その九 合縁奇縁
なんか他の先生たちの作品を読んでみると、素晴らしい伏線がいっぱいありますよね。どうしたらあんなことができるんだろう。
二連休を丸々、体力の回復と殺人鬼の捜索に充てたが―――成果は皆無だった。強いて挙げるならば、霧島と戦った廃工場の惨状については原因不明とされ、俺のことがバレることはなさそうだ、ということ。まあ当然だ、アレを人間の仕業だと考えられるのは、契約者の存在を知っている者だけだ。
そしてもう一つ、薫の「このことは姉ちゃんに報告する」旨の発言は、心配をかけた俺へのちょっとした仕返しであり、実際に報告することはなかったということだった。
……良かった。マジで良かった。本当に良かった。
なんだろう、九死に一生を得た気分だ。それは多分、そう大きく間違ってはいないだろう。
「くあ……」
あくびをしながら、通学路を歩く。昨日一昨日は昼間に十分休んだので、寝不足と言っても先週に比べればかなり楽だ。
「おはよ、カナちゃん!今日も眠そうだね」
「……その呼び方やめろっての」
茶色い髪を元気良く揺らし、茶色い瞳を朝日のように輝かせて、柊千草が挨拶してくる。それに対し、普段の余裕を取り戻した俺は普段通りの返事を返した。
すると柊は、一瞬驚いたような顔をして、次いでとても嬉しそうな顔をした。
「……えへへ。カナちゃん、元気になったね」
「ん?まあ、それなりに寝れたからな」
隣に並んだ柊と、学校へ向けて歩く。俺より頭二つ分小さい柊とでは歩幅が倍くらい違うので、柊はトコトコと結構な速さで脚を動かしているのだが、それでも平然と俺について来れるあたり、なかなかに体力のある少女だ。
「……よう、柊。俺の勘違いかもしれないけどよ」
「んー?」
「なんかさ、今日、人が少なくねえか?」
「……言われてみれば、そうかも……」
いつもこの時間帯には登校する生徒たちが大勢いるのだが、今日はそれが、心なしか少ないような気がする。
……代わりに―――
「なんだか、車が多いような気もする……」
「……ああ。そっちは気付かなかったな」
柊の言ったように、いつもはこの時間には車などほとんど通らないのだが、今日はすでに何台か通って行くのを見た。今もまた一台、俺たちを追い抜いて―――
「……あー、なるほど」
「へ?」
人が少ない理由、車が多い理由、どちらも納得がいった。
さきほど、俺たちを追い抜いて行った車の助手席に、俺たちと同い年くらいの少女が座っていたからだ。
俺たちの通う私立姫榊高校の制服、紺色のブレザーを着た女子生徒が。
「あれか。殺人鬼対策で、車で送迎してんのか」
「あ、そっか。先週末に……また一人、その……」
「いや、わかってるから。無理に言わなくていいって」
「う……ごめん」
柊からすれば、「殺された」と口にするのは苦しいのだろう。自分とは関係のない、遠い所で起きた事故や事件にさえ悲しむこの心優しい少女には、今回の連続殺人事件はあまりに重過ぎる。
「……まあ、神経過敏になるのもわかるけど。なんでも高校生や大学生も殺されてるらしいし」
「うん……今までは夜遅くだけだったけど、そのうち昼間にもあるかもしれないからって、この間お巡りさんが言ってたよ」
「殺人鬼なんてのに、夜にしか殺さないなんてルールがあるとは思えねえからな。単純に見つかりにくいから、今まで夜にしかやってなかったんだろうが」
つまりその理屈だと、見つかりさえしなければ朝だろうが昼だろうがどうでもいい、ということだ。子供の安全を第一に考えれば、親が学校まで送迎するのは当然と言える。
「お前も送ってもらえばいいのに。親御さんも心配してんじゃねえの?」
「うん……そう言われたけど、父さんは朝忙しいし、母さんは車運転できないし。……それに……カナちゃんと、一緒に登校できなくなっちゃうし……」
「あん?俺がどうしたって?」
なんか最後のほう、声が小さくて、よく聞こえなかったが。
「へ!?いや、あの、なんでもない!なんでもないよっ!?」
「?いやだって、俺がどうとか―――」
「そ、そ、それはっ!あの、その、ええっと、何かあっても、カナちゃんが守ってくれるでしょ!?」
「いや、囮にして逃げる」
実際には守るつもりであるが、冗談でそう言ってみた。柊のリアクションは見ていて面白いので、からかうのは俺の趣味の一つなのだ。
だが柊のリアクションは、予想とはまるで違うものだった。
「―――え」
不意に立ち止まり、呆然と立ち尽くし、その顔は、一体何を言われたのかわからない、といった感じのモノで。
―――おいおい、なんか本気で囮にするって思われてる!?
