第4話:我が迷宮に、熱血という名の目覚まし時計が鳴り響く
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バキィィィィン!!
乾いた破砕音が、石造りの冷え冷えとした玉座の間に虚しく響き渡った。
「あぁぁぁぁぁっ! 私の! 私の血と汗と涙の結晶があぁぁぁ!」
私はUR至高の安眠ベッドの上で、頭を抱えて絶叫した。
視線の先、ダンジョンの入り口(玉座の間から真っ直ぐ伸びた廊下のどん突き)に設置したばかりの『木の扉(10pt)』が、無残な木っ端と化して宙を舞っている。
それを粉砕したのは、剣と盾を構えた柄の悪い中級冒険者らしき男だった。
彼は扉を蹴り破った勢いそのままに、ダンジョン内へとズカズカと足を踏み入れてくる。
あの木の扉を買うために、私がどれほどの苦労をしたか。
ポイントを稼ぐためには「起きて活動しなければならない」という、神の悪意に満ちたシステムのせいで、私は有能すぎる執事・影山の監視のもと、一時間もスクワットと反復横跳びを強制されたのだ。
前世でもやらなかったようなハードな有酸素運動。
ふくらはぎはパンパンに張り、息は絶え絶えになりながら、ようやく絞り出した10ポイント。
それが、たった一撃。
見ず知らずの粗暴な男の、無配慮な蹴り一発で、文字通り木っ端微塵にされたのである。
「労働の価値が! 時給換算した私の尊厳が、一秒でゴミになったぁぁぁ!」
「主様、ご安心を。不法侵入者はわたくしが直ちに排除いたします」
私の悲痛な叫びを背に受けながら、影山は優雅に一礼した。
そして、あの時と同じように――いや、今回はより実用的に、指先を軽く弾いた。
直後、足元から突き出した石の槍が、侵入者のお尻を正確に、かつ容赦なく小突いた。
『ギャアアアアアッ!? な、なんだここ!? 罠なんて無いって聞いてたのにぃぃぃ!』
悲鳴を上げながら、男は入ってきた時以上の猛スピードでダンジョンから逃げ出していった。
物理的なダメージより、精神的な尊厳を削り取る完璧な迎撃である。
これで再び、ダンジョンには静寂が戻った。
しかし、私の心は全く晴れなかった。
「影山……。私、もう無理かもしれない。防衛設備って、こんなにあっさり壊されるものなの……?」
私はベッドの上に力なく倒れ込み、シーツを握りしめた。
「木の扉は所詮、木の扉でございます。本格的な防衛を構築するには、せめて『鋼鉄の扉(500pt)』や、『自動迎撃ゴーレム(1000pt)』が必要かと」
「ご、五百ポイント……!? 木の扉の五十倍!? そんなの、私にフルマラソンしろって言ってるようなものじゃない!」
「おっしゃる通り、現在の主様の基礎体力では、過労で倒れる可能性が高いでしょう」
影山は、一切の感情を交えない冷徹な声で、私の絶望を裏付けた。
「じゃあどうすればいいのよ! このままじゃ一生、こんな小悪党に怯えながら、寝る時間を削って筋トレしなきゃいけないじゃない!」
「ご提案があります、主様。現在のポイント生成効率を上げるためには、単なる運動ではなく、『感情の高ぶり』や『極度の緊張状態』といった、より強い生命エネルギーを発生させるのが効果的です」
「感情の高ぶり……?」
「はい。例えば、迫り来る死の恐怖に直面しながら必死に逃げ惑うなどすれば、短時間で莫大なポイントが――」
「却下! 絶対に却下! 安眠のための防衛設備を買うために、なんで私が死の恐怖を味わわなきゃいけないのよ! 本末転倒もいいところよ!」
私は即座に叫んだ。
この執事は時々、有能な顔をしてとんでもなくスパルタな提案をしてくる。
忠誠心はMAXなのだろうが、主の「快適さ」よりも「生存と目的達成」を最優先するきらいがあるのだ。
「はぁ……。もういい。とりあえず、少し寝る。今の騒ぎで心臓がバクバクしてるし、これでも少しはポイント貯まったでしょ」
私は抗議を諦め、最高級の枕に頭を沈めた。
もう何も考えたくない。
外の光も音も遮断して、深い深い眠りの底に落ちてしまいたい。
そう思って、目を閉じた瞬間だった。
『そこかァァァァァッ!! 邪悪なる魔王が潜むという、呪われし迷宮はァァァァァッ!!』
ビリビリビリッ!! と。
空気が震え、石壁に反響し、私の鼓膜を直接殴りつけるような、巨大で暑苦しい怒声が響き渡った。
「な、なに!? 今度はなに!?」
私はバネ仕掛けのおもちゃのようにベッドから跳ね起きた。
ただでさえ敏感になっている神経が、その無遠慮な大音声によって完全に逆撫でされた。
「主様、警戒を。新たな侵入者です」
影山が空中に魔力映像を展開する。
そこに映っていたのは、小遣い稼ぎのコソ泥や、柄の悪い中級冒険者などではなかった。
ピカピカに磨き上げられた、不釣り合いなほど立派な銀の鎧。
燃えるような赤い髪を逆立て、手には身の丈ほどもある大剣を握りしめた少年。
