには風魔法を使われているんじゃないかってことから、希少な魔法使い説もある」
魔法使い——家柄も血筋も関係なく、ごく稀に生まれる存在。
その力はまだ未知なものが多く、憧れと共に畏怖の対象にもなる。
「魔法使いか。でも確かにあんな風に声を響かせるのなんて、魔法しかないよな」
「そうなんだよ。それで、魔法使いは適性が出たら神殿預かりになるはずだろ? だから、タウンクライヤーの力を自分のために使おうとした貴族が神殿に口利きを頼んだことがあるらしいんだよ」
「うわ、お貴族様って感じだな」
「なー……でも、神殿はタウンクライヤーの正体を知らなかったそうなんだ」
「え、神殿預かりじゃないってことか?」
「そこの詳細はわからないんだ。ただ、その貴族はそれを信じなかった。だから脅迫するように、神殿に隣接する孤児院に嫌がらせを仕掛けたんだ」
「クソだな」
「ああ。で、そのクソ貴族は長年の不正を告発され、そのまま没落してしまったとさ。告発っていうか……街中に拡散されたっていうか、だけどな」
「あー……そういうアレか」
「そう。俺がここに引っ越してくる前の話だから、人づてで聞いただけで本当かどうかはわからんが」
「まぁ噂なんてそんなもんだよな」
「そうだな。こういうのは、単調な日々のちょっとした楽しみって感じだしな」
「俺らみたいな平民はゴシップの対象にもならないからな」
「違いねぇ」
ガハハハッ、と楽しそうに笑う男たちを、建物の間に佇むグレーのツナギを着た男——アッシュが静かに見送っていた。
「人間ってのは本当に噂話が好きだねぇ」
そして、ゴトゴトゴト……と音を立てながら、また早朝の街を徘徊するのだった——
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
「面白い」や「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブクマや評価【☆☆☆☆☆】、リアクションなどをポチッとしていただけると嬉しいです。




