第10話 「小森結奈とヲタ通」
〜結奈SIDE〜
ギルドの朝――。
私は、ほとんど意識が飛びそうだった。
原因は昨夜のギョウザ事件。
ギョウザニンニクのせいで、体はずっと熱いまま。
しかも――。
隣の部屋から聞こえてきた声。
「っ……ぁ……!」
「クミぃ……♪」
「んっ……♪」
……地獄だった。
眠れるわけがない。
結局、一睡もできないまま朝を迎えた私は、ふらふらになりながらギルドへ来ていた。
一方で。
ミリアさん、フィリアさん、そしてリリナさんは、妙に肌ツヤが良かった。
なんで!?
いや、理由はなんとなく察してるけど!
そんなことを考えていた時だった。
足元がふらつく。
「あっ――」
倒れそうになった私を、クミくんが支えてくれた。
「お、おい、大丈夫か?」
「あ……ありがと」
そのまま私は、クミくんにもたれかかる形になってしまう。
「ふーん……?」
ミリアさんが意味深な顔をしていた。
違うの!
これは違うの!
でも、睡魔と火照りで、もう頭が回らない。
クミくんに体を許したわけじゃないし……。
そう自分に言い聞かせていた、その時だった。
「結奈!!」
「ふぇ?」
聞き慣れた声。
顔を上げると、そこにはクラスメイトたちが立っていた。
「み、みんなどうしたの?」
次の瞬間。
私は、いきなりクミくんから引き離された。
「結奈! 大丈夫!?」
「え?」
女子たちが私を囲う。
その向こうで――。
「国府田ぁ!!」
越智幸一くんが、クミくんの胸ぐらを掴み上げた。
「貴様……結奈に何をした!!」
「ち、違う!」
私が叫ぶ。
一方、瑞稀が私を抱きしめていた。
「結奈……今までよく頑張ったね」
「違うってば!」
「いいの。無理しなくて」
優しい声だった。
だけど、全然違う。
「こんな最低なヤツでも、庇うなんて……」
瑞稀がクミくんを睨む。
「だから!クミくんは悪くないって」
だが、その瞬間。
「……は?」
越智くんの表情が固まった。
「今……なんて言った?」
「え?」
「クミくん……?」
空気が変わる。
越智くんの顔が、みるみる赤くなっていった。
「お、お前……」
拳が震えている。
「なんで国府田を名前呼びしてるんだよ!!」
「こ、幸一くん?」
女子たちも戸惑っている。
だが、越智くんは止まらなかった。
「俺だって……!」
その瞬間、言葉を飲み込む。
けれど。
嫉妬と怒りだけは隠せなかった。
「このキモブタがぁぁぁ!!」
バキッ!!
越智くんの拳が、クミくんの顔にめり込んだ。
クミくんは椅子ごと吹き飛び、床へ転がる。
「クミ!!」
ミリアさんの叫び。
ギルド内の冒険者たちが立ち上がった。
一方で、衛兵たちが前へ出る。
そして――。
二人の衛兵が、クミくんを押さえつけた。
「やめてぇ!!」
私の叫びは届かない。
越智くんと衛兵たちは、クミくんを殴り続ける。
「お前みたいなヤツが!!」
「最低だ!!」
「違うって言ってるでしょ!!」
私は必死に叫ぶ。
でも、クラスメイトたちに押さえ込まれて動けない。
その時。
ミリアさんとフィリアさんが前へ出た。
「やめて!!」
「クミから離れてください!!」
二人が武器を構える。
だが。
「二人とも……やめろ!!」
血だらけのクミくんが叫んだ。
「クミ!?」
「手を出すな……!」
驚く二人。
クミくんは、ただ殴られ続けていた。
その頬には涙が流れている。
ミリアさんも、フィリアさんも、泣いていた。
その時だった。
《警戒アラート》
ナビ子の声。
《これ以上のダメージは危険です》
その瞬間。
フィリアさんの周囲に光が集まり始めた。
そして私も、クラスメイトたちを振り切る。
「もうやめてぇぇぇ!!」
私は越智くんを突き飛ばした。
同時に。
ミリアさんが衛兵を吹き飛ばし、クミくんの前へ立つ。
「クミは渡さない!!」
衛兵が剣を抜く。
もうダメ――。
そう思った瞬間。
ギィィン!!
光の壁が現れた。
《フィリアが“光子力バリア”を発動しました》
「え……?」
フィリアさんが、震えながら前へ出る。
「もう……やめてください……!」
その時だった。
ドォォォン!!
