マイホーム
後日、契約したマンションと、マンション付近の下見にやって来た。
不動産の若者に見せてもらった写真で部屋の風景や広さなどはある程度分かったのだが、細々と見なければ分からない部分だってあるかも……と思ったからだった。
キッチンの広さや使い勝手、玄関の段差の高さ、ベランダの広さだって実際に見てみなければ分からない。ベランダに差し込む日の光なども重要ではある。数え出せば霧が無いが、大まかなチェックポイントはこの辺りだ。
そして都会から離れた落ち着きのある静かな駅に自分と魅花は到着した。
今現在自分と魅花が住んでいるアパートからは大体小一時間で着く場所だったから、引っ越しの手間は少々楽になるかな、なんて自分は思っていた。
「長閑な所ね。私達の今住んでる場所より、ちょっと暖かい気がする」
車椅子を一人で運転しながら、少数ながらも道行く人達を見ながら呟く様にして魅花は言う。
新しい町並みや家を、一つ一つ確認するかの様に左から右へと首を動かしていた。
「何だかのんびりした町だな。見た感じ子供も多いし、美と舞も直ぐ友達が出来そうだな」
お互いに目は合わせなかったが、魅花は遠くを観ながらコクリと首を縦に動かした。そして魅花が「行こうか」と言うと、自然といつもの様に自分は魅花の乗る車椅子をゆっくりと押した。
マンションの場所は予めメモを取っておいたから、マンションの場所を示したメモ用紙を魅花に渡し、その用紙をもとに魅花が方向を自分に教える。
「次は……そこの信号を右ね……あ! 違う! 前の右! 右!! 前の信号で右だった!」
という忙しないハプニングもあって、マンションの前まで着く事に成功した。
マンションは全体的にクリーム色で、12階まである。
そして何より綺麗な印象を受けた。この日は晴れていたからかもしれないが、玄関前からマンションを見上げると、マンションの屋上から1階に向かって綺麗に太陽の光が反射してマンション自体が輝いて見えた。それに、玄関前からロビーを覗くと、白く華やかな照明が迎えてくれそうな雰囲気となっていた。
あとは、マンションの玄関付近には警備員さんが仁王立ちをしていた。
ボディーガードを思わせる体つき。容易に壁を破壊出来そうな腕を持った警備員だ……防犯面では心配要らずだろう。
兎に角、ボディーガードに挨拶をし、マンションの下見にやって来た事を伝えると、これまたらしい雰囲気で胸ポケットから大きいクマのぬいぐるみストラップが付いた携帯を取りだして、誰かと連絡を取っていた。ストラップを除いて、完全にあっち側の人にしか見えなかった。
「どうぞ、お入り下さい。あなた方の部屋の番号は122です。お忘れずに」
ボディーガードの声のトーンは完璧だった。深みのある独特の声だった。
続けて無線機で玄関の扉を開ける……とまではいかなかったが、ボディーガードが手をポケットに入れてゴソゴソと動かすと、玄関のガラスドアが開いた。
ボディーガードにお礼の言葉を告げ、足早に車椅子を押してエレベーターのボタンを押して中に入った。この時、エレベーターに向かう時に若干車椅子の方が早かった気がする。
「122だったよな……」
「うん……確か……」
もはやボディーガードから逃げる事しか頭に無かった。
それにあの右目の横の20㎝程縦に入った深い傷は何だったんだ……初めはボディーガードの腕しか見てなかったが、携帯を当てた右耳の直ぐそばにあったあの傷……もう極道の長にしか見えなくなった。多分、魅花も同じこと考えてるだろう……
12階に着くと、冬の季節らしい冷たい風が吹いていた。
眺めは最高だった。近くには山も見え、静かな町が一望出来た。車椅子から景色を観ようと、首を伸ばしていた魅花だが、塀が邪魔で見えなさそうだったので、車椅子の前で姿勢を低くして、魅花におんぶを誘った。自分の肩に魅花は両手を置いて、後は自分が魅花の足を持つ。最近では慣れたものだ。小柄な身長の魅花だからこそ、おんぶしやすいのだろうか。
「良い眺め。早くベランダからも観てみようよ」
数分すると、魅花が自分の耳のそばで囁いた。
魅花をおんぶしたまま部屋に入るのも変だったので、魅花を車椅子に乗せた。
長からさりげ無く手渡されたカギでドアを開けた。
先ず始めに魅花の目に飛び込んで来たのは太陽の光が差し込み、まるで青空の下にいるかの様な雰囲気を漂わす……そんな明るい風景だった。当たり前だが、まだ家具も何も無く、只茶色いフローリングが光を反射しているだけの部屋だったが、これから色んな物が増えてくるのだろうなと思うと、何だか温かい気持ちになった気がした。
自分は自分のペースで部屋を見て回るのだが、魅花は部屋の隅々まで見て回る。それも忙しなさそうに。しかし、それもそうなのかも知れない。あと3ヶ月もすれば、魅花は二児の母となる。子に対する母親の気持ちは計り知れない。当たり前だ。子は自分の命と同等に大切な存在である。怪我をさせない。そんな魅花の子に対する想いが、今こうして必死に安全かを見ている。見習わなくてはと思った。
「……て見てよ! スゴい景色だよ!」
ベランダで魅花が自分を呼んでいた。
ベランダへと向かうと、魅花が自分の手を掴んだ。
「いつでもこんな景色が観れるって思ったら、今すぐにでも引っ越したくなっちゃった。夜景も毎日見れるし、遠くには海も見えるよ! う~ん……楽しみだ」
心なしか自分の手が先程より強く握られている様な気がした。
楽しみで仕方無いのだろう。まぁ、それは自分も同じことだが。
「聞いた話によると、お隣さんが居ないらしいな。美と舞は……暴れまわるんじゃないかな」
「そう……なんだか、躾も大変そうね」
景色を観ながら魅花は言う。
一緒になって頑張ろう。前に、そう自分は魅花に言った事がある。しかし、再度魅花がこうして言うと云うことは、魅花の心の中では心配している事が多いのだろう。
これからもっと忙しくなるのだろう。美と舞が産まれ、引っ越しをし、育てていく。
まだまだ先は長いが、手を取り合って進んでいく事を考えれば、また頑張れた。




