第5話 ダンジョン
「そういえば」とカイが言った。「魔物ってどうなってるんだ。あの角うさぎとか」
「あれは野生の動物を改造しただけだよ」マイが答えた。「角をつけたり、色を変えたり」
カイは少し止まった。
「改造、って」
「うん。あたしがコントロールしてた。完全に」
「……だから角うさぎはあんなに簡単に捕まってたのか」
「うん」
カイはしばらく黙った。
「じゃあ、あの猪は」
マイが少し目を逸らした。
「ごめんね。あれもあたし。あたしが襲われてたのも、演技だった」
カイは何も言わなかった。マイはカイを見ないまま、石板の端を指でなぞっていた。
「怒った?」
「……いや」
カイは少し間を置いてから続けた。
「まあ、あの時のマイには他に方法がなかったんだろ」
マイが顔を上げた。何か言いかけて、やめた。
「ありがとう」と小さく言った。
◇◇◇
「ダンジョンっていうのは、どうしてたんだ」とカイが聞いた。
「あれはあたしが操作するわけじゃなくて、丁度いいバランスになるように動物を配置する感じだった。トラとか」
「トラがいるのか」
「うん。動物園の動物を解放したから」マイが言った。「パパと最初にやったことがそれで。あたしがお願いしたの。全部の檻を壊しただけだけどね」
「そうか」
「みんな生きていけるかわからなかったけど」マイは少し遠くを見た。「でも閉じ込めたままよりいいと思って」
カイは何も言わなかった。
「トラの餌、あたしが毎日あげてた」マイが続けた。「ダンジョンに入れてからも、NPCに運ばせて」
「そこまでしてダンジョン作りたかったのか」
「大事だと思ったから」マイが少し胸を張った。「倒されたらまた捕まえてきて、色とか変えるつもりだったし」
カイは少し考えた。
「よく小説にあるみたいに、ダンジョンが自動で魔物を生むようにはできないのか」
「無理だった」マイがため息をついた。「一回くらいならいけるけど、相当具体的に願わないといけなくて。諦めた」
「なるほどな」
しばらく沈黙が続いた。
「ダンジョンは無しだな」とカイが言った。「そこらで野生化した動物を狩ってもらうことになると思う」
「せっかく作ったのに」
マイがぼそっと言った。カイは少し笑った。
「なら今から行くか。ダンジョン」
マイが顔を上げた。
「いいの?」
「せっかく作ったんだろ」
マイは一瞬だけ嬉しそうな顔をした。それからすぐ立ち上がった。
「じゃあ行く」
足取りが、少し軽かった。
◇◇◇
ダンジョンの入口は、山の斜面にあった。
岩をくり抜いた穴で、入口に松明が立っていた。NPCが管理しているらしく、火は消えていなかった。
「ここか」
「うん」マイが少し得意そうな顔をした。「奥まで三層ある」
中に入ると、ひんやりとした空気が漂った。石畳の通路が続いていて、両側に松明が並んでいた。
「よく作ったな」
「一人でやること多かったから」
マイが先を歩いた。慣れた足取りだった。
「一層目は角うさぎと黒い狼。二層目から大型になる」
「黒い狼もいたのか」
「うん。もともとは普通の犬」
カイは少し止まった。
「犬を改造したのか」
「野良犬だよ」マイが振り返った。「人間がいなくなってから増えてたから」
「そうか」
しばらく歩くと、角うさぎが現れた。三匹、通路の真ん中に座っていた。
カイがナイフを構えた。
「待って」マイが言った。「ファイアでいける」
「ああ」
カイが手のひらを向けた。
「ファイア」
火の玉が飛んだ。角うさぎが三匹、まとめて吹き飛んだ。
マイが目を丸くした。
「魔力が上がってる気がする」
「なんか最近そうなった」
「血筋かな」マイがぼそっと言った。「大分の土地で2年眠ってたから、何か特別なものが宿ったのかも」
「よくわからないな」
「あたしもよくわからない」
◇◇◇
二層目に入ると、通路が広くなった。壁に苔が生えていて、水の音が聞こえた。
「ここに地下水が流れてるんだ」とマイが言った。「偶然見つけて、そのまま使った」
「本当によく作ったな」
「でしょ」
マイが少し胸を張った。
次の曲がり角で、黒い猪が現れた。あの時と同じ、全身が墨を塗ったように黒い猪だった。
カイは一瞬止まった。
「あの猪か」
「違う猪だよ」マイが言った。「ごめんね、やっぱり」
「いや、いい」
カイがファイアを構えた。猪が突進してきた。カイが横に躱して、横腹に火の玉を当てた。猪がどっと倒れた。
マイが魔石を拾った。
「大きい」
「二層目はそういう設定にした。魔石の品質が上がるように」
「なるほどな。よく考えてある」
マイは魔石を眺めながら、少し黙っていた。
「カイがダンジョン来てくれるとは思ってなかった」
「せっかく作ったんだろ」
「うん」
◇◇◇
三層目の扉の前で、マイが立ち止まった。
「ここから先、トラがいる」
「一匹か」
「二匹。オスとメス」
カイは少し考えた。
「どうする?」とマイが聞いた。「倒す?」
「いや」カイが言った。「野生に返そう」
「野生に?」
「ダンジョンは無しにするんだろ。なら閉じ込めておく理由もない」
マイはしばらく扉を見ていた。
「でも外に出したら、人を襲うかもしれない」
「その時はその時だ。逆に倒されるかもしれない」
「そっか」
マイが扉を開けた。
中は広い空間だった。岩の壁に蔦が絡まっていて、地面に草が生えていた。マイが手間をかけて作ったのがわかった。
奥に、二匹のトラがいた。大きかった。カイを見て唸り声を上げた。
「大丈夫」マイが前に出た。「あたしのことは知ってるから」
マイがトラに近づいた。トラが鼻を鳴らした。マイが首筋を撫でた。
「毎日来てたのか」
「うん」
カイは何も言わなかった。
マイが目を閉じた。次の瞬間、ダンジョンの壁の一部が消えた。山の景色が広がった。
トラが二匹、ゆっくりと外に出ていった。草の中に消えていった。
マイはしばらくその場所を見ていた。
「行っちゃった」
「ああ」
「寂しいな」
カイは答えなかった。
山の風が、空いた壁から吹き込んできた。