外で雷鳴が響いた。
ギルド全体が揺れる。
静まり返る空気。
そして――。
「あなたたち」
低い声。
入口に立っていたのは、リリナさんだった。
その目は、今まで見たことがないほど冷たい。
「ギルド内での刃傷沙汰は禁止のはずだけど?」
圧。
まるで空気そのものが重くなったみたいだった。
しかも。
周囲の冒険者たちまで武器を構えている。
「まさか」
リリナさんが笑う。
「ギルドを敵に回す気?」
衛兵たちの顔が青ざめた。
一人が慌てて口を開く。
「こ、こいつは小森結奈様を誘拐した容疑が――」
「ありえません」
リリナさんは即答した。
「彼女が助けを求めた場に、私はいました」
「ここにいる冒険者たちも証人です」
「むしろ、あなたたちの管理責任では?」
衛兵たちが固まる。
その時だった。
《クミの生命反応が低下しています》
「あっ!?」
みんながクミくんを見る。
ボロボロだった。
莉亜羅が嫌そうな顔をしながら前へ出る。
「……私が治す」
ハイヒール。
だが。
「ダメ……傷が深すぎる」
その瞬間。
フィリアさんが前へ出た。
「私がやります」
光が溢れる。
《メガヒール発動》
クミくんの傷が、ゆっくりと消えていった。
⸻
その後。
「結奈、帰ろう?」
クラスメイトたちが私へ手を伸ばす。
でも。
私は首を振った。
「私、ここに残る」
「どうして!?」
女子たちが驚く。
「……こっちの方がいいから」
「身も心もキモブタに捧げたのね!」
「違う!!」
私は即答した。
「私、クミくんとエッチなんて絶対無理だから!!」
「ぐはっ!!」
クミくんが崩れ落ちる。
《本日最大級の精神ダメージを確認》
「ナビ子ぉぉぉ!!」
そこへ。
「こんなヘタレが、そんな大それたことできるわけないじゃない」
リリナさんが呆れたように言った。
「ねぇ? ミリア、フィリア」
「あ、うん」
「クミはヘタレです」
「魔力通環も、いつも逃げ腰ですし」
「ぐはぁっ!!」
《追加ダメージ確認》
ミリアさんたちが慌ててクミくんへ抱きつく。
なんとなく――羨ましかった。
「じゃあ、どうして残るの?」
私は、小さく息を吐いた。
「王城って、息苦しいんだもん」
「訓練ばっかりだし」
「風間たちは怖いし」
「でも、ここは違う」
「ちゃんと働けば、お金がもらえる」
「自由にできる」
そして。
私は、小さく笑った。
「こっちの方が……楽しいから」
その言葉に、クラスメイトたちは何も言えなくなっていた――。
〜クラスメイトサイド〜
王城へ戻る途中――。
下位女子たちは、小声で話していた。
「……なんか、結奈、変わってたよね」
「うん」
「あんな顔、王城じゃしてなかった」
誰かがぽつりと言う。
「……ちょっと、羨ましかったかも」
「えぇ~?」
「だってさ」
「ギルドの人たち、ちゃんと結奈を守ってたじゃん」
「……」
その言葉に、みんな黙る。
王城では、
“守られる”なんてことは、ほとんどなかった。
強い者が上。
弱い者は従う。
それが当たり前になっていたから。
「でも、相手が国府田だよ?」
「キモいのは変わらないって」
「それはそう」
「そこは否定しないんだ……」
くすくすと笑いが起きる。
けれど。
「でもさ」
一人の女子が、結奈の髪を思い出す。
「髪飾り、可愛かったよね」
「あー、思った」
「支給品じゃなかった」
「……自分で買ったのかな」
「いいなぁ」
その言葉には、
少しだけ本音が混じっていた。
王城では、
服も、装飾も、自由が少ない。
お金も、
上位男子たちが握っている。
「ギルドって……お金、稼げるんだよね?」
「らしいよ」
「……結奈に頼めば、紹介してもらえるかな」
「えぇー?」
「でも、ちょっと興味あるかも」
「ないない」
「いや、でも……」
「少しくらい、自分で使えるお金欲しいし」
そんな会話が、
女子たちの間で、少しずつ広がり始めていた。
そして――。
その変化が、
後に王城側を大きく揺らすことになるとは、
まだ誰も知らなかった。
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