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初期ポイントは「SSR執事」と「UR至高の安眠セット」に全ツッパしました。~防衛力ゼロから始まる、全自動タワーディフェンス迷宮運営~  作者: tky
第1章:爆誕!不労所得(という名の地獄)編

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14/23

第14話:涙の早朝マラソンと、狂音の魔王軍

明日も0時に更新します

 ――無音。


 それは、世界で最も美しい現象の名前だった。


 いつもならば、朝の七時ジャストに『朝だァァァァァッ!!』という勇者志願者・レオンの定時アラームがダンジョンの壁を震わせていたはずだ。


 しかし、今の私を包み込んでいるのは、圧倒的なまでの「静寂」だった。


 ラーメン王国の五千の軍勢と、彼らが放つ極大魔法の騒音を弾き返すために構築した『プラチナ・サイレント(絶対静寂の城壁)』。


 私がベッドの上で時速二百キロの反復横跳びという、三半規管を破壊する地獄のチキンレースを強要されてまで稼ぎ出した、血と涙の結晶である。


 その効果は絶大だった。


 外界の音は一ミリたりともこの玉座の間には届かない。


 自分の穏やかな寝息と、上質な羽毛布団が擦れる微かな音だけが存在する、まさに夢にまで見た絶対安眠領域。


「……ああ、最高……。生きてて……いや、死んで転生してよかった……。これで私は、永遠のまどろみの中で……」


 私はUR至高の安眠ベッドに深く沈み込み、幸せな二度寝の海へと漕ぎ出そうとした。


 その時だった。


「おはようございます、主様。本日の起床時間は午前七時。素晴らしい朝ですね」


 スッ、と。


 完璧なタイミングで、SSR万能執事・影山が枕元に立っていた。


 その手には、淹れたての紅茶……ではなく、なぜか異世界には場違いな、通気性の良さそうな赤い『ジャージ上下』が握られていた。


「……影山? なんであなたがジャージなんて持ってるのよ。しかも、妙に私のサイズにぴったり合いそうなやつ」


「昨日もお伝えした通り、本日から主様には『持続可能なポイント生成サステナブル・ディフェンス』のための基礎体力向上プログラムを開始していただきます。さあ、お着替えを」


「嫌ぁぁぁぁぁっ! なんでよ! プラチナ結界があるじゃない! もうポイントなんて稼がなくていいでしょ!」


 私は布団を頭から被り、ベッドの端へと芋虫のように逃げた。


 だが、影山は一歩も退かずに冷徹な事実を突きつけてきた。


「主様。あのプラチナ結界は、維持するだけで莫大なポイントを消費する『超燃費の悪い代物』なのです。放置すれば、三日で結界は消滅し、再びレオンの定時アラームが響き渡ることになります」


「そんな……! 詐欺よ! あの地獄の反復横跳びはなんだったのよ!」


「あれはあくまで『緊急時の防衛設備投資』です。ランニングコストは別腹でございます。それに、毎回ベッドを暴走させて極度の恐怖でポイントを稼ぐ方法は、主様の精神と肉体の寿命を著しく縮めます。執事として、これ以上の拷問は推奨いたしません」


「あんたがやらせたんじゃないのぉぉぉぉ!」


 私の魂からの抗議も虚しく、影山は無慈悲に布団を剥ぎ取った。


「健康的に有酸素運動を行い、適度な疲労とストレスで安定したポイントを稼ぐ。これこそが、長期的な安眠を勝ち取るための唯一の道です。さあ、外周ランニングへ出発しますよ」


