「光が消えた」と追放された聖女ですが、あれ殺意です。ストレス源を離れ、負の感情を食う最強毛玉と南国へ!私がいない王都はヘドロまみれで阿鼻叫喚?今更泣きつかれても聞こえませーん!
CWAVE の第一・第三日曜 21:30-22:00
「みちこの寄り道くまもと話」投稿テーマが「おつまみ」と言うことで、投稿原稿書いてるつもりがこんなストーリになりました。
第3章 阿鼻叫喚の王都、サヨナラ
翌朝。
王都は、かつてない異様な空気に包まれて目を覚ました。
夜明けの時刻を過ぎているというのに、空が暗い。
雨雲が垂れ込めているわけではない。物理的に、空気がねっとりと淀んでいるのだ。まるで何十年も掃除をしていない地下室の澱んだ空気を、王都全体に充満させたかのような息苦しさ。
呼吸をするたびに、肺の奥に砂利が溜まっていくような不快感が人々を襲う。
道行く人々の顔からは、生気がごっそりと抜け落ちていた。
目の下には濃い隈が浮かび、誰もが何かに怯えるように、あるいは苛立つように肩を怒らせて歩いている。
市場では、野菜の値段が銅貨一枚高いというだけで、商人と客が顔を真っ赤にして怒鳴り合っていた。辻馬車が少し道を塞いだだけで、御者同士が鞭を振り上げ、殺し合いのような喧嘩を始めている。
普段なら「まあいいか」で済ませられるような些細な出来事が、今の彼らにとっては許しがたい暴挙に感じられるのだ。脳のブレーキが壊れ、負の感情がアクセル全開で暴走している。
「なんだ……この、肌にまとわりつくような不快な空気は……」
王城の白亜のテラス。
普段ならば朝日を浴びて輝き、小鳥がさえずるはずの場所で、勇者アルドは手すりを握りしめてガタガタと震えていた。
朝、目覚めた瞬間から、激しい頭痛と吐き気が止まらない。
理由のない不安が胸を締め付け、正体不明のイライラが血管を逆流し、全身を駆け巡っているようだ。
背後から、侍女セリアがハーブティーを持って近づいてくる。
昨日までは、彼女の可憐な笑顔を見るだけで癒やされると思っていた。守ってやりたいと、愛おしさが込み上げていたはずだった。
だが、今はどうだ。
カツカツと響く彼女のヒールの音が、鼓膜をやすりで削るような雑音にしか聞こえない。彼女が纏う甘ったるい香水の匂いが、腐臭のように鼻につき、吐き気を催させる。
「アルド様……なんだか、気分が悪いですわ。空気が重くて、大切なお肌が荒れてしまいそう……」
「うるさい! 黙っていろ! 俺だって気分が悪いんだ!」
アルドは自分でも信じられないほどの大声で怒鳴りつけ、ハッと息を飲んだ。
カップを受け取ろうとした手が痙攣し、ソーサーごと床に叩きつけてしまう。ガシャン、と陶器の割れる音が神経を逆撫でするように響いた。
「ひっ……! な、何ですの急に!?」
「ち、違う、俺は……」
普段の自分なら、こんな些細なことで激昂したりしない。
いや、正確には「怒りの感情」が湧くこと自体はあった。だが、そのたびに、どこからともなく吹く涼やかな風のような「何か」が、瞬時にその感情を洗い流してくれていたのだ。
どれほど心が荒んでも、次の瞬間には穏やかな凪が訪れる。それが当たり前だと思っていた。
湧き上がる精神的な汚物を、誰かが常に「掃除」してくれていた。その事実に、アルドは今の今まで気づかなかった。
ズズズズズ……ドォォォォン……!
突如、地響きと共に王都全体が大きく揺れた。
アルドがテラスから身を乗り出すと、眼下に広がる王都の中央広場から、コールタールのような黒い靄が噴水のように噴き出しているのが見えた。
それは不定形のヘドロのように渦を巻きながら、徐々に形を成していく。
人々の怨嗟の顔が無数に浮かび上がる、巨大な影の巨人。その口からは、言葉にならない呪詛の叫びが漏れ出している。
「ま、魔王……!? 馬鹿な、魔王軍は国境付近にいるはずだぞ!?」
アルドが裏返った声で叫ぶ。
だが、彼の「勇者としての勘」が告げていた。あれは魔王ではない。もっと身近で、もっとおぞましい何かだ。
それは、王都の人々が日々生み出す「負の感情」の集合体だった。
隣人への妬み、成功者への嫉み、満たされない強欲、終わらない怠惰、そして抑圧された怒り。
数十万人が暮らす巨大都市が排泄する、精神的な汚泥そのものだ。
これまで、その膨大な「負の感情」はどうなっていたのか?
