第32話:神様の特等席と、誤解が生んだ防衛線
いやあ、素晴らしい。
天界の「異世界ハローワーク」出張所は、今日も最高のエンターテインメントを提供してくれているよ。
僕は特注のクラウド・ソファに深く沈み込み、神界特製の「エナジー・ポップコーン」を口に放り込んだ。
眼前の巨大モニターには、僕の傑作……もとい、愛すべき被験体である凛ちゃんの奮闘記が映し出されている。
「ひゃはは! 見てよこれ! あの凛ちゃんが、パジャマ姿で空を飛んで魔獣を一撃だよ? 『働きたくない』って執念が、ついに物理法則までねじ曲げちゃったよ。最高だね!」
僕は笑いすぎて、目尻に浮かんだ涙を指で拭った。
もともとは、寝るために必死に回し車を回す社畜の滑稽な姿を見て楽しむつもりだったんだけど、事態は僕の予想を遥かに超えた面白い方向へと転がり始めている。
凛ちゃんが「明日の朝ごはんの物流ルート」を守るために放ったあの一撃。
あれが、この世界の勢力図を根底からひっくり返しちゃったんだ。
「さてさて、下界の様子はどうかな?」
僕は指先一つでモニターの表示を「広域マップ」に切り替えた。
すると、凛ちゃんの迷宮を中心にして、周囲の国家から無数の「魔力サイン」がこちらへ向かって収束しているのが見えた。
「おやおや。ラーメン王国だけじゃ収まらなくなったね。噂を聞きつけた周辺諸国が、パニックを起こして大騒ぎだ」
モニターをズームすると、迷宮から少し離れた街道に、豪華な馬車や軍隊の行列がひしめき合っているのが映った。
それも、一国や二国じゃない。
西の聖教国、北の軍事帝国、東の商業連合。
この大陸の名だたる勢力が、こぞってこの「辺境の迷宮」を目指しているんだ。
「『天災をも一撃で滅ぼす、慈悲深き魔王降臨』か。人間たちの想像力って、本当に神様もびっくりするくらい豊かだよね」
彼らの目的は討伐じゃない。
そんなことをしたら、自分たちの国が地図から消されると本気で信じ込んでいる。
今の彼らにとって、この迷宮は「怒らせてはいけない絶対的な神域」であり、同時に「味方につければ最強の盾になる聖域」なんだ。
「聖女ちゃんも、すっかり『布教活動』に熱が入ってるみたいだねぇ」
モニターの隅では、ラーメン王国の聖女が、他国の使節団を相手に熱弁を振るっていた。
『皆様、落ち着いてください! 魔王様は、静寂を愛する高貴なお方なのです! 不作法な音を立てる者は、あのように消し炭にされますわ! 供物……そう、至高の供物こそが、我々を生かす唯一の鍵なのです!』
聖女の言葉に、帝国の将軍や教国の司教たちが、青い顔をしてガタガタ震えている。
彼らが持ってきたのは、武器じゃない。
国を挙げた「最高の安眠グッズ」と「至高のグルメ」の目録だ。
『我が帝国からは、伝説の氷鳥の羽毛を用いた、夏でも涼しい最高級の掛け布団を!』
『我が教国からは、精神を極限までリラックスさせる、神聖なる癒やしの香油を!』
『どうか、我が国にもその慈悲を! 魔獣の脅威からお守りください!』
一獲千金を狙う冒険者がうろついていた頃が懐かしいよ。
今や迷宮の入り口は、各国のVIPたちが「誰が一番魔王を満足させられるか」を競い合う、異様なプレゼン会場と化しているんだ。
「くっくっく。凛ちゃん、これに気づいたらどんな顔するかな? 『静かに寝かせて』って願えば願うほど、世界中の注目が集まって、迷宮の周りがどんどん賑やかになっていく。このアイロニー! 神様冥利に尽きるね!」
僕はモニターの横にある「詳細設定」ウィンドウを開いた。
凛ちゃんが稼いだ「恐怖と信仰」のポイントは、今やカンスト寸前だ。
システムは自動的に迷宮を拡張し、彼女の意図しない「神殿化」を加速させている。
「よし、ここで少しだけ隠し味を加えようか。これだけ人間が集まると、当然、面白くない奴らも出てくるよね」
僕はキーボードを叩き、ある特定のグループにスポットライトを当てた。
それは、各国の使節団に紛れ込んだ、隠密部隊や暗殺者たちだ。
彼らは「魔王の正体」を暴き、その力を自分たちの国で独占しようと企んでいる。
「信仰が深まれば深まるほど、それを利用しようとする闇も深くなる。凛ちゃんの『安眠』を脅かすのは、魔獣でも勇者でもなく、今度は『過剰な期待を寄せる信者』と『不純な野心を持つ裏切り者』だ。……さあ、どう切り抜けるかな?」
モニターの中では、影山が届いた大量の「安眠枕のカタログ」を真剣に吟味していた。
そしてその横で、凛ちゃんは何も知らず、モコに顔を埋めて幸せそうにヨダレを垂らして寝ている。
「いいよ、いいよ、その調子だ! 君が深く眠れば眠るほど、外の世界は君を巡って狂奔していく。君の求めたスローライフは、今や世界を揺るがすビッグプロジェクトだ!」
僕は新しいソーダを開け、シュワシュワと弾ける泡を眺めながら、満足げに微笑んだ。
「頑張れ、凛ちゃん。君が本物の『安息』を手に入れるその日まで、僕は特等席で見守ってあげるからね。……あ、そうだ。そろそろあの勇者候補のレオン君も、牢屋から出してあげようかな? 『信仰に狂った国を救う真の勇者』として再登場させたら、もっと盛り上がると思わない?」
僕は悪戯っぽく笑いながら、運命の歯車を軽く転がした。
天界の観覧席から見下ろす迷宮は、今日も美しく、そして救いようのない喜劇に満ちていくのであった。
これで完結とさせて頂きます。
最後までお読み頂きありがとうございました。




