第2話:安眠のための殺戮と、絶望のポイントシステム
本日2話目
ギュイィィィィィン!!
石造りの無骨な玉座の間を、白亜の巨大なベッドがドリフト走行していた。
底部から噴き出す青白いロケット炎が、冷たい石の床を無慈悲に焦がしていく。
「あばばばばばばっ! 無理無理無理無理! 死ぬ、遠心力で内臓が偏るぅぅぅ!」
UR至高の安眠セット。
五百ポイントという、全財産の半分を注ぎ込んだそれは、現在、時速百キロという殺人的なスピードで私を乗せて暴走していた。
あまりのG(重力加速度)に、私の顔面は見るも無残に歪んでいる。
最高級の羽毛布団に必死にしがみつきながら、私は前世の過労死寸前の時よりもはっきりと「死」を予感していた。
どうしてこうなった。
私はただ、一生布団から出ずに泥のように眠りたかっただけなのに。
『警告。対象エリア内に敵対的生命反応アリ。緊急回避軌道を継続します』
「回避しなくていいから止まってぇぇぇ! 酔う! 酔うってば!」
私の悲痛な叫びは、ロケット推進の轟音に掻き消される。
このふざけたベッドは、ダンジョン内に侵入した「小遣い稼ぎの空き巣共」を『絶対的な脅威』と判定し、強制的に私を安全圏へ逃がそうとしているのだ。
三半規管へのダメージを伴う、あまりにも過保護な防衛機能。
猛スピードで旋回を続けるベッドの中心、玉座の間のド真ん中には、微動だにしない人影があった。
SSR万能執事、影山である。
「主様、ご安心を。不快な羽虫の羽音は、わたくしが速やかに排除いたします」
影山は、暴走するベッドが巻き起こす猛烈な風圧の中でも、一糸乱れぬ様子で優雅に一礼した。
彼の背後、玉座の間へと続く一本道の廊下。
そこには、粗末な革鎧を着て松明を掲げた三人の若者たちが、欲に目を血走らせて足を踏み入れようとしていた。
『おい、見ろよ! 一番奥にすげえ豪華なベッドがあるぞ!』
『本当だ! 魔物一匹いねえ! あのベッドの装飾だけでも金貨数枚にはなるぞ!』
彼らは自分たちが死神の前に立っていることにも気づかず、泥のついた靴で、私の神聖なる安眠の領域を踏み荒らそうとしている。
その事実が、猛烈な車酔いに苦しむ私の脳内で、ある種の沸点を突破させた。
「影山……! あいつら、絶対に、絶対に私のベッドに近づかせないで!」
吐き気をこらえながら、私は血を吐くような声で叫んだ。
「音も立てるな! 悲鳴も聞きたくない! 私の安眠を脅かす存在を、徹底的に、塵ひとつ残さず消し去ってぇぇぇ!」
パニック状態の私の指示。
それは、ただの社畜の「静かにして」という懇願に過ぎなかった。
だが、SSR万能執事の思考回路は、主の言葉を常軌を逸したレベルで『超解釈』した。
「――仰せのままに。主様の絶対不可侵の領域を脅かす害虫共に、塵となる慈悲を与えましょう」
影山の切れ長の瞳が、鮮烈な真紅に発光した。
彼が白い手袋に包まれた右手を、軽く、指揮者のように振るう。
次の瞬間だった。
ズォォォォン……ッ!!
