第10話:大討伐の足音と、終わらないポイント地獄
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【凛視点】
――カーン、コーン。
朝の鐘の音が鳴る。
『朝だァァァァァッ!! 魔王よ、今日こそ貴様を……むぐっ!?』
ズボボボッ、シュゥゥゥン。
いつもの大音声が、数秒で不自然に途切れた。
「……ふぁぁ。おはよう、影山。今日も見事なミュートね」
「おはようございます、主様。本日の『定時アラーム』の強制排除、無事に完了いたしました」
私は最高級の羽毛布団に包まれたまま、寝ぼけ眼で影山が淹れてくれた紅茶を受け取った。
あの眩しすぎる聖女が来なくなってから数日。
レオンは相変わらず単独で突撃してくるが、影山が構築した『全自動消音防衛網』は完璧に機能していた。
スライム沼で口を塞ぎ、真空回廊で音を消し、そのまま外へポイ。
完全にルーティン化されたこの作業のおかげで、私の安眠はほぼ約束されたようなものだった。
「レオンが毎朝ストレスを与えてくれるおかげで、ポイントも安定して稼げてるわね。やっぱり、持つべきものは諦めの悪い熱血勇者志願者ね」
私は優雅に紅茶を啜りながら、久しぶりの平穏を噛み締めていた。
もう無理にスクワットをしたり、ホラー映像を見せられたりする必要もない。
このままポイントを貯め続ければ、やがてダンジョン全体を究極の防音材で覆い尽くし、本当の「絶対不可侵の安眠領域」が完成するはずだ。
「主様。安らかな朝のひとときに水を差すようで大変心苦しいのですが、緊急の報告がございます」
しかし、影山は私の平穏をあっさりと打ち砕く言葉を口にした。
「え? なに、また新しい小悪党でも来たの?」
「いえ。少々、規模が違います」
影山が空中に広域の魔力マップを展開した。
そこには、ダンジョンのある森から少し離れた街道沿いに、無数の光点が表示されていた。
「これは、昨日王都を出発した『ラーメン王国』の最強騎士団、および神聖教会の大規模討伐隊の進軍ルートです。総勢およそ五千。高位の魔術師や攻城兵器も多数含まれております」
「……ご、五千?」
私は持っていたティーカップを取り落としそうになった。
「推定到着時刻は、明日の正午。彼らは当迷宮を『世界を滅ぼす絶対静寂の虚無』と認定し、国を挙げての聖戦を挑んでくるようです」
「なんで!? なんでそんなことになってるの!? 私、ただこの部屋で寝てるだけなのに! 誰も襲ってないし、世界征服なんてこれっぽっちも考えてないわよ!」
私はパニックになり、ベッドの上で激しく抗議した。
「おそらく、先日主様が命じた『あの眩しい女をどうにかしろ』という指示が原因かと。わたくしが聖女に施した徹底的な遮光と消音の処置が、教会に対する宣戦布告、および神への冒涜と解釈されたようです」
「光るから消しただけじゃない! スポンジ被せただけで聖戦って、短気すぎるでしょ教会!」
理不尽だ。あまりにも理不尽だ。
こっちは安眠を妨害された被害者なのに、なぜ世界を滅ぼす魔王扱いされなければならないのか。
「主様、嘆いている暇はありません。五千の軍勢と攻城兵器による魔法の雨霰は、これまでの侵入者とは比較にならない『騒音』と『振動』を発生させます」
影山は一切の感情を交えず、最悪の事実を突きつけてきた。
「もし、その音と振動がこの玉座の間に少しでも届けば……主様のベッドの強制脱出機能は『最高警戒レベル』へと跳ね上がり、時速二百キロを超える速度で、壁や天井を無視して暴走を始めるでしょう。主様の三半規管だけでなく、全身の骨格が耐えられないかと推測されます」
「死ぬ! 絶対に死ぬわそれ!」
時速百キロのドリフトですら吐き気で死にそうだったのに、時速二百キロなんて、もはや人間の乗る乗り物ではない。ただのミキサーだ。
「ではどうすればいいか。答えは一つです。明日までに、五千の軍勢が発するあらゆる物理・魔法的振動を完全に無効化する『重層式・防振防音結界』を構築するしかありません」
影山の目が、スッと細められた。
それは、有能な執事が「主を守るため」に、容赦なく「労働」を強いる時の冷酷な目だった。
「結界の構築に必要なポイントは、三千ポイントです」
「さ、三千!? 影山が五百ポイントだったのに!?」
「わたくしは初期の特別枠で召喚された例外的な存在ですので。通常の防衛・結界設備の相場からすれば、国軍の総攻撃を無力化する結界が三千ポイントというのは破格の安さです。ですが、現在の残高では全く足りません。したがって……」
「ま、待って影山。嫌な予感がするんだけど」
「――主様。ポイント稼ぎのラストスパートのお時間です」
影山が指を鳴らすと、玉座の間の景色がガラリと変わった。
突如として、私の周囲は底なしの断崖絶壁に変わり、私の体は一筋の細いロープだけで宙吊りにされたのだ。
「ひぃぃぃぃっ!? なにこれ!? なにこれぇぇぇぇ!」
「最新の超リアルVR幻影魔法です。極度の恐怖と生命の危機を感じていただくことで、限界まで生命エネルギーを搾り取らせていただきます」
足元にはマグマが煮えたぎり、私を吊るしているロープは、今にもブチッと切れそうな音を立てている。
現実ではないと分かっていても、五感に直接作用する恐怖は本物だった。
「嫌ぁぁぁぁぁ! 助けて! 落ちる! 落ちるぅぅぅぅ!」
「素晴らしい。ポイントの生成効率が通常の五十倍に跳ね上がりました。この調子で、明日の正午までノンストップで恐怖体験を続けていただきます」
「鬼! 悪魔! 社畜をなんだと思ってるの! 私はただ寝たいだけなのにぃぃぃ!」
大討伐隊の襲来という未曾有の危機。
それを回避するために、私は自らのダンジョン内で、執事による極限のVR拷問(ポイント稼ぎ)を受け続ける羽目になったのだ。
神様の嫌がらせのようなシステムを呪いながら、私の絶叫が虚しく断崖絶壁(幻影)に木霊する。
私のささやかな安眠の夢は、国軍の襲来と執事のスパルタ管理によって、完全に粉々に打ち砕かれようとしていた。
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