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初期ポイントは「SSR執事」と「UR至高の安眠セット」に全ツッパしました。~防衛力ゼロから始まる、全自動タワーディフェンス迷宮運営~  作者: tky
第1章:爆誕!不労所得(という名の地獄)編

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第26話:決裂する香りと、日を改める聖女

 太陽が東の山嶺を赤く染め、朝を告げる鐘の音が辺境の村に響き渡る。


 俺の名はレオン。


 王都より参じた、未来の最強を約束された勇者候補だ。


 俺は今、親父の形見の大剣を握り締め、あの邪悪なる魔王が潜む迷宮へと急ぎ足で向かっていた。


 俺は毎日この迷宮を襲撃していたが、昨日はここに辿り着くことができなかった。


 王国の軍隊が、魔王へ誠意を示すためのパレードなどという軟弱な理由で、街道を完全に封鎖したからだ。


 これから魔王を討伐しようとする俺の道を塞ぐなど、言語道断だった。


 俺は最前列の兵士たちに激しく抗議し、無理にでも突破しようとした。


 しかし、俺が徹底した反魔王派であることを知っている兵士たちは、顔面を蒼白にして俺を取り囲んだ。


「頼むからお引き取りを、勇者候補殿! 貴方のような危険分子が乱入したら、魔王の怒りを買ってしまう!」


 彼らに必死にすがりつかれ、俺は多勢に無勢で、仕方なく村の宿へと帰宅する羽目になったのだ。


 そして今朝、俺は迷宮へ向かう道中で、村人たちが囁き合う不穏な噂を耳にした。


 昨日の大規模なパレードは、大失敗に終わったらしい。


 王国軍は魔王の怒りに触れ、何か恐ろしい目に遭って一目散に逃げ帰ってきたのだという。


 何が起きたのか詳細は不明だが、奴らが魔王の恐ろしさを思い知ったのなら好都合だ。


 時刻は午前7時。


 俺は迷宮の入り口に到着すると、大剣を抜き放ち、暗闇に向けて突きつけた。


「邪悪なる魔王よ! 昨日、軍隊を追い返したとしても俺には通用せんぞ! 今日こそ正々堂々、俺と剣を交えろ!」


 踏み込もうとした瞬間、足元から溢れ出した泥が俺の足を封じ、周囲の視界が闇に包まれた。


 不可視の力によって、俺は入り口の外へと弾き飛ばされる。


「……はぁっ、はぁっ! 汚いぞ魔王! 罠に頼らず、正々堂々と挑んでこい!」


 だが、この程度の挫折で俺の心は折れない。


 俺は立ち上がり、大剣を振りかぶって再び迷宮へと突撃した。


 太陽が中天に差し掛かり、正午の鐘が辺境の村に響く。


 午前中、俺は何度も突撃を繰り返したが、その度に泥に阻まれ体力を削られるばかりだった。


 腹が減っては戦はできん。


 俺は荷物から干し肉と野菜を取り出し、焚き火で鍋を煮立たせた。


「魔王よ、貴様が姿を現すまで、何度でも突撃してやるぞ!」


 肉とハーブの香りが、昼下がりの風に乗って迷宮の奥へと吸い込まれていった。


 地下第一層『静寂の岩窟』。


 私はモコのフワフワな腹に顔を埋め、昨日の激しすぎる運動による筋肉痛に悶絶していた。


「主様、朗報です。オーバーヒートしていたUR至高の安眠ベッドの冷却プロセスが、たった今完了いたしました」


 影山の涼やかな報告を聞き、私は冷たい石畳から跳ね起きた。


「ほんと!? やっと、やっとフカフカのベッドで眠れるのね!」


 私は歓喜の涙を流しながら、復活したばかりのベッドへとダイブした。


 シーツの滑らかな肌触り。


 モコの温もり。


 そして、あのチンドン屋軍団が消え去ったことで得られた、完璧な静寂。


「……最高。これぞ私の求めていた真の魔王ライフ。おやすみなさい、影山……」


 私が安らかな眠りの深淵に沈み込もうとした、まさにその瞬間だった。


 私の鼻腔を、強烈な刺激が突き抜けた。


「……なに、この匂い! すごく美味しそうな……シチューの匂い……?」


 私はバチッと目を開け、枕元の監視モニターを睨みつけた。


 そこには、レオンが焚き火を囲み、豪華な具だくさんスープを作っている姿が映っていた。


「主様、空気循環システムは地上と繋がっております。風向きの関係で、勇者候補の昼食の芳香がダイレクトに流入しておりますね」


 影山はどこ吹く風で、優雅に紅茶のカップを傾けている。


「物理現象なら仕方ないわね……って、そんなわけあるかぁ! 眠れないじゃない! 換気扇止めてよ!」


「酸素の供給を絶てば、三十分以内に主様は酸欠で永眠されることになります。文字通りの永遠の眠りをご希望ですか?」


「希望しないわよ! じゃあ脱臭フィルターとかないの!?」


「現在、当ダンジョンの魔力ポイントは昨日の結界維持で枯渇しており、フィルターを設置する余裕など一ミリもございません」


 影山の無慈悲な宣告を聞き、私の腹が情けない音を立てて鳴った。


 昨日の激しい運動のせいで、身体が本物の食事を猛烈に求めているのだ。


「……影山! あいつを追い払うのやめて、ちょっと交渉してみない?」


「交渉、ですか?」


「そう! あいつが突撃やめるなら、入り口の一部をキャンプ地にしていいから、代わりにそのご飯ちょうだいって!」


 影山が、心底呆れたような冷たい視線を私に向けてくる。


「主様、それでは全く交渉になり得ません。彼にとって、ダンジョンの入り口をキャンプ地にする許可など何のメリットもありません。彼は魔王を討伐したいのであって、ピクニックに来ているわけではないのですよ」