「こんの……クソボケがあああああっ!!!」
ドギャアッ!!
頭頂部に衝撃走る。それは獣の如き速さで俺の後ろから走って来た景虎がアスファルトを蹴って跳び、俺の真横のブロック塀を蹴って追い越しつつ再び跳び、俺の前にある電柱を蹴ってさらに跳び、4メートル以上ありそうなとんでもない高さで華麗なムーンサルトを決め、縦回転しながら俺に踵落としを叩き込んだことによる衝撃だった。
お前はカマドウマか。ていうか殺す気か。俺じゃなきゃ死んでたぞ、今の。
「ぐえっ!?」
爺さんとの契約の恩恵、その物理法則を超えた防御力のおかげでダメージこそなかったが、衝撃までは消えない。踏ん張っている時であれば小揺るぎもしないだろうが、なんの気構えもしていない時ではそうはいかない。スレッジハンマーでぶん殴るのに匹敵するだろうその踵落としは、俺の頭を地面に叩きつけた。
「……ってえな、なにしやがる!?」
すぐさま立ち上がって景虎を睨み付けたが、景虎はそれ以上の眼力で睨み返して来た。
……おおう、なんて威圧感。ちょっとビビりそうになったぜ。
「うるせえ馬鹿が。馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、ここまでの大馬鹿野郎だとはな。予想を超えてたぜ」
「なんだと?」
俺の問いには答えず、景虎は柊のほうへ歩いて行った。そして気楽そうな笑みを浮かべながら、柊の小さな肩をポンと叩く。
「おーっす、柊。気にすんなよ、あんな馬鹿の言うことなんか」
「……おはよう、相馬君。……うん。大丈夫、わかってるから。……ありがとう」
そう言って、柊ははにかんだ。だがその顔には、まだ悲しさが残っていて。
―――わかってるから。
それは、俺の言ったことが冗談だとわかってる、てことか?ならなんであんな顔するんだ?
『……お前さん、今のは誉められんぞ』
『うおっ……だからいきなり話し掛けてくんなって。……て、なんだよ、爺さんはわかるのか?なんで柊があんな顔してるのか』
『儂ですらわかるというのに、お前さんがわからんとは……かわいそうにのぅ、あの娘も』
『はあ?なんだよ、いきなり』
『お前さんはちと反省するんだの。それ以外は、儂からは何も言わんよ』
『?』
その後何度か呼び掛けてみたが、爺さんはだんまりを決め込んでいた。
ようやく歩き出した柊に並ぶ景虎も、相変わらずすげえ眼で俺を睨んでるし。
……なんか、みんなに責められてるのに、その理由がわからないってのは……もどかしいなあ。
――――――――――
昼休み。俺は先生に頼まれて、次の授業で使うプリントを取りに職員室へ向かっていた。
食事は既に済ませている。ちなみにいつもは景虎、柊と机を突き合わせて薫作の弁当を食べるのだが(景虎は登校時に通学路上にある惣菜屋で調達し、柊は自作の弁当を持って来るのが常だ)、今日はハブられた。
……ハブられた。
………………結構、ショックだった……。
『……知らなかったぜ。教室の中、周りには十何人といながらたった一人で食う弁当が、あんなに味気ないモノだったとは……』
『まあ仕方あるまいよ。お前さんの自業自得だ』
『いやだから、それがわかんないんだって』
『……本当に、かわいそうな娘よ』
『ああん?』
さっきっから意味のわからないことを言ってる爺さん。柊の態度が変わったのは俺が冗談を言ってからなので、あれが原因だとは思うんだが……そんなに怒るようなことか?本当に、ちょっとした冗談だったのに。
『小僧……精進せいよ、色々な意味で』
『だから、なんだってんだよ……』
なんか同じことを繰り返してるだけな気がしてきたので、この話は切り上げることにした。
というわけで、職員室に向かって黙々と歩く。俺たちの教室、二年三組は二階にある。というか、一年は一階、二年は二階、三年は三階とわかり易く分かれている。そして目指す職員室は一階だ。なのでまずは階段に向かい、一階に降りる。
階段から現れた俺の姿、長身で筋肉質、強面で髪は大量に白髪が混じっているという我ながら不良感バリバリの姿を見て、楽しそうに雑談していた階段付近の一年生たちが、ザアッと一斉に引いた。
……慣れてはいるが、やっぱり傷付くわー……。
『怯えられとるのぅ』
『うるせえわかってるからいちいち言うな』
はあ、と思わず溜め息を吐く。別に友達欲しいとかそういうんじゃないが、ここまで避けられるのはさすがに精神的に厳しいものがある。
まあそんなことは今更なので、もう諦めている。ボリボリと頭を掻いて、歩き出し―――
「うわわわわわっ!!?」
「……あん?」
突然、階段の上から聞こえた悲鳴。
何事か、と振り返ると。
……爺さんっ、上から女の子が―――
ズドムッ!!
