第17話 「作戦会議とヲタ通」
――ギルド・キッチン
別名、実験室。結奈たちは何故かキッチンにいた。本来ならゴブリンリン討伐会議をしているはずである。
しかし、現在の最重要案件は――
マヨネーズだった。
「さてと」
結奈が腕まくりをする。その目は真剣そのものだった。
「材料は揃ったわ」
机の上には卵。
酢。
油。
塩。
見慣れない材料が並んでいる。
「それじゃあ始めるよ」
結奈が指示を出した。
「真奈ちゃんと茉子ちゃんは卵を割って」
「はーい」
「了解」
二人が作業を始める。すると紗希が首を傾げた。
「でも結奈ちゃん」
「うん?」
「分量とか大丈夫なの?」
その瞬間だった、結奈が固まる。
「え?」
嫌な予感がした。
「分量?」
「うん」
紗希が頷く。
「適当にやったら失敗しない?」
結奈の顔が青くなった。
「そ、そうなの?」
《その通りです》
ナビ子が割り込んだ。
《卵黄二個》
《油一カップ》
《酢大さじ二》
《塩小さじ一》
《これが基本レシピです》
「ありがとうナビ子」
《どういたしまして》
今日は妙に有能だった。
「結奈」
紗希が尋ねる。
「誰と話してるの?」
すると、結奈は一枚の紙を差し出した。そこには綺麗な字でこう書かれていた。
卵二個
油一カップ
酢大さじ二
塩小さじ一
「これ……」
紗希の背筋に寒気が走った。
《緊急速報》
《緊急速報》
《結奈から魔王覇気を確認》
「いいから早く準備して!!」
「ひぃぃぃぃっ!!」
紗希が飛び上がる。怖い。とにかく怖い。今の結奈には逆らえない。
後に、魔王戦を経験することになる紗希は語っている。
「あの時の結奈ちゃんの方が怖かった」と。
しかし。ここで重大な問題が発生した。
「結奈ちゃん」
真奈が手を挙げる。
「なに?」
「カップって何?」
沈黙。
「え?」
「大さじって?」
「小さじって?」
再び沈黙。この世界には存在しなかった。計量カップ。計量スプーン。それは、文明の利器である。
結奈が固まった。
「ど……どうしよう」
「どうする?」
「どうするの?」
「どうするんでしょう」
全員が結奈を見る。
「だ、大体で!!」
結奈が叫んだ。
「目分量で!!」
こうして、文明レベルの差は力技で解決された。
☆☆☆
十分後、第二の問題が発生した。
「混ざらない」
結奈が呟く。
油と酢が分離していた。
「どうして?」
「知らないよ」
「私も知らない」
誰も知らない。当然である。全員マヨネーズを見たことがない。
最初はスプーンで混ぜた。
失敗。
木の棒で混ぜた。
失敗。
箸で混ぜた。
失敗。
全然ダメだった。その時だった。
「だったら」
真奈が言った。
「箸を十本くらい束ねたら?」
全員が振り向く。
「天才だ!!」
こうして、即席攪拌機が完成した。
グルグルグルグル。
グルグルグルグル。
混ぜる。
ひたすら混ぜる。
混ぜる。
さらに混ぜる。
しかし。
乳化しない。
「なんでぇぇぇ!!」
結奈が絶叫した。
十分。
二十分。
三十分。
やがて。
右腕が悲鳴を上げ始めた。
「痛い!」
「腕が!」
「つった!」
「無理ぃぃぃ!」
女子四人は限界だった。まるで拷問であった。
ゴブリンリン討伐会議より過酷だった。そして、結奈は決断した。
「助けを呼ぼう」
☆☆☆
その頃、会議室では、クミたちはまだ作戦会議を続けていた。
すると、勢いよく扉が開く。
「みんな助けて!!」
結奈だった。
「どうした!?」
クミが立ち上がる。
「マヨネーズができないの!!」
全員沈黙。
「いや知らん!!」
クミのツッコミが響いた。しかし、事情を聞いたミリアは立ち上がった。
「貸しなさい」
「え?」
「こういうのは力よ」
次の瞬間。
グルルルルルルルルル!!