聖女ミラが、その身ひとつで引き受けていたのだ。
彼女は王都の空気を清浄に保つため、人々の悪意をフィルターのように吸着し、自らのストレスとして蓄積させていた。そして夜な夜な、召喚獣である「おつまみちゃん」にエサとして与え、綺麗さっぱり処理していたのである。
いわば、ミラこそが王都という都市機能を維持するための、唯一にして巨大な「空気清浄機」であり「汚水処理場」だった。
そのミラを、彼らは追放した。
メンテナンスも引き継ぎもなしに、インフラを停止させたのだ。
結果は火を見るよりも明らかだった。処理しきれない感情は行き場を失い、逆流し、実体化してモンスターとなり溢れ出した。
「セリア! 何をしている! 『聖女の祈り』だ! あの黒い影を浄化しろ!」
「む、無理ですわ! さっきから祈っていますけれど、光が出ませんの!」
「なんだと!? お前が本物の聖女ではなかったのか!?」
「知りませんわよ! 私はただ、少し治癒魔法が得意なだけですもの! 教会が『聖女』だって持ち上げるから、その気になっていただけですわ!」
「ふざけるな! 俺はお前のためにミラを追い出したんだぞ!」
「アルド様こそ、勇者なら剣でなんとかしてください! あの気持ち悪い影を斬ってくださいよ!」
「俺は今、体調が悪いんだ! 頭が割れそうなんだよ!」
テラスで罵り合う二人。その醜い言い争いから発せられる「負の感情」すらも、広場の黒い靄を餌として吸い上げ、巨人をさらに一回り大きく成長させていく。
彼らは自分たちが生み出した毒に、自ら首を絞められていることにすら気づかない。
同じ頃。王都の大聖堂でも、悲劇は起きていた。
ステンドグラスが割れ、祭壇が黒い粘液で汚れていく中、教皇は自身の執務室で頭を抱えて震えていた。
「な、なんだこれは……私の体が……!」
教皇の豪奢な法衣が、内側から染み出した黒いシミに侵食されていく。
長年にわたる寄付金の着服、権力闘争での足の引っ張り合い、派閥争い、そしてミラへの理不尽な嫉妬。
聖職者という仮面の下に溜め込んでいたドス黒い欲望が、ミラの浄化を失ったことで暴走し、彼自身を飲み込もうとしていたのだ。
鏡に映った自分の顔は、もはや人間のそれではない。欲に目がくらんだ亡者のように歪み、ドロドロと溶け出している。
「誰か……誰かこの汚れを祓ってくれ! 洗ってくれぇぇぇ!」
教皇は必死に聖水を浴びるが、聖水すらも彼の肌に触れた瞬間に腐った泥水へと変わる。
彼はようやく理解した。自分が「高潔な教皇」でいられたのは、自分の徳が高かったからではない。ミラが黙って、自分の汚い欲望を拭い続けてくれていたからだと。
自分が美しいのではなく、ミラという鏡が美しかっただけなのだと。
「み、ミラは……ミラを呼び戻せ!! 今すぐにだ!!」
教皇の絶叫が、崩れ落ちる天井の音にかき消されていく。
地上が阿鼻叫喚の地獄絵図と化している、その遥か上空。
黒い雲を突き抜けたそこには、地上とは別世界の、目が覚めるような蒼穹が広がっていた。
「うわー、すっごい真っ黒。インク壺ひっくり返したみたい」
私は眼下を見下ろして、他人事のように呟いた。
上空から見下ろす王都は、黒いドーム状の膜にすっぽりと覆われ、そこからどす黒い煙が立ち上っている。まるで腐った果実だ。あの中が今どうなっているのか、想像するだけで寒気がする。
私は今、巨大化した召喚獣・おつまみちゃんの背中に乗っていた。
普段は手のひらサイズの愛らしい毛玉だが、本来の姿は雲よりも大きく、風よりも速い伝説の幻獣だ。そのフワフワの白銀の毛皮に埋もれながら、私は優雅な空の旅を楽しんでいる。
太陽の光が温かい。風が心地よい。何より、空気が美味しい。
「助けてくれぇぇぇ!!」
「ミラァァァァァ!!」
「戻ってきてくれ、何でもするからぁぁぁ!!」
風に乗って、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
アルドの情けない悲鳴や、教皇の汚い叫び声。あの傲慢だった彼らが、今は必死に私の名前を呼んでいる。
かつての私なら、ここで「慈愛の精神」という名の義務感を発動させ、深いため息をつきながら引き返していただろう。彼らの尻拭いをするのが、私の仕事だと思いこんでいたから。
自分が我慢すれば世界は回る。そう信じ込まされていたから。
でも、今の私の脳内は、おつまみちゃんがテレパシーで送ってくる《極上のココナッツミルクの味》と《南国の完熟マンゴーの香り》で満たされている。
「あら、聞こえなーい。シャンシャンって鈴の音がうるさくて」
おつまみちゃんが、楽しそうに体を揺らす。
そのたびに、どこからともなく聖なる鈴の音がシャンシャンと鳴り響く。
これは、私が完全にストレスから解放された音だ。
「さあ、行こうおつまみちゃん! 南の島へ!」
『!!!!(歓喜の振動)』
私たちは黒く染まる王都を背に、突き抜けるような青空へ向かって加速した。
最後まで読んでいただき、感謝です。ありがとうございます。
ストーリーはどうでしたか?
少しでも楽しんでいただけて、良い暇つぶしになっていたら嬉しいです!
実は、もっとみんなと作品についてお喋りしたくて、ミクチャで平日17時くらいから19時くらいまでで配信をしてます。
感想を聞かせてもらったり、創作の裏話をしたり……そんな双方向のやりとりができるのを楽しみにしています。
**ミクチャID:18283637**
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それでは、また次のストーリーでお会いしましょう!




