第7話 最初の四人
翌朝、マイは早起きだった。
カイが目を覚ました時、マイはすでに村の広場に立っていた。石板を抱えて、何かを確認していた。
「早いな」
「緊張してる」
マイが振り返った。珍しい顔だった。
「マイが緊張するのか」
「するよ」マイが言った。「うまくいくかわからないし」
カイは広場を見渡した。朝の光が石畳に差し込んでいた。NPCの村人が動き始めていた。誰も食べない朝食の準備が、静かに始まっていた。
「どこでやるんだ」
「ここでいいと思う。目覚めた時に村が見えた方がいいと思って」
「なるほどな」
マイが石板に目を落とした。
「四人、ランダムで若い人を選んだ。二十代が三人と、二十代前半が一人。そのうち女性が一人だね」
「わかった」
「説明はカイがする?」
「ああ。マイは隠れておいてくれ。最初から魔王が出てきたら混乱する」
「うん」
マイが村の建物の影に下がった。カイは広場の中央に立った。
深呼吸をした。
これが最初だ。
「よろしく」とカイはマイに言った。
マイが目を閉じた。
◇◇◇
四人が現れた。
一瞬だった。何もなかった広場に、突然四人の人間が立っていた。
全員が混乱していた。当然だ。死ぬ直前まで現代日本にいた人間が、気づいたら石畳の村の広場に立っているのだから。
男が三人。そして一人、二十代前半の女性。
男の一人が叫んだ。
「なんだここ、どこだ」
別の男が膝をついた。呼吸が荒かった。
三人目の男は黙って周囲を見渡していた。落ち着いているように見えたが、手が震えていた。
女性は一言も言わなかった。ただじっとカイを見ていた。他の三人と違う目だった。状況を把握しようとしている目だった。
カイは一歩前に出た。
「落ち着いて聞いてほしい」
声が広場に響いた。
「みなさんは死んでいました。そして、生き返りました。」
しばらく誰も何も言わなかった。
「嘘だ」と最初に叫んだ男が言った。
「嘘じゃない」カイが答えた。「自分の身体や顔を確認して欲しい、違うから。」
男は確認して黙った。
「転生です」カイは続けた。
「俺も同じようなものです。早かったので、今は魔王の配下として動いている。だから信じてほしい」
「魔王?」と落ち着いていた男が聞いた。
「この世界には魔法がある。魔石という石がエネルギーになる。ここは日本です。ただし、みなさんが知っている日本とは違う。二年前、日本から全ての人間が消えました。今、この場所にいる人間は、ほとんどいない」
「消えた?」
「原因は後で説明する。今は、これだけ聞いてほしい」
カイは四人を見渡した。
「みなさんを生き返らせたのは、この国の魔王です。魔王は、この国を再建するために人を必要としている。当面の衣食住は保証する。でも、自分で稼ぐ必要がある。稼ぎ方は、動物を狩ることだ。動物から魔石が取れる。それがこの国の通貨になる」
また沈黙が続いた。
女性がカイに向かって口を開いた。
「魔王はどこにいるんですか」
静かな声だった。
「近くにいる。今は姿を見せていないが、みなさんのことを見ている」
「あなたは生き返る前は何をしていたんですか」
「猟師の息子だ。山梨出身」
女性は少し考えてから頷いた。
「わかりました」
声が少し震えていた。
「スミレといいます。看護師をしてました」
カイは少し驚いた。四人のうち、名前を言ったのはスミレだけだった。
「怖いですけど」スミレが続けた。「逃げても仕方ないので。とりあえず、状況は理解しました」
叫んでいた男が、急に泣き始めた。
「俺、死んだのか。本当に」
「はい」
「家族は」
カイは答えなかった。
男は両手で顔を覆った。広場に、泣き声が響いた。
カイは黙って立っていた。何も言えなかった。
スミレが静かに歩み寄った。しゃがんで、男と目線を合わせた。
「大丈夫ですよ」
看護師の声だった。何度もそう言ってきた人間の声だった。
「今はここにいるから。大丈夫」
男の泣き声が、少し小さくなった。
建物の影で、マイがそれを見ていた。
◇◇◇
説明が終わったのは、日が高くなってからだった。
四人はそれぞれ、用意した部屋に案内した。NPCが対応した。
カイが建物の外に出ると、マイが壁に背中をつけて立っていた。
「どうだった」とカイが聞いた。
「泣いてた人、大丈夫かな」
「時間がかかる。でも大丈夫だ」
マイは空を見ていた。
「あたしのせいで死んだ人達なのに」
「マイのせいじゃない」
「でも」
「でも、じゃない」
カイは隣に立った。
「マイが生き返らせた。それだけだ。今日から先のことを考えろ」
マイはしばらく黙っていた。
「うん」と小さく言った。
村に、新しい一日が始まっていた。