「うわっ……たったったっ!!」
「………」
―――一体何が起きたのか。簡潔に説明すると、階段の上からジャンプした女子が、両脚の上履きの靴底を揃えて降って来て俺の顔面に着地(着顔?)したのである。
「………」
「………」
「「………………………」」
俺の顔を中継地点にすることで階段のてっぺんから飛び降りる衝撃を和らげた女子は、ふわりと軽やかに廊下に降り立った。
そして沈黙。俺も女子も、突然の事態に何を言うべきかわからない。
今回は朝の景虎の時とは違い、踏みつけられる一瞬前に気付けたので、首だけでしっかりと衝撃を受け止められたが―――それでも普通の人間なら深刻なダメージを受けていただろう。下手すりゃ死んでたかもしれん。
……なんなんだ、一体。本日二度目だぞ。
「……ええ……と」
「………」
降って来た女子が、ようやく口を開く。
その、第一声は―――
「み……見ました?」
「初対面の人間の顔面に高角度落下型ドロップキックを奇襲でぶち込んどいて、言うことはそれだけか」
落下の際に盛大に捲れたスカートを抑えながらそんなことを抜かしやがった。文句を言う声にドスが効いてしまうのも仕方のないことである。
「だ、だって!その位置からじゃ丸見えだったじゃないですかっ!?」
「そういう問題じゃねえだろ。ていうかお前が勝手に飛び降りて来たんじゃねえか」
「けど、見たんですよね?」
「白だったな」
「こんな人がいっぱいいるところで言わないでくださいよっ!!」
なおも文句ばかりで一向に謝罪する気配のない女子を見下ろし、その姿を確認する。
着ている制服はネクタイが緑なので、一年生だ。ちなみに二年は青、三年は赤。三年間同じ色のネクタイを使うので、この女生徒のネクタイはついこの間まで三年が使っていたことになる。
背は160センチ弱。平均の範囲内。
黒い髪はショートカット。さっきいきなり飛び降りて来たこととあいまって、活発そうな印象を受ける。
実際にスポーツでもやっているのか、身体は程よく引き締まっていて健康的だ。
顔立ちはボーイッシュ。だがそれなりに整っており、可愛いと言える部類だろう。
そしてパンツは白。特に装飾もない、高校生として無難な代物だと思われる。
「一言言わせてもらうが。俺が見たんじゃねえ、お前が見せたんだろうが」
「そ、そんなの関係ありません!女の子のスカートの中は、国家機密クラスのトップシークレットなんですっ!」
「じゃあそんな短えスカート履いてんじゃねえよ」
今時の女子高生らしいミニスカートを指差して言うと、その女子はまたも恥ずかしそうにスカートを抑えた。
……解せぬ。
「んで?なんだってお前は、いきなりこんな殺人級のゲージ技をかまして来やがったんだ?」
「え?あ、その、階段降りる時に躓いちゃって……」
「へえ。……脚、大丈夫か?」
「は?」
「捻ったりしてねえか、て訊いてんの」
「へ?あ、えと……」
女子はその場でトントン跳ねたり足首をクルクル回したりしながら、脚の調子を確かめていた。その隙を突いて横をすり抜け廊下に出て、職員室に向かう。
「……うん、大丈夫そうで―――て居ないっ!?」
「次からは気ぃつけろよー」
「あ、ちょ、待って、まだ話は―――」
後ろから色々言ってるのが聞こえるが、無視。アイツに付き合うと面倒くさいことになるのを確信したからだ。
『あー……顔に靴痕付いてねえだろうな……』
『しっかり付いとるぞ。顔を洗ったほうが良いのではないかの』
『……既に面倒なことになっていたか……』
というわけで、職員室に行く前にトイレに寄って顔を洗うことにした。
……ああくそ、まったく。なんだったんだ、さっきのは。
――――――――――
放課後、さっさと荷物を纏めて帰り支度を済ませる。さして物も入っていない鞄を持ち上げ振り向くと―――
「……あ、居たっ」
「……げっ」
教室の出入口に、見覚えのある女子が立っていた。会ったのは一度だけだが、そいつの顔を忘れるのは、少なくともこの短時間では不可能だ。
「カナちゃん、知り合い?」
「一年生だよな、あの子。なかなか可愛いじゃん」
「はっはっはっ、まさか。会ったことも話したことも影も形もありませんよ」
「何言ってるんですか、私のパンツ見たクセにっ!!」
「「え……!?」」
あのヤロウ、なんてことを!!いくら事実でも言っていいことと悪いことがあるだろうがっ!!
