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双子

 妊娠4ヶ月にもなってくると、魅花はすっかり元気を取り戻した。食欲も徐々に回復してきている。以前までは食べ物を食べるのも、そして見るのも魅花は拒絶していた。 

 しかし今では食べ物も普通に食べられる。ラーメンだって、ハンバーグだって、自分も魅花も好きなカレーだって。それに、魅花自身も何だか落ち着いた様な気がする。この前までは表情も固かった魅花だが、今ではスッカリ優しい顔立ちに戻っている。何というか、まるで……


「あとは子供が産まれるまでゆっくり待とうよ」


何時かの透き通った瞳で語り掛けてくるような。そんな表情だった。 

魅花の歩幅でゆっくりと歩もう。子供が産まれるまで、ゆっくりと歩を進めよう。自分はそう決心した。 


 それと、自分は進んで魅花の料理をサポートした。 

 これまで料理については手を付けていない自分だったが、車椅子の魅花には届きづらい場所にある器具を取ってあげるとか、炊飯器でお米を炊くとか、慣れない包丁での作業等も、自分は率先して魅花のサポートに尽くした。 

 しかし、自分は料理は得意では無い。作れてスクランブルエッグや、ほうれん草のおひたし等と云った一品物。自分は所詮その程度の腕前なのだ。高校の調理実習などでは、いつも下手な出来栄えの料理しか作れなかった。 

 自分は昔のアパートで一度、魅花にサプライズでカレーを作った事があった。案の定、出来上がったカレーはカレーでなかった。一種の鍋だった。先ず、水の分量がオカシかった。そして一口サイズとは到底言えない程の大きさの野菜達。肉は焼かずに鍋に投入したお陰で、出来上がった肉は殆どしゃぶしゃぶの肉に近かった。最終的に魅花に食べさせた物は、カレーの雰囲気を漂わせる異様な鍋だった。この様に、到底自分にはオムライスや肉じゃが。それにカレーなんてメインディッシュは作れる筈が無い。 


 しかし、魅花は料理が上手かった。 

 幼い頃から母に手料理を教わり、着実にその頃から料理の腕を上達させていた。なんでも、小学4年生で立派なカレーを作ってしまうという、自分にとっては信じられない事実だった。それに、魅花は母の味を完全に熟知しているらしい。 事実、今でも料理に出されるお味噌汁等は、食べると凄く落ち着く。というか懐かしさ……さえ感じる。これぞお袋の味だな……と、一人感動していた事があった。  

 

そしてまた、自分は今まで以上に魅花に手を尽くした。 

料理の面でも。生活の面でも。そしてやはり子供の面でも。そういった中で、ゆっくりと時間は過ぎていった。 


 ある日の晩、窓の方を見ると、雪が降っていた。

 白くて小さい雪だった。それも空を見渡す限りいっぱいに降っていた。マフラーを編んでいた魅花を呼び、窓のドアを開ける。案の定、部屋の温度よりは外の温度の方が冷たかった為、魅花はヒャッ……と小さな声を漏らした。後ろからゆっくりと魅花の肩に抱き付く。 


「もう……すぐだな」


ほんのりと笑みを浮かべ、白い息を吐きながら振り返る魅花。その意味はお互いとも分かっていた。 

 

美と舞が産まれる。


魅花のお腹の中に授かった赤ちゃんは双子だった。それも、どちらも女の子だった。先日、エコーで見たのだが、2人とも三角座りの様に丸まった形で魅花のお腹の中で眠っていた。初めて見る我が子の姿だった。エコーにより映し出された画面を見ていると、偶に口をパクパクと開けたり閉じたり、手をギュッと握り締めていたり。まるで懸命に生きていると主張するかの様に、2人はお腹の中で動いていた。


美と舞はこの子達二人の名前だ。

先に産まれた方が次女であり、また美でもある。

美は美しいと書いて【はな】と読む。魅花と一緒になって考えた名前だ。花はどれも同じでは無く、それぞれに違う形や色がある。しかし形や色は違っていようとも、どの花も綺麗なのは変わらない。亡き長女である香も、花の名前が由来している。花の様に綺麗で明るく、それに美しい。美という名前は、香のあとを継ぐという意味合いでもある。長女である香の分まで立派に、そして華やかな人生を過ごしてほしいという願いでもあった。

 

もう一つの名前は舞。舞と書いて【まい】と読む。

美の産まれた次に産まれる子が二女であり、それが舞である。舞の名前の由来も花が関係している。

花はいずれも最後には散る。ただ、それは花びらが単純に落ちていく訳では無く、花という綺麗な結果を咲かせた証を生んだから花は散る。それも、風と共に舞い、最後まで綺麗なまま終わることができる。そして、花が散るということは種が出来る。生きた証を継ぐことが達成したのだ。

花が散るまで、種が出来るまで諦めない。そんな風な熱い心を持った子に、そして、花びらが綺麗に舞う、綺麗な桜吹雪のように美しく育って欲しい、そんな思いで名前を決めた。


美と舞は、立派に育ってくれるのだろうか。

何不自由無く元気に育ってくれるだろうか。

優しい未来は必ず待っているだろう。心配した所で結果は出ないが、その考えだけが何時でも頭の隅に佇んでいる。あの世にいる香が笑っていてくれる家族というのを、香と約束した筈だ。それに自分だって、この子達二人を守れる力はある。きっと立派に育て上げるんだ。


「あ、綺麗な星! あそこ! 右の方!!」


そんな他愛の無い事を考えていた自分を余所に、魅花が指していた方角には夜空から降る雪の向こうに見える白く光る星の姿だった。 


「おお。あの星か………なかなか綺麗だな」


子供の頃からの日課で、いつもの様に空や月を眺める魅花とは違い、今日は少し興奮気味だった。上半身を伸ばしたり縮めたり、勢い余って車椅子から落ちてしまいそうな程だった。その後少しの間だけ、静かに冬の夜の空を観ていた。

 

数分後、終わりの合図は魅花のクシャミだった。


「……よしっ! 魅花が風邪引いちゃったら、美と舞にも移っちゃうからな、部屋戻るぞ!」


足早にベランダを後にする。 

先程電源を付けたまま放置していたテレビは陽気な番組が映っていた。それを見ながらゆっくりとテーブルにあるイスへと腰を掛ける。魅花もテーブルに車椅子を着ける。勿論、魅花の膝には毛布を掛けて。暫くすると、魅花がいきなり言葉を発した。


「あ!……またお腹が動いた……」


それは魅花のお腹の中にいる子供達のものだった。 

魅花のお腹に耳を当てる。多少魅花は恥ずかしそうな素振りを見せたが…… 

当たり前の事かもしれないが、トクン……トクン……と、魅花の心臓の鼓動が聞こえる。勿論、美や舞が喋る訳でも無い。更に言うと、自分が着た時にタイミング良くお腹を蹴る筈でも無い。 


「どう? 何か聞こえる?」


どこか不思議そうな眼をしながら、魅花は自分に訴え掛ける。魅花のお腹から頭を遠ざけ、そのままお腹の方を見ながら言う。


「早くみんなで夜景を観よう……って。自分はそう聞こえたよ」


魅花は小さく微笑んだ。 

そして魅花は出来るだけ自分のお腹に顔を近付けながら、目を閉じて話した。 


「うん。早くみんなで行こう」


まるで美と舞に聞こえるかの様な声で魅花は言った。 

その光景は優しさに満ちていた。美や舞に聞こえない事は分かっている…分かりきっている。 

だが、それでも自分はその光景を理解出来た。


出産予定日まで、あと4ヵ月

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