第19話 眠り
村が安定してきた頃、マイがカイに言った。
「ねえ、カイ」
「うん」
「あたし、そろそろ眠らないといけない気がする」
カイが振り返った。
「眠る?」
「うん」マイが言った。「なんか、そういう感じがする。世界が安定してきたら、眠りに入る、みたいな。魔王の性質なのかも」
「パパが言ってたのか」
「ううん、パパも知らなかったと思う。なんとなく、そう感じるだけ。うまく説明できないけど」
「どのくらい眠る?」
「わからない。でも長いと思う。5年くらかな。」
カイは村を見た。安定した村が、朝の光の中に広がっていた。
「配下もいる。スミレもいる」とカイが言った。「眠れるな」
「うん」マイが言った。「カイもいるし」
カイは何も言わなかった。
◇◇◇
眠る前の夜、マイはカイに言った。
「起こす時はカイが来てね」
「ああ」
「絶対だよ」
「絶対だ」
マイが目を閉じた。
静かになった。
カイはマイを見ていた。14歳のままの顔だった。眠っていても、目が覚めていても、変わらない顔だった。
——ずっとこのままなんだろうな。
誰にも聞こえない声で言った。
——俺は違うけど。
村の夜が、静かに続いていた。
◇◇◇
翌朝、カイは一人だった。
マイが眠りに入って、三日が経った。
カイは川の水面を見た。自分の顔が映っていた。
十八歳のはずだった。でも目の下に疲れが見えた。出会った頃とは違う顔だった。
——気のせいじゃないな。
手のひらを向けた。願った。
水面の顔が、少し若くなった。
カイはそれを見ていた。
「誤魔化せるな」
でも誤魔化せるのは表面だけだった。体の疲れやすさは変わらない。動きの鈍さも変わらない。
時間を巻き戻す願いは叶わなかった。マイが言っていた通りだった。起きたことは起きたこと。老いも同じだった。積み重なった時間は消せない。
人工ボディ、という選択肢が頭をよぎった。
顔も体も、自由に変えられる。老いを完全に消せる。
でもカイは首を振った。
——それは違う気がする。
俺は死んでない、眠ってただけだ。普通に老いる人間だ。老いを消したら、何かが変わってしまう気がした。うまく言えないけど。
川の水面を見た。願いで若く見せた顔が映っていた。
——これでいいか。
マイが目覚めた時に、気づかれなければいい。
それだけだった。
カイは立ち上がった。
村の朝が始まっていた。スミレが転生者たちに声をかけていた。配下が動き始めていた。
マイがいなくても、世界は動いていた。
——よかった。
カイは村に戻った。