音が、消えた。
物理的な破壊音も、冒険者たちの悲鳴も、何一つ聞こえなかった。
ただ、空間そのものが削り取られたような「無音の衝撃」だけが、網膜を焼き付けた。
影山の放った不可視の空間断裂。
それは一直線の廊下を走り抜け、三人の若者をすっぽりと包み込んだ。
『え?』
先頭を歩いていた若者が、間抜けな声を漏らしたのを最後に。
彼らの着ていた革鎧、手にしていた松明、持っていた荷物。
その全てが細胞レベルで微塵切りにされ、文字通り「塵」となって空中に霧散した。
残されたのは、丸裸にされ、腰を抜かして白目を剥いている若者たちだけだった。
「命までは取りません。主様の寝室が血で汚れてしまいますから。しかし、二度とこの領域に足を踏み入れようという気力は、根こそぎ刈り取らせていただきました」
影山が冷酷に告げると同時に、衝撃波の余波が彼らの体を弾き飛ばした。
彼らは全裸のままダンジョンの入り口を通り越し、遥か彼方の森の奥へとロケットのように飛んでいった。
圧倒的な、そして完全なる『お掃除』だった。
『脅威反応の消失を確認。警戒モードを解除。定位置へ復帰します』
プシュウゥゥゥ……。
機械的なアナウンスと共に、青白い炎が消える。
暴走していたURベッドは、何事もなかったかのように玉座の上の定位置へと静かに着陸した。
「主様。これで再び、健やかなる眠りにつくことができます」
影山がベッドの傍らに歩み寄り、慇懃に頭を下げた。
しかし、私はベッドの上で四つん這いになり、ひたすらえずいていた。
「うぅ……気持ち悪い……。死ぬかと思った……神様の馬鹿野郎……」
三半規管は完全に破壊され、世界がグルグルと回っている。
安眠どころの話ではない。
枕に頭を乗せるだけで吐きそうだ。
「主様、お労しや。胃腸を整えるハーブティーをお淹れしましょうか?」
「いらない……とにかく、もう二度とあんな思いはしたくない。こんなの、安眠じゃない……」
私は涙目で執事を睨みつけた。
「影山。どうしてあんな連中が簡単に入ってこれたの? ここ、ダンジョンなんでしょ?」
「はい。しかし、このダンジョンには現在、入り口を塞ぐ『扉』すら存在しておりません。物理的な防衛設備も、迎撃用の魔物もゼロ。言わば、野原に高級ベッドを放置しているのと同じ状態です」
野原に高級ベッド。
その例えのあまりの的確さに、私は絶望的な気分になった。
「……じゃあ、また別の冒険者が来たら?」
「はい。その度に、主様のベッドは警戒モードに入り、時速百キロでこの部屋を暴走することになります」
「絶対に嫌だ!!」
私は悲鳴を上げた。
あんなジェットコースターに毎日乗せられたら、衰弱死してしまう。
「ポイントよ! ダンジョンのポイントで、絶対に破られない分厚い鉄の扉と、凶悪な罠を買って! とにかく誰も中に入れないようにして!」
ダンジョンマスターなのだ。
ポイントさえあれば、設備を自由に拡張できるはずだ。
私の必死の訴えに、影山は静かに空中にステータス画面を展開した。
「畏まりました。しかし主様、現在保有されているポイントは『ゼロ』でございます」
「え?」
私は目を疑った。
ホログラムの画面には、無慈悲にも『0 pt』という数字が輝いている。
「なんで!? ダンジョンって、時間が経てば勝手にポイントが貯まる不労所得システムじゃないの!?」
「一般的なダンジョンコアはその仕様ですが、主様の場合は特殊なようです」
影山は、システム画面の隅にある、神様が悪意を持って隠したであろう極小の文字を読み上げた。
「『本ダンジョンコアは、マスターの生命活動エネルギーを変換し、ポイントを生成する仕様となっております』……だそうです」
「……どういうこと?」
「つまり」
影山は、一切の感情を交えない、事務的な声で残酷な真実を告げた。
「主様が『起きて、活動している時間』に比例してポイントが加算される仕組みです。逆に、ベッドで眠っている間は、ポイントは一切発生いたしません」
――静寂が、玉座の間に降り下りた。
私は、己の耳を疑った。
「寝ている間は、ポイントが入らない……?」
「はい」
「防衛設備を買うポイントを稼ぐためには、私が起きていなきゃいけない……?」
「左様でございます」
それは、究極の矛盾だった。
私は「一生眠り続けるため」に、ポイントを全て執事とベッドに使い果たした。
だが、その安眠を守るための防衛設備を買うには、起き続けてポイントを稼がなければならないのだ。
「そんな……嘘でしょ……」
私はベッドの上に崩れ落ちた。
前世で限界まで働き、過労死の果てにようやく手に入れた「何もしない権利」。
それが今、根底から覆されようとしていた。
「寝るために、働けって言うの!? なにそれ! 前世よりタチの悪いブラック労働じゃない!!」
私の魂からの叫びが、何もない空虚なダンジョンに木霊する。
「主様、嘆いているお時間はありません。入り口は常に開放されております。次の害虫がいつ来るか分かりませんから」
「……どうすればいいのよぉ……」
「まずは、防衛用の『扉』を購入するため、主様にはダンジョン内を歩いていただくか、運動をして活動量を稼いでいただく必要があります。さあ、お立ちください。労働(ポイント稼ぎ)のお時間です」
完璧な執事は、冷徹に「起床」を要求してきた。
安眠の聖域は、一瞬にして強制労働の収容所へと変貌したのだ。
「あああああ! 神様の馬鹿野郎ぉぉぉぉ!!」
究極の安眠を求めた元社畜の、絶対に眠れない、血と涙のタワーディフェンス運営が、ここに本格的に始動したのだった。
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