第19話:安眠の精霊と、迫り来る大行列
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「はぁっ、はぁっ……。影山、もうだめ。ジャージが汗で体に張り付いて気持ち悪い……」
私はダンジョンの冷たい床に大の字に倒れ込み、天井を見上げて息を絶え絶えに吐き出していた。
聖女セリアの「オーバーフロー攻撃」を凌いだ代償として、私は再び影山のスパルタ管理のもと、ダンジョン内を何十周も走り回らされていたのだ。
「お疲れ様です、主様。見事な走りでした。おかげで結界の修復用ポイントは十分に確保できました」
影山が、氷のように冷たいタオルを私の額に乗せてくれる。
「……これで、ようやく寝られるのよね?」
「ええ。結界は再び完全な静寂を取り戻しました。どうぞ、UR至高の安眠ベッドへ」
その言葉を聞いて、私は這うようにしてベッドへと向かった。
柔らかいシーツの感触、羽毛布団の重み。
すべてが完璧だ。
今度こそ、誰にも邪魔されない深い眠りに落ちることができる。
私が目を閉じかけた、その時だった。
ポンッ。
という、気の抜けたようなポップ音が、玉座の間の中心で響いた。
「……なに?」
私が薄目を開けると、そこには信じられないものがいた。
真っ白で、フワフワで、雲の塊に短い足が生えたような、丸っこい羊のぬいぐるみのような生き物。
「メェ~……」
その生き物は、とろけるような鳴き声を上げながら、トコトコと私のベッドに近づいてきた。
「えっ、かわいい……。なにこれ、魔物?」
「おめでとうございます、主様。ダンジョンシステムからの『ボーナス支給』です」
影山が、タブレットを確認しながら恭しく一礼した。
「ボーナス?」
「はい。主様がこれまで過酷な労働(ポイント稼ぎ)に耐え抜き、ダンジョンの防衛に多大な貢献をしたため、システムが一定の条件を満たしたと判断したようです」
影山の説明によると、このフワフワの羊は『安眠羊』というレアモンスターらしい。
「名前は……そうね、『モコ』にしよう」
私が手を伸ばすと、モコはすり寄るように私の腕の中に収まった。
その瞬間、私は信じられない感覚に包まれた。
「……あ、あったかい。それに、なんだかすごく……心が落ち着く……」
「モコの羊毛は、周囲の微細な振動や音を完全に吸収し、主様に極上のリラックス効果を与える特殊能力を持っています。言わば、生きている最強の抱き枕です」
「最高じゃない!!」
私はモコを力いっぱい抱きしめた。
これだ。私が異世界に求めていたものは、命がけのチキンレースでも、涙のマラソンでもない。
この、フワフワの抱き枕と一緒に泥のように眠ることだったのだ。
「ありがとう、神様! 初めて感謝するわ! これで私は、真のニートになれるのね!」
私はモコに頬擦りしながら、歓喜の涙を流した。
だが、私の有能すぎる執事は、いつだってその幸せを秒で叩き壊す天才だった。
「主様が喜んでおられるところ大変恐縮なのですが、もう一つ、報告がございます」
「……今度はなに。私、モコと一緒に寝るから後にして」
「先ほど、王都に放っていた監視用の使い魔から映像が届きました。……主様、ご覧ください」
影山が空中に展開したモニター。
そこに映し出された光景を見て、私はモコを抱きしめたまま完全に固まった。
「……は?」
王都の大通りを、見たこともない規模のパレードが練り歩いていた。
先頭を飾るのは、豪華絢爛な装飾が施された巨大な神輿。
その後ろには、百人以上の音楽隊が、巨大な太鼓を叩き、真鍮のラッパを天に向かって吹き鳴らしている。
さらにその後方には、派手な衣装を着た踊り子たちや、謎の黄金の豚(ものすごく大きな声で鳴いている)の群れが続いている。
『ドンドン! ドン! パッパラパー!!』
『我らが王国の誠意を、魔王カゲヤマにお届けするのだァァァァッ!!』
画面越しにすら伝わってくる、地響きのような大騒音と、狂気じみたお祭り騒ぎ。
「な、なんなのあれ……。何かのフェス?」
「ラーメン王国国王、バリカタ十四世による『決死の和平交渉パレード』です。先日の主様の絶叫を、彼らは魔王の宣戦布告と受け取りました」
影山は、一切の同情を見せずに事実を告げた。
「彼らは国を滅ぼされないため、国庫をすっからかんにして最高の祭典を用意し、主様のご機嫌を直そうとこちらに向かっています。……推定到着時刻、明日の昼です」
「バカじゃないの!? なんで和平交渉でパレードしてくんのよ! 私は静かに寝たいだけなのぉぉぉぉ!!」
私はベッドの上で頭を抱えて絶叫した。
五千の軍勢の魔導砲すら防いだ結界も、あの「友好的な大騒音」を完全にシャットアウトできるかは分からない。
「主様、落ち着いてください。モコがいます」
「メェ……」
モコが心配そうに私を見上げ、そのフワフワの体をすり寄せてきた。
確かに、モコの防音能力はすごい。
だが、あの狂ったパレードの騒音を前に、この小さな羊一匹で耐え切れるとは思えなかった。
「影山……どうするの。あのパレードが来たら、モコが音の圧力で死んじゃうかもしれないじゃない!」
「ご安心を。パレードの騒音を相殺するための『超巨大野外フェス用・逆位相スピーカー結界』を構築すれば済みます」
影山は、いつものように冷酷な笑みを浮かべた。
「……ポイントは?」
「三千ポイントです」
「……」
私は無言でモコを抱きしめ、そして、ゆっくりとジャージのジッパーを上まで引き上げた。
「さあ主様。愛らしい安眠羊を守るためにも、ポイント稼ぎの夜間ジョギングへ出発しましょう」
「ラーメン王国の馬鹿野郎ぉぉぉぉぉっ!!」
最高に癒やされる新キャラを手に入れた直後、私はその小さな命(と自分の安眠)を守るため、再び地獄の有酸素運動へと身を投じることになったのだった。
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