「カカカカカカ、カナちゃん!?どういうこと!!?」
「鼎えええええっ!!てめえこのヤロウふざけやがって、なんて羨まゲフンゲフンけしからんことをおおおおおおおっ!!」
ほら見ろ、ようやく機嫌直って来たってのに、また再燃しちまったじゃねえかっ!!
「待て、誤解だ。俺が見たんじゃねえ、アイツが勝手に見せたんだ」
「やっぱ見てんじゃねえかよ!!」
「カナちゃん……女の子に、ヒドいよ……」
景虎は普通に激怒してるだけだからまだいいが、柊はなんか泣きそうな顔してるし。
なんだよこれ、俺か!?俺が泣かせたのか!?俺のせいかっ!?俺が悪いってのか!?
「あーもう、ちょっと落ち着けよお前ら」
「落ち着けだとっ!?わかってんのか、スカートの中は女の聖域、男が覗いていいもんじゃねえんだよっ!!ちなみに何色だった!?」
「なんか言ってること矛盾してねえか?ちなみに白だ」
「何をサラリと言ってるんですかあああああああっ!!!?」
教室の外から見てるだけだった女子が突入して来て、俺の手を取り、そのまま教室の外まで引っ張って行く。
ぶっちゃけ抵抗する必要すらなく、俺が自分で歩き出さなきゃ動くこともなかったが、未だに吼え続けている景虎と目に涙を溜める柊から離れるために付いて行った。
……逃げ?なんとでも言え、戦況を見極められねえ奴は死ぬだけだ。そんなこともわからねえグズの言うことなんざ、聞く耳持たん。
『ここは残ってしっかり説明しといたほうが、後々厄介なことにならんのではないかのぅ』
『……そうだな。俺も歩き出してからそう思った』
だがここまで来て立ち止まるのも不自然な気がする。なのでそのまま教室から出て、まずこの女子の話を聞くことにした。どうやら俺に用があるらしいし。
「あのですね!個人情報を本人の許可なく喋るのは良くないですよ!」
「パンツの色って個人情報なのか?」
「最重要個人情報ですっ!!」
「そいつは良いことを聞いた。この情報は高く売れそうだな」
「やめてええええええええっ!!?」
ふむ。コイツはなかなか素質があるな、活きの良いリアクションだ。
「まあお前のパンツの色が白だってことは置いといて」
「いちいち言わないでください!セクハラで訴えますよっ!?」
「とにかく、置いといて。お前、俺に用があって来たんじゃねえのかよ」
「え?………………ああ、そうでした」
「忘れてたのかよ」
「あのですね。私、先輩に用がありまして」
「いやそれはわかってるから。その用が何かって訊いてんだよ」
……なんか頭悪そうだなあ、コイツ。
「ええと、先輩」
「おう。なんだ、後輩」
「昼休みでは、踏んでしまってすみませんでした」
「今更かよ。遅えよ。他にも休み時間があったろうがよ」
「クラスがわからなくて、探してました」
「あー、なるほど」
この学校は広いからな。二年ってことはわかっただろうが、それだけじゃ見付けるまでに時間がかかるのは仕方ない。
「しかしそれを抜きにしたって、あの時謝っとけよ」
「いや、そのう……あの時は、ほら……見られて、気が動転してて……」
スカートの裾を抑え顔を赤らめながらもじもじするその姿は、景虎あたりは狂喜しそうなくらい可愛らしいものではあったが、そんなものに欲情しないくらいには俺は枯れている。
「まあいいや。とりあえず、お前の謝罪は受け取った。んじゃな」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」
踵を返して教室に戻ろうとしたが、腕を掴まれて止められた。
……なんだよ、まだ何かあんのかよ。俺は早いとこ帰りたいんだが。
