第21話:史上最大の大騒音パレードと、絶望の逆位相
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その日は、地平線の彼方から「音」が押し寄せてくるのが分かった。
地響きのようなドラムの音。
空を裂くようなラッパの旋律。
そして、何千人もの民衆が唱和する「バリカタ! バリカタ!」という、我が国の王の名を称える暑苦しいチャント。
プラチナ・サイレントの結界越しですら、空気がビリビリと震えているのが伝わってくる。
「……来たわね。地獄のチンドン屋軍団が」
私は、ダンジョンの入り口付近に設置された特設モニターを、死んだ魚のような目で見つめていた。
私の腕の中では、安眠羊のモコが「メェ……」と、その短い足を震わせて怯えている。
「主様、ご安心を。パレードの先頭集団が、結界の境界線まであと一キロの地点に到達しました」
影山が、ストップウォッチを片手に、いつになく真剣な表情で告げた。
「彼らが持ち込んでいる『百面大太鼓』は、物理的な音圧だけで家屋を倒壊させる威力があります。さらに王立合唱団の『全力の友愛の歌』は、精神を内側から強制的にポジティブにする魔力が込められています。今の主様が浴びれば、拒絶反応でショック死する恐れがありますね」
「……そんなものを持ってきて、どこが『和平交渉』なのよ! 嫌がらせ以外の何物でもないじゃない!」
「彼らにとっては、最大級の『誠意』なのです。……さあ、主様。モコを、そしてご自身の安眠を守るための最終防衛ラインを構築しましょう」
影山が指し示したのは、玉座の間に新設された、巨大な『DJブース』のようなコンソールだった。
「これは……なに?」
「『超巨大野外フェス用・逆位相スピーカーシステム』の制御盤です。敵が放つ全ての騒音に対し、瞬時に真逆の波長の音をぶつけることで、物理的に音を打ち消します。……ただし、このシステムの稼働には、膨大な演算処理とポイントが必要です」
「わかってるわよ……。どうせ、私が『何か』しなきゃいけないんでしょ?」
「察しが良くて助かります。主様には、このコンソールの上にある『特設ダンスフロア』で、指定されたステップを踏み続けていただきます。主様のステップが正確であればあるほど、消音パルスの精度が上がり、静寂が守られます」
「……ダンス? 私に、踊れって言うの?」
「はい。神々も『ノリノリの魔王が見たい』と、追加の投げ銭を約束してくださっています。さあ、曲が始まりますよ。一秒のズレも許されません」
影山がスイッチを入れると、私の足元の床が七色に発光し始めた。
同時に、外ではパレードが結界の直前で停止し、国王バリカタ十四世が金色のメガホンを手に取った。
『おお、深淵なる魔王カゲヤマよ! 我らラーメン王国は、貴殿との永遠の友情を誓うべく、最高の祝祭をここに捧げる! 奏でよ! 歌えよ! 踊れよッ!!』
ドォォォォォォォォォォォンッ!!!
百面の大太鼓が一斉に叩き鳴らされ、衝撃波が森の木々をなぎ倒した。
「……っ! 来た! 踊るわよ、踊ればいいんでしょ!!」
私は、羞恥心で顔を真っ赤にしながら、床に表示される矢印に合わせて必死にステップを踏み始めた。
右! 左! 回転! ジャンプ!
ブラック企業の宴会芸で叩き込まれた、キレだけは無駄に良いダンスが、今、異世界の命運(私の安眠)を懸けて爆発する。
「素晴らしい、主様! その『死にたいほど恥ずかしい』という情動が、最高品質の消音エネルギーに変換されています!」
影山がノリノリでコンソールのレバーを操作する。
外では、見たこともない規模の音の壁がダンジョンに襲いかかっていた。
だが、私が踊るたびに、ダンジョンからは目に見えない「負の波動」が放出され、パレードの騒音を次々と無に帰していく。
国王たちの視点から見れば、自分たちが全力で鳴らしている音が、ダンジョンの入り口に触れた瞬間に「シュン……」と消えていくという、この世のものとは思えない光景が広がっていた。
『な、なんだと……!? 我らの全力のパレードが、一顧だにされずにかき消されるだと!?』
国王が愕然として叫ぶ。
『……いや、違う! 見ろ、ダンジョンの奥から、何か凄まじい「魔力(恥の波動)」を感じるぞ! 魔王は、我々の誠意を上回る『究極の沈黙の舞』で応えているのだッ!』
勘違いが、さらなる加速を生んでいた。
私は、汗だくになりながら踊り続けていた。
「はぁ、はぁ……! 影山、もう、足が動かない……! ポイントは足りたの!?」
「あと少しです! 敵が最後の切り札、『真鍮の爆鳴ラッパ・斉射』を準備しています! 主様、最後はヘッドスピンで締めてください!」
「できるわけないでしょぉぉぉぉっ!!」
私は叫びながらも、モコの潤んだ瞳を見て、ヤケクソで床に頭を突き立てた。
グルグルと視界が回り、私の尊厳が銀河の彼方へと消えていく。
その瞬間、ダンジョンから最大出力の消音パルスが放たれ、パレードの全ての楽器が「パリン」という音を立てて砕け散った。
世界に、再び静寂が訪れる。
「……終わった? 終わったのね……?」
逆さ吊りの状態で、私は力なく呟いた。
「お見事です、主様。敵は『魔王の沈黙の威圧』に圧倒され、震えながら撤退準備に入りました」
影山が、拍手をしながら私を床から引き起こしてくれた。
「……寝る。もう、一歩も歩かない。モコ、一緒に寝よう……」
私はフラフラとした足取りで、モコを抱きしめ、泥のようにベッドへと倒れ込んだ。
ジュワァァァァァッ!!
「あっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!?」
背中が炎に包まれたかのような激痛に、私はバネ仕掛けのおもちゃのようにベッドから飛び起きた。
私の唯一の希望であるUR至高の安眠セットから、香ばしい機械油の臭いと、絶望的なまでの熱気が立ち昇っている。
シーツに触れると、目玉焼きが焼けそうなほどの異常な高温だった。
「な、なんなのこれ!? 私のベッドが燃えてる!」
「主様、大変残念なお知らせです。今のダンスフロアの熱気と逆位相パルスの過剰生成により、UR至高の安眠セットが『オーバーヒート』を起こしました」
影山が、焼け焦げたシーツをピンセットでつまみ上げながら、淡々と、しかし残酷な事実を告げた。
「冷却システムが物理的に焼き切れております。冷却完了まであと六時間、ベッドの使用は不可です。無理に寝転がれば、主様は『低温調理された魔王』として歴史に名を刻むことになりますよ」
「……低温調理……。それ、死ぬより屈辱的じゃない」
私は、汗と涙でぐちゃぐちゃになった顔で、熱を帯びた玉座の間の床にへたり込んだ。
私の安眠は、文字通り熱く燃え上がり、灰となって消え去ってしまったのだ。
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