「背に腹は代えられないのよ! ダメ元でいくわ!」


 私はマイクを握りしめ、入り口のスピーカーを通じてレオンに直接語りかけた。


『ちょっと、そこの勇者候補! その料理の匂い、すっごく迷惑なんだけど! 突撃やめるならそこをあんたの拠点にしていいから、代わりにそのご飯を私にちょうだいよ!』


 しかし、レオンは鼻で笑った。


「寝言は寝て言え、魔王め! 俺の料理を貴様のような邪悪な存在に分け与える肉など、一切れもありはしない! この香りに悶絶しながら、己の罪深さを噛み締めろ!」


「あ、あの馬鹿! 誰が悶絶してるって!? 影山、最大火力の泥トラップを今すぐあいつに叩き込んで!」


「主様、落ち着いてください。……どうやら、例の彼女がお見えですよ」


「――レオン様、まだこのような場所で無益な争いを続けていらっしゃるのですか」


 掠れた声と共に現れたのは、王都の聖女だった。


 昨日のパレードを牽引していた彼女の表情に、かつての狂信的な自信はない。


 人智を超えた存在への恐怖に打ちひしがれ、ただ深い無力感に苛まれているようだった。


 レオンは顔をしかめた。


「ちっ、またあんたか。邪魔するなよ、今あいつと心理戦の最中なんだ」


「心理戦、ですか?」


「ああ。さっきあの魔王め、腹が減ったから俺の飯を寄越せって泣きついてきやがったんだ。闇の支配者とやらも、飯の誘惑には勝てないらしい。このまま飢えさせて引っ張り出してやる」


 レオンの言葉を聞いた瞬間、死んだように淀んでいた聖女の瞳に、僅かな光が宿った。


「魔王様が……お腹を、空かせている……?」


 それは、圧倒的な力に蹂躙される日を待つしかなかった彼女にとって、唯一の希望の糸だった。


 もし、魔王が人間の食事を必要としているのなら、そこには対話の余地がある。


「レオン様。あなたはそのお食事を、魔王様に捧げるつもりはないのですね?」


「当たり前だ! 誰が人類の敵に飯などくれてやるものか!」


「……そうですか。ならば、私が魔王様にお食事をお渡しいたします」


 聖女はレオンを押し退け、焚き火の鍋に手を伸ばそうとした。


「ふざけるな!」


 レオンが激怒し、聖女の前に立ち塞がって鍋を背中に隠した。


「教会の女が、人類の敵に寝返る気か! 俺の飯は絶対に渡さん!」


「どいてください! これは魔王様の怒りを鎮め、我が国を救うための重要な供物になるのです!」


 入り口で、勇者候補と聖女が鍋を巡って醜い言い争いを始めた。


 私はマイクを取り、モニター越しの彼女に向かって、心からの本音を吐き出した。


『ちょっと、あんたたち! そこで喧嘩しないでよ! 私、別に世界を支配するとか、人間を滅ぼすとか、そんなのどうでもいいのよ! 毎日フカフカのベッドで、誰にも邪魔されずに静かに眠りたいだけなの!』


 その言葉を聞いた瞬間、聖女は目を見開いた。


 彼女の表情から恐怖が消え、深い理解と安堵が広がっていく。


「……誰にも邪魔されない、静かな眠り。ああ、そうでしたか……。あなた様は、ただの安息を求めていらっしゃったのですね……」


 聖女は、涙を浮かべて入り口に向かってひざまずいた。


「私たちは、なんと無益な騒音を立て続けていたのでしょう……。魔王様、あなた様のご要望はしかと理解いたしました」


 聖女はレオンをキッと睨みつけた。


「ですが魔王様、申し訳ございません。今日はこの愚かな者がどうしても邪魔をいたします。私の一存では、このお食事を届けることができません」


「当たり前だ! 俺の飯だぞ!」


「……必ずや日を改めて、国を挙げて、あなた様にふさわしい至高の供物をお持ちいたします。どうか、それまでお待ちくださいませ!」


 聖女はそう言い残し、レオンに阻まれながらも、希望に満ちた表情で踵を返していった。


『えっ、ちょっと待って! 今お腹空いてるんだけど!』


 私の叫びは空しく響き、入り口には「絶対に飯は渡さん!」と息巻くレオンと、美味しそうなシチューの匂いだけが残された。


 和平の兆しは見えた。


 しかし、私の空腹が満たされる日は、もう少し先になりそうだった。

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