第3話:神様の観覧席と、誤算だらけの聖域
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天界の「異世界ハローワーク」の出張所は、今日も絶好の行楽日和……いや、絶好の観戦日和だった。
私はパイプ椅子に深く腰掛け、最高級の神界ソーダをストローで啜りながら、眼前に浮かぶ巨大なモニターを見つめていた。
画面に映し出されているのは、湿っぽい岩肌が剥き出しになった、出来立てホヤホヤのダンジョン。
その最深部で、一人の少女が絶叫しながら、最高級のベッドの上でのたうち回っている。
「ひゃはははは! 見てよこれ! 時速百キロでドリフトするベッド! 誰があんな設定にしたんだっけ? ……ああ、僕だ。僕だったよ。最高だね!」
私は笑いすぎて、飲んでいたソーダが鼻にツンときた。
モニターの中の佐藤凛――いや、今は迷宮主凛か。
彼女は真っ青な顔をして、執事の影山に泣きついている。
前世で過労死するまで働いた反動か、彼女の「働きたくない」という執念は、神である僕から見ても一種の芸術に近いものがあった。
普通、初期ポイントが千もあれば、賢い転生者は『不老不死』や『無限の魔力』、あるいは『一撃必殺の聖剣』を選ぶ。
それか、ダンジョンマスターなら、地道に罠を敷き詰め、頑丈な扉を買い、自分を守るための兵隊を揃えるものだ。
それがリスクヘッジというものだろう?
だが、彼女は違った。
彼女が選んだのは、『最高級の執事』と『最高級の枕』。
防衛力、実質ゼロ。
文字通りの「全ツッパ」だ。
あんなに極端な初期ステータス画面、神様やってて初めて見たよ。
「……でもねぇ、凛ちゃん。世の中そんなに甘くないんだよ」
僕はモニターの横にある「詳細設定」のウィンドウを操作した。
彼女が気付いていない、いや、あえて教えなかった『悪意ある仕様』がそこには並んでいる。
まず、あのUR枕の「強制脱出機能」。
彼女は安眠を求めていたが、安眠を守るためには『敵に一歩も近づかせない』必要がある。
少しでも危険を察知すれば、主を乗せて爆走し、物理的に距離を置く。
三半規管が弱い彼女にとっては、それはもはや拷問機に近いだろう。
そして何より、僕が一番気に入っている設定は『ポイント生成条件』だ。
「『マスターが覚醒し、心身が活動状態にある時にのみ、生命エネルギーをポイントに変換する』……。うん、何度読んでも性格悪いね、僕」
僕は自分で自分に感心してしまった。
彼女は「寝るために」ポイントが必要なのに、ポイントを稼ぐためには「起きて」いなければならない。
このパラドックス。
この地獄の無限ループ。
まさに、天界のブラック企業が贈る、最高の人体実験だ。
「お、次の獲物が来たね。今度は少しだけ手ごわいぞ」
モニターの隅に、新たな侵入者の影が映った。
装備を整えた、低ランクの冒険者パーティーだ。
彼らは「新しく現れた、防衛の薄いダンジョン」という噂を聞きつけ、一獲千金を狙ってやってきた。
入り口に扉すらないのだから、彼らにとっては宝箱が道端に落ちているようなものだ。
「さあ、どうする? 凛ちゃん。寝てたら枕が暴走するし、起きてたら影山に働けって言われる。君の望んだ『不労所得ライフ』は、どこにあるんだろうね?」
僕はワクワクしながら、画面をズームした。
ダンジョンの最深部。
凛は今、影山に手を引かれ、ベッドの上から強制的に引きずり下ろされていた。
『主様、ポイントを稼がねば扉すら買えません。さあ、スクワットを十回。それが終わったらこの部屋を三周走りましょう』
『嫌ぁぁぁぁ! なんで異世界に来てまでダイエットみたいなことしなきゃいけないのよ! 影山、あんた有能なんでしょ!? あんたがどうにかしてよ!』
『御意。わたくしは主様の身辺警護と雑務を完遂いたします。ですが、ポイントの生成は主様の生命活動に依存しております。わたくしがどれほど奮闘しようと、主様が寝ておられては、この迷宮は一歩も成長いたしません』
影山の淡々とした、しかし有無を言わせぬ正論。
SSR万能執事は、その有能さゆえに、主に対しても「完璧な労働」を求めてしまう。
凛が泣きながら玉座の間を走り始める姿を見て、僕は腹を抱えて笑った。
「最高だよ! これだよこれ! 一生寝ていたい社畜が、寝るために必死に有酸素運動をしている! こんな愉快な喜劇、千年に一度の傑作だ!」
僕はモニターの録画ボタンを押した。
これは後で、他の神様たちにも見せてあげよう。
特に、あの「農民」のスローライフとか、「聖女」の献身とかに飽き飽きしている連中には、良い刺激になるはずだ。
だが、ただ見ているだけでは少し退屈だ。
僕はキーボードを叩き、少しだけ「スパイス」を加えることにした。
「そうだね。そろそろ、あの子を投入してみようかな。凛ちゃんにとっての『止まらない目覚まし時計』。熱血すぎて話が通じない、勇者候補の少年、レオン君だ」
僕はレオンというキャラクターのステータスを、少しだけ弄った。
『正義感が異常に強く、一度決めたら諦めない』。
そして、『新しく現れた魔王の根城(と勘違いしているダンジョン)を叩き潰すことに、異常なまでの情熱を燃やす』。
彼がこのダンジョンにやってくれば、凛の安眠は物理的に不可能になる。
影山がどれだけ彼を排除しても、彼は翌朝にはまた、朝日と共に門を叩くだろう。
「影山が構築する絶望の防衛線と、それを根性だけで突破しようとするレオン君。そして、その間で『うるさーい! 寝かせてー!』と叫びながら枕に乗って爆走する凛ちゃん……」
想像しただけで、神様の仕事(暇つぶし)が捗りそうだ。
「頑張れ、凛ちゃん。君が本物の『静寂』を手に入れる日は、果たして来るのかな? ま、せいぜい僕を楽しませてよ。君のポイント稼ぎ(労働)の様子を、特等席で見守ってあげるからさ」
僕はソーダを飲み干し、新しいお菓子を袋から出した。
モニターの中では、必死に走り込みを終えた凛が、ようやく貯まったポイントで『木の扉』を一枚購入していた。
だが、その直後に現れた冒険者のタックル一発で、その扉は無残にも粉砕された。
『あぁぁぁぁ! 私の労働時間がぁぁぁぁ!』
凛の悲鳴が、天界まで心地よく響いてきた。
「ははは! 労働の対価が一瞬で消える無常感! これぞ人生の醍醐味だね!」
僕は、天界の観覧席で一人、満足げに頷いた。
この迷宮運営が、どのような結末を迎えるのか。
それはまだ、神である僕にも分からない。
ただ一つ確かなのは、佐藤凛の「安眠」への道のりは果てしなく、地獄のような労働に満ちているということだけだった。
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