その七 灼熱の咆吼
ようし、章設定に挑戦しちゃうぞうっ!!
『奴の拳打の威力は凄まじい。儂の力を使いこなせないお前さんじゃあ、一撃で弾き飛ばされちまう』
そして格闘戦の技術でもかなわない。拳打をかい潜って近付くこともできないのだ。
『だが純粋な力比べなら、お前さんの圧勝だ。がっぷり四つに組み合えば、そのまま押し潰せる』
問題は、どうやってそこまで持ち込むか。奴も力比べに持ち込ませたくはないだろうから、簡単には近付かせてもらえない。
『つまり、今回必要な策はそこまで、ということだの。そしてそれだけなら、どうにかできるかもしれん』
爺さんと契約した俺の能力は、パワー、スピード、タフネスの強化。技も戦術も、全ては力比べに相手を引きずり込むためのモノに過ぎない。
『膂力、速さ、頑丈さ。これらは十分よ、奴を倒すにはの』
俺は戦士でも格闘家でもない、ただの不良だ。礼儀も作法もありゃしない、ただ力任せに暴れて、力任せにぶっ潰すだけ。
『じゃあ後は、一体何が足りんのかと言うと―――』
さあ、行くぜ。
ガキの喧嘩がどれほどマナー悪いか、教えてやっからよ。
腰抜かすんじゃねえぞ、おっさん―――
――――――――――
最初は、暴走ダンプがこの廃工場に突っ込んで来たのかと、霧島は思った。それほどの轟音と衝撃であった。
だが、違う。本当にダンプが突っ込んで来たのなら―――その衝撃が、何度も繰り返される筈がない。
『サラ!』
『まだ近くには居ない!あの子、一体何を……!?』
ならばこれは、鼎の仕業ということになる。だが誰の仕業なのかというより、なぜこんなことをしているのかが問題なのだ。
鼎がまだ廃工場内に居ることは間違いないだろうが、しかし熱感知に引っ掛かるほどには近くない。轟音と振動の発生場所から判断するに、かなりの速さで移動しながら破壊活動を行っているようだが―――
『くそ、何が狙いだ……!?』
『集中して、兵吾!いつも通り私が警戒するから、貴方は迎撃に―――』
ドゴオオオンッ!!!
『『っ!?』』
一際大きな轟音と衝撃。そして―――
『なっ、床が……!?』
『ヤロウ、まさか柱をっ……!!』
ビシリ、と、霧島の足下の―――いや、三階全体の床に、不穏な亀裂が入った。
いくら打ち捨てられてしばらく経っているとはいえ、重い機械が大量に置かれている、基礎のしっかりした堅牢な工場だ。自然に崩壊することは考え難い。
たとえ今にも崩れ落ちそうなほどボロボロだったとしても、選りに選ってこのタイミングで崩れたことを偶然によるものだと考えるほど、霧島もサラマンダーも間抜けではない。
―――これは、鼎が崩したのだ。
『なんて無茶をしやがるっ……!常識ってもんがねえのか!?』
『恐ろしい……これが「ゆとり世代」というヤツなのね……!?』
『違います』
サラマンダー渾身のボケを受け流し、霧島は自身の意識を限界まで研ぎ澄ます。
―――仕掛けて来る。この床が抜けた、その瞬間に。
空中では、霧島の能力は半減する。地面を蹴る脚からの爆発による加速を得ることができないからだ。
空中で生み出せる推進力は、地上のそれとは比べ物にならないほど弱い。それでは鼎の怪力を弾けるだけの威力は出せない。
故に、捌く。地に脚が着くまでの間、おそらく一度だけであろう攻撃を、なんとしても。
『こんな手段、二度は使えない。これを凌げば、坊やに打つ手はない!』
『っ!来たわ!すぐ下の階、真っ正面からよ!!』
そしてついに、床が完全に崩れる。突然足場がなくなるなんとも言えない浮遊感の直後、体が落下を始めた。
分厚い床、下の階にとっては天井となるそのコンクリートの塊が無数、霧島と共に落ちて行き。
『あ……あれはっ!?』
『……なるほど、そういうことかよっ!!』
視界を遮る破片と粉塵、その向こうから。
一人の少年が。倒さねばならない、敵が。
雄叫びを上げながら、真っ直ぐに、霧島へと突撃して来ていた。
―――その両腕に、合わせて六本もの、長大な鉄骨を抱えて。
――――――――――
「おらあっ!!」
ドゴオンッ!!