 数分後。


 私は赤いジャージを着せられ、薄暗いダンジョンの入り口付近(結界の内側)に立たされていた。


「いち、に! いち、に! 腕をしっかり振ってください、主様! ポイント生成効率が落ちていますよ!」


「はぁっ、はぁっ……! 鬼! 悪魔! 私の、不労所得ライフを、返してぇぇぇ……!」


 私は涙目になりながら、冷たい石造りの廊下をトボトボと走っていた。


 前世の社畜時代ですら、朝活のジョギングなんてしたことがないのに。


 なぜ異世界に転生してまで、魔王のような玉座の間の主が、ジャージ姿で朝から走り込みをさせられているのか。


「素晴らしい。主様の『なんで私がこんな目に』という理不尽に対する怒りとストレスが、良質なポイントに変換されています。あと十周、ペースを上げましょう」


 横を涼しい顔で並走(正確には、一歩も歩かず空を滑るように浮遊している)する影山を、私は殺意を込めて睨みつけた。


 だが、走るのをやめれば、プラチナ結界が消えて騒音が戻ってくる。


 寝るために、走る。


 この究極の矛盾を抱えたまま、私はダンジョンの中で汗を流し続けるしかなかった。


 一方、その頃。


 私のダンジョンがある森から、巨大な山脈を一つ越えた先にある『魔王領』。


 常に禍々しい雷雲が立ち込め、不気味な魔物たちが跋扈するその地に、一つの異様な城がそびえ立っていた。


 城の至る所から、不協和音の楽器の音色や、魔物たちの耳障りな絶叫が四六時中響き渡っている。


 そこは、魔王軍が誇る四天王の一人、『狂音のディゾナンス』が支配する狂気の領地だった。


「……ほう。ラーメン王国のガレウスが、尻尾を巻いて逃げ帰ったと?」


 無数のパイプオルガンが不規則に並べられた玉座で、コウモリのような巨大な翼を持った痩身の男――ディゾナンスが、耳障りな高笑いを漏らした。


「はい、ディゾナンス様。辺境に突如現れた迷宮。そこには罠も魔物もおらず、ただ『一切の音を消し去る虚無の結界』だけが張られているとのこと」


 一つ目の使い魔が、震えながら報告する。


「ガレウスの奴らは、その結界に魔導砲と大魔法を撃ち込んだが、すべて無音で吸い込まれ、戦意を喪失したようです」


「ヒィィィヤッハハハハ! あの脳筋のガレウスが、音を奪われただけで泣いて逃げたか! 傑作だな!」


 ディゾナンスは、手にした指揮棒で玉座の手すりを狂ったようなリズムで叩いた。


 彼は純粋な「音」を愛し、騒音とノイズこそが世界で最も美しい芸術だと信じて疑わない、狂気の音楽家であった。


「『一切の音を消し去る虚無』か……。気に食わんな。この世界に、私の偉大なるノイズを響かせられない場所があるなど、芸術に対する冒涜だ」


 ディゾナンスの黄色い瞳が、不気味に吊り上がった。


「物理攻撃や魔法の爆発など、所詮は『ついで』に出る無粋な音に過ぎん。純粋に『音そのもの』を武器とする我々であれば、その虚無の結界とやらを内側から食い破り、極上の悲鳴で染め上げてやれるはずだ」


 彼は立ち上がり、マントを翻した。


「おい! 『絶叫ハーピーの合唱団』と、『デスボイス・ゴブリンの重低音部隊』を編成しろ! あの忌まわしき静寂の迷宮を、我々の狂音のオーケストラでメチャクチャに破壊してやる!」


 魔王領の空に、ディゾナンスの号令と、魔物たちの耳を劈くような奇声が響き渡る。


 絶対の静寂を求めるダンジョンに、今度は「音そのもの」を武器とする、最悪の侵略者が向かおうとしていた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。も、もう、無理……。肺が、肺が破裂する……」


 私はジャージの膝に手をつき、ダンジョンの入り口付近で崩れ落ちた。


 影山に命じられた規定の周回数を、どうにかこうにか走り終えたのだ。


「お疲れ様でした、主様。素晴らしい発汗ですね。これで本日の結界維持ポイントは十分に確保できました」


 影山が、冷たいおしぼりとスポーツドリンク(なぜか異世界にある)を差し出してくれる。


 アメとムチの使い方が、完全にブラック企業の洗脳の手口だ。


「ぜぇっ、ぜぇっ……。これで、今日はもう、寝ていいわよね……?」


「ええ、もちろん。ゆっくりとおやすみください。……と言いたいところなのですが」


 影山の冷たい声に、私はビクッと肩を震わせた。


「な、なによ。まだ何かあるっていうの?」


「どうやら、ラーメン王国の撤退が引き金となり、隣接する魔王軍が当ダンジョンに興味を持ってしまったようです」


 影山が展開したモニターには、森の奥から砂埃を上げて進軍してくる、不気味な魔物の大群が映し出されていた。


「嘘でしょ……。次は魔王軍!? なんでみんな、私の睡眠を邪魔しに来るのよ!」


「しかも今回の敵は、物理的な破壊ではなく『精神を削る不快な音』を主武装とする部隊のようです。プラチナ結界があるとはいえ、外壁にまとわりつかれて四六時中ノイズを鳴らされれば、主様の安眠に支障が出る可能性があります」


「絶対に嫌ぁぁぁぁぁっ! 私の静寂を汚さないでぇぇぇ!」


「ご安心を。彼らの『音』に対する執着、わたくしが逆手にとって、二度と声を上げられない体にして差し上げましょう」


 影山の目が、再びあの悪魔的な真紅に輝いた。


「さあ主様。せっかく温まった体です。ポイントの追加オプションのために、次は『ルームランナーで時速十キロ』をお願いいたします」


「なんでそうなるのよぉぉぉぉっ!!」


 狂音の魔王軍が迫る中、私の涙の有酸素運動は、まだ終わることを許されなかったのだった。

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