第6話:【勇者視点】声なき絶望の迷宮と、不屈の闘志
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「すぅぅぅぅ……はぁぁぁぁッ!!」
俺は、早朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、気合の入った呼気と共に木刀を振り下ろした。
朝露に濡れた森の広場で、俺、レオンの素振りの音が響く。
百、二百、三百……。
筋肉が熱く焼け付くような感覚が、俺の中に『正義の力』が満ちていくのを実感させてくれる。
「今日こそ……今日こそ、あの邪悪な迷宮の奥に潜む魔王を引きずり出してやる!」
王都を出立し、武者修行の旅に出て数ヶ月。
俺はこの辺境の村の近くに、突如として出現した不気味なダンジョンの噂を聞きつけた。
村人たちは言っていた。
『あそこには近づくな。魔物もいないのに、入った者は皆、気が触れたように全裸で放り出される呪われた場所だ』と。
その話を聞いた瞬間、俺の勇者としての魂が激しく震えた。
間違いない。
あの迷宮の奥には、下等な魔物に頼る必要すらない、絶大な力を持った『真の魔王』が潜んでいるに違いないのだ。
姿を見せず、ただ侵入者を弄ぶように撃退する底知れぬ悪意。
俺が倒さねば、いつか必ずこの世界はあの見えざる脅威に飲み込まれてしまう。
「行くぞッ!」
俺は銀の鎧を鳴らし、愛剣であるバスターソードを背負って、森の奥へと足を踏み入れた。
迷宮の入り口は、相変わらず不気味なほど静まり返っていた。
扉すらなく、ただぽっかりと開いた暗い口が、侵入者を嘲笑うように待ち構えている。
俺は入り口の前に立ち、腹の底から声を張り上げた。
「朝だァァァァァッ!! 邪悪なる魔王よ、目を覚ませェェェェッ!!」
宣戦布告だ。
卑怯な真似はしない。正々堂々と正面から打ち破ってこその勇者だ。
俺は剣を抜き放ち、薄暗い石造りの廊下へと突撃した。
一歩、二歩と踏み出した、その時。
「ぬぉっ!?」
足元が急に柔らかくなったかと思うと、冷たく粘り気のある『何か』が、俺の顔面の下半分に張り付いた。
スライムだ。
だが、ただのスライムではない。
いくら引き剥がそうとしても、強力な接着剤のように顔にへばりついて離れない。
しかも、息はできるのに、口を開けて叫ぼうとすると、その粘液が声を全て吸い込んでしまうのだ。
「む、むぐぐぐっ!(なんだこれは、声が出ない!?)」
俺は必死に抗ったが、完全に『沈黙』を強いられてしまった。
なんという卑劣な罠だ。
戦士から気合いの叫びを奪うとは、魂を折りに来ているとしか思えない。
だが、俺の闘志はこんなことでは消えない。
声を奪われようとも、剣を振るう腕は残っている。
俺はスライムを顔につけたまま、さらに迷宮の奥へと歩を進めた。
その瞬間、周囲の景色がぐにゃりと歪んだ気がした。
「……!?」
音が、完全に消滅した。
自分の足音も、重い鎧が擦れる音も、心臓の鼓動すら聞こえない。
まるで、世界の全ての音を切り取られたような、絶対的な無音空間。
その直後、息が急に苦しくなった。
空気が無いのだ。
「が、はっ……!(空気が、薄い!?)」
肺が焼けるように痛む。
目に見えない風の刃が俺の体を撫でているのを感じるが、それが音を立てないため、どこから攻撃されているのか全く感知できない。
これはきっと、空間そのものを支配する、神話級の絶大なる力に違いない。
(これが……魔王の力……!)
声を出させず、音を消し去り、静寂の中で人を狂わせ、窒息させる。
なんという恐ろしい精神攻撃。
なんという残忍な支配者。
俺は薄れゆく意識の中で、見えざる魔王の底知れぬ悪意に戦慄した。
膝から崩れ落ちそうになった瞬間。
フワッ、と。
俺の体は見えない巨大な手に優しく包み込まれ、そのまま信じられない速度で後方へと引っ張られた。
「あ、ぶべらッ!?」
気がつけば、俺は迷宮の入り口から遠く離れた森の草むらに、尻から落下していた。
顔に張り付いていたスライムも消え、新鮮な空気が肺を満たす。
生かされたのだ。
圧倒的な力の差を見せつけられ、虫けらのように外へと放り出された。
「はぁ、はぁ……っ!」
俺は荒い息を吐きながら、土のついた鎧のまま立ち上がった。
悔しさに唇を噛みしめる。
今日のところは、俺の完敗だ。
あんな理不尽な罠、物理的な剣の力だけではどうにもならない。
だが、俺の心は折れていなかった。
むしろ、かつてないほどの闘志が全身から湧き上がってくるのを感じていた。
「あんな恐ろしい力を……静寂という名の暴力で人を支配するヤツを、野放しにしておけるものか!」
俺は泥だらけの手で剣を握り直し、夕陽に染まる迷宮の入り口を睨みつけた。
待っていろ、見えざる魔王。
お前がどれほど声なき絶望で俺を拒もうとも、俺の燃える正義の炎は決して消すことはできない。
レベルを上げ、新たな技を身につけ、明日も必ず、お前のその絶対の静寂を打ち破ってやる。
「俺の戦いは、ここからだァァァァァッ!!」
俺の熱い誓いが、森の木々を揺らした。
この迷宮を巡る、俺と魔王との果てしなき死闘は、まだ始まったばかりなのだ。
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