第11話:【指揮官視点】静寂の軍靴と、終焉の幕開け
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鋼鉄の蹄が土を叩く音が、重く、規則正しく辺境の街道に響いている。
我らラーメン王国第一騎士団。そして神聖教会が誇る聖騎士隊。総勢五千の軍勢が、夕闇に染まる森の境界線へと差し掛かっていた。
「団長、前方一マイルに、例の『特異点』を視認。魔力観測班より報告、周辺の自然魔力が……完全に『停止』しています」
副官の報告を聞き、私は馬のたてがみを軽く撫でて落ち着かせた。名馬ですら、この先に漂う異常な気配に、本能的な恐怖を感じているのだ。
「停止している、だと? 乱れているのではなくか」
「はっ。波形すらありません。まるで、音が真空に吸い込まれるように、魔力そのものが何かに『強制終了』させられているかのようです」
私は兜の奥で目を細めた。
私の名はガレウス。王国最強の重装騎士団を率い、数多の魔物、数多の戦場を潜り抜けてきた。だが、これほどまでに不気味な敵は、三十年の武人人生で一度も経験したことがない。
聖女セリア殿が、泥と汚泥にまみれ、震えながら王都へ帰り着いたあの日の光景を思い出す。
神の光を代行する彼女が、「光と音を憎む、絶対静寂の虚無」とあの場所を定義した。我々が対峙しようとしているのは、単なる強力な魔物ではない。この世界の『営み』そのものを拒絶する、根源的な『無』なのだ。
「全軍、停止せよッ!」
私の号令一過、五千の兵がピタリと動きを止めた。
目の前に広がるのは、一見すればどこにでもある長閑な森だ。しかし、その奥に潜む「迷宮」から溢れ出す静寂は、まるで巨大な捕食者が息を潜めているような圧迫感を放っている。
「……静かすぎるな」
私は呟いた。
本来、夕刻の森であれば鳥のさえずりや虫の声、風に揺れる葉の音が聞こえるはずだ。だが、この結界の境界線から先は、一切の音が遮断されている。我々の鎧が擦れる音すら、この森に一歩踏み込めば吸い取られて消えてしまうのではないかという錯覚に陥る。
「指揮官殿。教会の魔導部隊、準備完了いたしました」
白装束に身を包んだ司教が、私に歩み寄ってきた。その背後には、巨大な攻城魔導砲が五門、静かに砲門を森の深淵へと向けている。
「王国の騎士道としては、名乗りも上げず、対話も持たずに攻撃を開始するのは本意ではない。だが……」
「セリア殿の報告によれば、対話こそが奴らの最大の逆鱗。声を上げれば殺され、光を灯せば闇に飲まれる。ならば、沈黙のうちに灰にするしか道はございません」
司教の言葉は冷徹だった。だが、それが唯一の正解なのだろう。
相手は、我々が生きているという証――すなわち『音』を嫌悪する存在なのだ。ならば、我々が生きるためには、あの「静寂の源」を徹底的に破壊する以外にない。
「……明日の正午。太陽が真上に来ると同時に、『聖戦』を開始する」
私は全軍に向けて、重々しく宣告した。
「この戦いは、領土のためでも、名誉のためでもない。我々が明日を生き、声を上げ、愛する者の名を呼べる世界を守るための戦いだ。あの森に潜む『虚無』に、人類の咆哮を叩き込んでやれッ!」
『おおおぉぉぉぉぉッ!!』
兵士たちの雄叫びが上がった。だが、その勇壮な叫び声すら、森の深淵に漂う「静寂」によって、どこか空虚に霧散していくように感じられた。
……夜が更ける。
陣営の中で、私は一人、地図を見つめていた。
報告によれば、あの迷宮には『赤髪の熱血漢』が一人、毎日突撃しては放り出されているという。おそらく、魔王によって精神を破壊され、自身の絶叫を餌として提供させられている哀れな犠牲者なのだろう。
(待っていろ、名もなき勇者よ。今、貴様をその地獄から解放してやる)
私は剣の柄を強く握りしめた。
まさか、その「地獄」の主が、今この瞬間、明日の騒音に備えて「時速二百キロの暴走」という真の地獄を回避するために、必死の形相で『ラジオ体操』と『VR拷問』に耐えているなどとは、想像だにしていなかった。
「明日の正午か……。人類の歴史が、静寂によって終わるか、光によって再開されるか。すべてはこの一戦にかかっている」
私は、嵐の前の静けさというにはあまりにも重すぎる、絶対の無音に包まれた森を睨み据えた。
王国最強の騎士団が、その持てるすべての火力と魔力を叩きつける『聖戦』。
それは、ただ「静かに寝たいだけ」の一人の少女にとって、前世の残業地獄すら可愛く見えるほどの、空前絶後の「大騒音」の幕開けとなる。
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