第12話:ラーメン王国の聖戦と、恐怖のチキンレース
明日も0時に更新します
――運命の正午が、刻一刻と近づいていた。
「影山……もう、限界……。一ミリも、動きたくない……」
私は、UR至高の安眠ベッドの上で、抜け殻のような状態で白目を剥いていた。
あれから丸一日。
私は影山が用意した「地獄のポイント稼ぎ・VRブートキャンプ」をノンストップで叩き込まれていた。
断崖絶壁のロープ渡りから始まり、巨大な毒グモに追いかけられる迷路、さらには「前世の未払い残業代が全て消滅する通帳」を見せ続けられるという精神的ブラクラまで。
私の生命エネルギーは、恐怖と怒りと絶望によって限界まで搾り取られ、ポイント通帳の数字は、ついに目標の三千ポイントを突破していた。
「お見事です、主様。その不屈の社畜精神……いえ、安眠への執念、感服いたしました。これより、全ポイントを投入し、外壁に『重層式・防振防音結界』を展開いたします」
影山が指を鳴らした瞬間。
ダンジョン全体が、まるで巨大な繭に包まれるように、鈍い銀色の魔力膜に覆われた。
これだ。
これさえあれば、外で何が起きようと、私の部屋には図書館以上の静寂が保たれるはず。
「ふふ……ふふふ……。これで勝ったわ。ラーメン王国だか何だか知らないけど、私の眠りを妨げるものは何一つ――」
その時だった。
ズゥゥゥゥゥゥン……。
結界を透過して、微かな、しかし腹の底に響くような重低音が届いた。
「……え? 今、揺れた? 影山、三千ポイントも使ったのに揺れたわよ!?」
「主様、モニターをご覧ください。敵の攻撃は、我々の予想を遥かに上回る『騒々しさ』でした」
影山が映し出した外部映像を見て、私は絶句した。
森を埋め尽くす「ラーメン王国」の軍勢。
彼らは、巨大な攻城魔導砲を何門も並べ、数千人の魔術師が『増幅』の魔法陣を展開して、一斉に呪文を詠唱していたのだ。
『邪悪なる虚無よ! 光の裁きを受けよ!』
『全軍、構え! 聖戦の火を放てェェェッ!!』
ガレウス将軍の号令と共に、天を焦がすほどの極大魔法が、私のダンジョンに向かって撃ち放たれた。
ドゴォォォォォォン!!
魔導砲と極大魔法の着弾。
その凄まじい振動が、三千ポイントの結界をミシミシと軋ませる。
「ちょ、ちょっと! 結界が、結界が悲鳴を上げてるじゃない!」
「王国軍の総攻撃です。彼らの放つ物理・魔力的エネルギーは、結界の許容量をギリギリで超えようとしています。このままでは、あと数分で第一層が破られます」
ピーーーッ、ピーーーッ。
私の枕が、不吉な赤い光を放ちながら警告音を鳴らし始めた。
『警告。外部騒音が規定値を突破。マスターの睡眠環境が著しく損なわれています。強制脱出モード、レベルMAX……点火まで、カウントダウン開始』
「やめてぇぇぇぇ! 走らないで! カウントダウンしないで!」
私は必死で枕を叩いて止めようとしたが、警告音は止まらない。
外では五千人の軍勢が、全力で私のダンジョンを叩き壊そうとしている。
もし結界が破られれば、あの騒音が直接この部屋に流れ込む。
そうなれば、私のベッドは時速二百キロでこの岩山を突き破り、私は永遠の眠り(物理)につくことになる。
「影山! どうにかして! 結界を補強してよ!」
「……主様。もはやVRでは、結界の修復速度が追いつきません。今の倍、追加で三千ポイントを数分で生成する必要があります」
影山が、かつてないほど真剣な、しかしどこか悪魔的な光を宿した目で私を見た。
「そんなの、無理よ! もうVRはたくさん!」
「ええ。ですから、VRではありません。現実の『死の恐怖』をご提供いたします」
「……は?」
影山は、私の返事を待たずに、白手袋の指をパチンと鳴らした。
『強制脱出モードのセーフティを解除。手動オーバーライドを受け付けました。これより、室内限定での緊急機動を開始します』
枕の音声アナウンスが響いた直後。
ドゴォォォォォォォォン!!!
私のベッドの底部から凄まじい青白い炎が噴き出し、ロケットスタートを切った。
「な、なになになに!? 何これぇぇぇぇ!?」
「結界内での、時速百五十キロによる『反復横跳び』です。壁に激突する寸前でわたくしが強引に弾き返しますので、主様は『壁に激突して死ぬ』という究極の恐怖を、休むことなく味わい続けてください!」
ギュイィィィィィン!!
ベッドは猛烈なスピードで壁に向かって突進し、激突する数ミリ手前で、影山の見えない力によって弾き返され、逆側の壁へとすっ飛んでいく。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!! 死ぬ死ぬ死ぬ! ぶつかるぅぅぅ!!」
右へ、左へ。
時速百五十キロのベッドの上で、私は本物の絶叫を上げた。
遠心力で内臓が偏り、三半規管が崩壊し、壁が目の前に迫るたびに寿命が十年縮むような錯覚に陥る。
「素晴らしい! ポイントの生成速度がかつてない数値を叩き出しております!」
「影山、あんた後で絶対にクビにするからぁぁぁぁ!!」
私は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、外の王国軍による魔導砲の斉射と、内側の執事によるチキンレースという、二つの地獄の狭間で絶叫し続けた。
私の安眠を守るための戦いは、私の精神と肉体を限界まで追い詰める、史上最悪の防衛戦へと変貌を遂げていたのだった。
高評価とブックマークをよろしくお願いします。
コメントへの返信はしないと思います。