とんでもない速度で混ぜ始めた。
そして、数分後。
「できた」
全員が固まった。マヨネーズが完成していた瞬間だった。
美しい乳白色。
なめらかな質感。
伝説の調味料。
マヨネーズ。
結奈は感動していた。
「すごい……」
目が潤んでいる。
「できた……」
《文明が一歩前進しました》
その瞬間だった。
歓喜の中、一口食べる。
なめらかな食感。
口の中に広がるマヨネーズ。
「マヨネーズよ!!これ!!」
結奈が叫ぶ!!開発に携わっていたメンバーも口にした途端、黄色い声を上げた。
「やったぞーー!!完成した!!!」
完成した白く艶やかなそれは、異世界に存在しないはずの調味料、マヨネーズだった。
「できたぁぁぁぁ!!」
結奈が両手を上げる。
周囲から歓声が上がった。
まるで魔王討伐でも成功したかのような盛り上がりだった。
《異世界初のマヨネーズ完成を確認》
「大げさだよ」
《歴史的快挙です》
「えへへ」
☆☆☆
まず最初に試食したのはミリアだった。パンに塗る。
ぱくっ。
「……」
沈黙。
「なによこれ」
もう一口。
「なによこれぇぇぇぇ!!」
叫んだ。
続いてフィリア。
「……」
ぱくっ。
「……」
ぱくっ。
ぱくっ。
ぱくっ。
「止まりません」
「完全にハマってるじゃん!」
そして最後。
リリナだった。
「私は認めません」
腕を組む。
「所詮は調味料です。そんなもので世界は変わりません」
結奈がじっと見る。
「食べてから言って」
「必要ありません」
《逃亡判定》
「誰が逃げてますか!」
怒りながらも、リリナはスプーンで少しだけすくった。
ぱくっ
沈黙。
ぱくっ
さらに一口。
ぱくっ
もう一口。
そして。
「おかわり」
「ひれ伏したぁぁぁ!!」
《魔王リリナ陥落》
そんな歓喜が渦巻く中、そのノリに乗り遅れたクミが何気なく言った。
「ところでさ」
「うん?」
「ゴブリンリン討伐だけど」
結奈が首を傾げる。そして、さらっと言った。
「催眠ガスがダメなら、食べ物に睡眠薬入れた方が簡単じゃない?」
沈黙。
全員が固まる。
「……あ」
フィリアが呟く。
「それだ」
「それだな」
「それですね」
「それじゃん」
今までの会議は何だったのか。こうして、マヨネーズ開発の副産物として、ゴブリンリン討伐作戦が完成したのである。
⭐︎⭐︎⭐︎
その夜、開発メンバーとゴブリン討伐会議メンバーにリリナを加えたメンバーでささやかなパーティーが行われた。
パンに塗る。
肉につける。
野菜につける。
さらに塗る。
もっと塗る。
まだ塗る。
「うめぇぇぇぇぇ!!」
クミは幸せだった。
《警告》
「なんだよ」
《摂取カロリーが危険域です》
「うるさい」
《非常に危険です》
「うるさい」
《死ぬほど美味しいですが本当に危険です》
「うるせぇ!!」
誰も聞かなかった。後に判明する。この世界の卵は、地球の卵より栄養価が遥かに高かった。
さらに魔力植物から作られた油、そして、結奈の生活魔法、これらの偶然が重なった結果。
異世界史上最強クラスの高カロリー食品が誕生していたのである。
しかし、この時、誰もその事実を知らなかった。
☆☆☆
翌朝、事件は起きた。
《緊急連絡》
「ん?」
《クミが太りました》
「は?」
《体重増加を確認》
「は?」
《敏捷性低下》
「は?」
《体力低下》
「は?」
《筋力低下》
「はぁぁぁ!?」
《レベルダウンします》
「なんでだよぉぉぉ!!」
会議室に悲鳴が響いた。
ミリアが笑い転げる。
「戦う前に弱くなってどうすんのよ!!」
フィリアも肩を震わせていた。
「初めて見ました」
リリナは腹を抱えた。
「そんなことある!?」
結奈だけが首を傾げる。
「え?」
全員。
「「「「お前のせいだ」」」」
「なんで!?」
☆☆☆
後に冒険者ギルドの記録の中で、ランクアップ試験前日に、自ら弱体化した冒険者は、彼が最初で最後だった。
「不名誉すぎるだろ!!」
☆☆☆
挑戦者たちは集まった。
明日は決戦、ゴブリンリンとの最終決戦である。
しかし、その中に一人だけ、深刻な問題を抱えた男がいた。
クミである。
《推定体脂肪率上昇》
「やめろ」
《腹囲増加》
「やめろ」
《ベルトの穴一つ追加》
「やめろぉぉぉ!!」