「あ、あの!本日は大変なご無礼を働いてしまいましたし、今度改めて、ちゃんとお詫びをしたいので―――」
「いらん。急にかしこまってんじゃねえよ、気持ち悪い」
「私、鐘井明日香って言います。先輩のお名前を聞かせてもらえませんか?」
「聞けよ」
わかった。コイツは頭悪いんじゃない、単にマイペースなんだ。人の話なんか聞かないくらいに。
「……あー。できりゃああんま、他人と関わり合いたくねえんだがなあ。面倒なことになるし」
それが俺のスタンスだ。他人の事情に下手に踏み込むとろくなことにならない。だから家族以外との付き合いなんざほとんどねえし、友人と呼べる人間だって少ない。言い換えれば、俺には姉ちゃんと薫が居れば十分なんだ。
―――だが。
「俺が望んだことじゃあないとは言え―――もう、関わっちまったしなあ」
一度関わりを持ってしまうと、放っておけない。一期一会ってわけじゃあねえが、人生なんざ、何が起きるかわからない。いつ死んじまうかわからない。
―――この人のことを、もっとちゃんと、知っておけば良かった。分かり合おうとすれば良かった。
冷たくなっていく体を抱えて、そう悔やむ時には、何もかもが手遅れなんだ。
―――だから。
「……百鬼。百鬼鼎だ」
「……カナエ?女の子みたいな名前ですね」
「これでも気に入ってんだ、次に言ったらぶん殴るぞ」
コイツのことで。
喜んだり。
怒ったり。
哀しんだり。
楽しんだり。
そういうことが、できるように。
「百鬼鼎さん……鼎先輩ですね!」
「いきなり名前呼びか。パンツ丸出しなことといい、無防備過ぎんだろ」
「ま、丸出してませんっ!チラッとです、チラッと!!」
「どこがだっ」
まあ―――ちょっとくらいは、付き合ってやるか。
「それじゃあ、奇妙な縁ですけど―――これからも、よろしくお願いしますね、鼎先輩っ!」
「おう、よろしくな……ええと、ダレイ・バスターだっけ?」
「母音しか合ってない!?」
あーあ、ったく。これだから、他人と関わるのは嫌なんだ。柊といい景虎といい、そして恐らく、コイツも。
なんだかんだで、長い付き合いになっちまうんだから。
「私の名前は鐘井です、鐘井明日香!はいっ、かーねーいーあーすーかー!!」
「わかってるっての。ちょっとからかっただけだろうが、マジになるなよ、鐘井」
……しっかし、わけのわかんねえヤツだな。俺に関わろうとする人間なんて、ほとんどいないってのに。
『カッカッカッ……懐かれちまったのぅ、小僧』
『勘弁して欲しいぜ。俺には犬飼うような甲斐性はねえってのに』
『……犬呼ばわりか……確かに、尻尾があったら千切れんばかりに振ってそうだが』
俺の言動にコロコロと表情を変え、今は一体何が嬉しいのやら、満面の笑みを浮かべている鐘井に手を振って、一方的に別れを告げる。逃げる機会を見逃すとまたしつこく絡まれそうなので、とっとと退散しよう。
「あ、先輩、もうお帰りですか?」
「ああ。お前が居なきゃ、もうとっくに帰ってたからな」
教室に入る直前、チラと振り返ると、鐘井はちょこんとお辞儀をしてから立ち去るところだった。それを見送ることなく教室に入る。
……ったく、今の俺は、珍しく忙しいってのに。
こんな時に限って、次から次へと、厄介事がやって来やがる―――
「あ、戻って来たぞっ!!」
「カナちゃん!どういうことか、ちゃんと教えてもらうからねっ!!」
「………………げ」
しまった、忘れてた。
おのれ鐘井明日香、お前とはやっぱり、関わりたくなかったぜ。
唐突に新キャラ。学校が舞台の作品において、後輩か先輩のどちらかは必要不可欠だと思います。