その瞳には、一点の曇りもない「正義」と「熱血」がメラメラと燃えたぎっていた。
『我が名はレオン! 王都より参じた、未来の勇者だ! 罪なき人々を脅かす見えざる魔王よ! 今日こそお前の野望を打ち砕き、その首を王国に持ち帰ってくれるわァァァァッ!』
レオンと名乗ったその少年は、入り口の無いダンジョンの入り口で、天に向かって剣を掲げ、一人で勝手に大演説をぶっていた。
「……なに、あの子」
私は唖然として画面を見つめた。
「推定ですが、最近この近辺で急速に噂になっている『罠も魔物もいないが、入った者が不可解な力で全裸にされて吹き飛ばされる呪われた迷宮』……つまり当ダンジョンの噂を聞きつけ、討伐にやってきた『勇者志願者』かと思われます」
「勇者志願者? 魔王? ……私、一歩も外に出てないし、誰にも迷惑かけてないんだけど!?」
むしろ、土足で踏み込んでくる連中からベッドを守っているだけの、超がつくほどの被害者だ。
それなのに、あの少年は私を「世界の敵」かなにかだと完全に勘違いしている。
『覚悟しろ魔王! 俺の燃えたぎる正義の炎で、その薄暗い迷宮ごと灰燼に帰してやる! ウォォォォォォッ!!』
少年――レオンの叫び声が、ダンジョンの奥深くまでビンビンに響いてくる。
声がでかい。
とにかく、声がでかすぎる。
さっきの木の扉の破壊音より、はるかに私の安眠を妨害するレベルの騒音だ。
「うぅぅ……頭が痛い……。あの声、聞いているだけで疲れる……」
前世の職場で、無駄に声がでかく、中身のない精神論ばかりを振りかざしていた暑苦しい上司の顔がフラッシュバックする。
私の安らかな精神状態が、音を立てて崩れていくのが分かった。
ピーーーッ。
『警告。マスターのストレス値が規定値を突破。生命維持の危機と判断し、強制脱出シーケンスをスタンバイします』
枕の横にあるランプが、不吉な赤色に点滅し始めた。
「待って! 走らないで! ベッドは走らなくていいから!」
私は必死で枕を抱きしめ、暴走を阻止しようとした。
あの時速百キロのドリフトだけは、二度と御免だ。
「影山! お願い、あいつをどうにかして! あの暑苦しい声を、今すぐ止めてちょうだい!」
私は涙目で執事に命令を下した。
「かしこまりました。主様の平穏を乱す不快な騒音。わたくしが『ミュート』にいたしましょう」
影山が、冷たい微笑を浮かべた。
彼が再び指を鳴らした瞬間。
玉座の間から放たれた無数の不可視の『壁』が、一直線の廊下を猛スピードで突き進んだ。
『うおおおおっ! 食らえ、正義の一撃……ぶべらッ!?』
突撃してきたレオンの顔面に、目に見えない何かがクリーンヒットした。
見えない壁は一枚や二枚ではない。
十枚、二十枚と連なる不可視の防御壁に、彼は自らの突進の勢いのまま、次々と顔面から衝突していった。
『がはッ! ぐふッ! な、なんだこの硬い空気は……ッ!? 俺の、俺の熱き魂は、こんな見えない壁なんかにィィィ……!!』
ガンッ! ゴンッ! ズドォォン!
悲鳴と共に、レオンは何度も何度も壁に弾き返され、しまいにはゴム鞠のようにダンジョンの外へとすっ飛んでいった。
見事なまでの完封劇。
ついに、迷宮に完全な静寂が戻った。
「終わりましたか。さすが影山、頼りになるわ……」
私は大きく安堵の息を吐き、ベッドに倒れ込んだ。
今度こそ、今度こそ眠れる。
そう思った直後だった。
『……覚えてろォォォォ魔王ォォォォォッ!!』
遥か遠く、ダンジョンの外の森の奥から、エコーのかかった巨大な叫び声が聞こえてきた。
『今日のところは俺の負けだ! だが、俺の正義の炎は決して消えない! 明日も! 明後日も! お前を倒すまで、俺は毎日必ずやって来るからなァァァァァッ!!』
――ビキッ。
私の頭の中で、何かがへし折れる音がした。
「……毎日、来る?」
「そのようですね。彼の底抜けの体力と異常なまでの精神力を鑑みるに、宣言通り、毎朝きっちり同じ時間に突撃してくる確率が高いと推測されます」
影山が、タブレット端末のようなものを操作しながら、無慈悲な分析結果を告げた。
「毎朝、同じ時間に……あの爆音が……?」
「はい。いわば、絶対に止めることのできない、超高出力の『目覚まし時計』を獲得したようなものです。おめでとうございます、主様。これで毎朝、確実にポイントを稼ぐための起床が可能になりますね」
影山の言葉は、私の心を根本からへし折った。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁっ!! 誰かあの馬鹿を止めてぇぇぇぇぇ!!」
究極の安眠を求めた私のダンジョンに、最悪の『定時アラーム』がセットされてしまった。
前世の社畜時代よりも規則正しい、地獄の早起き生活が始まろうとしていることに、私は絶望の涙を流すことしかできなかった。
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