床を叩き割って下の階に下りた俺は、急いで準備を始めた。
まずは霧島を空中に放り出し踏ん張りを利かなくするため、床(今の俺から見たら天井だが)を支える柱を片っ端からへし折って行った。
『ああくそ、絶対とんでもない騒ぎになるぞ後で!』
『カッカッカッ!今更後悔してももう手遅れよ、どうせならとことん派手に行こうぞっ!!』
『しょうがねえよなあ、背に腹は代えられねえもんなあっ!!』
また一本、渾身のラリアットで柱を折る。折れるどころか柱そのものがぶっ飛んで行き、その先にあった柱も折ってようやく止まった。
『あーもー気分爽快だぜっ!!』
『ヤケクソになっとらんか?お前さん』
『いいじゃねえかよこんくらいこれモロに犯罪なんだぞバレたら姉ちゃんに殺されるっ!!』
法的には緊急回避とかがもしかしたら適用されるかもしれないが、我が家においては司法だけでなく立法と行政までも支配している独裁者、姉ちゃんこと百鬼司にはそんな理屈は通用しない。理屈どころか常識も通用しない。姉ちゃんこそが法律なのだ。
―――だから、残り少ないかもしれない人生を精一杯楽しんで何が悪いんだよコンチクショー。
『さあ、そろそろだぞ』
『ああ、大分いい感じになってきたなっ!』
天井の亀裂がいよいよ限界に達し、間もなく落ちて来るだろうことが見て取れる。霧島がそのまま落ちて来たらぶちかましを叩き込み、足場が崩れる瞬間に跳んで時間を稼いだら足下に潜り込み、カエルアッパーで打ち落とす。
どちらにせよ、空中では踏ん張りが効かないし、避け切れない。
―――後は。
『お前さんに足りないものは―――』
俺に、足りないもの。
技?んなもん今すぐに身に付くか。
見切り?そんな悠長に構えてる余裕はない。
特殊能力?要るかそんなもん、それを求めるなんざ爺さんへの侮辱だ。
―――なら、何を足せばいい?
それは―――
『―――重さだ』
――――――――――
「行くぞおらあっ!!!」
「そう来たか、坊や……!」
両腕に抱え込んだ、六本の鉄骨。総重量はざっと3トンと言ったところか。
こんなとんでもない重さを持って走れるなんて我ながらどうかしてるとしか思えないが、しかしこれが、今の俺に必要なモノ。霧島の防御に弾かれないための、絶大な攻撃力を得るための武装。
運動エネルギーは、質量と速さの2乗に比例する。重ければ重いほど、速ければ速いほど、運動エネルギーも大きいというわけだ。
このうち速さは、様々な制限を受ける。空気摩擦や蹴り出す力のロスなどで、どれだけ脚力があろうとその力の全てを速さに転換することはできない。
だが、質量は不変だ。十分な速さで動かせるのならという前提条件こそあるが、重いということはそれだけで強力であることを意味する。古より、鉄槌は単純な威力においては最も優れた近接武器なのだ。
そして、今の俺なら。
その大前提を、クリアできる―――!
「ぬうううううおおおおおおおおおおあああああっ!!!」
脚が地に着くたび、床に盛大に亀裂が入る。何歩目かでお気に入りのスニーカーが破裂した。さらに何歩目かで、抱えた鉄槌が圧力に耐え切れずひしゃげた。
だが、それでも。
爺さんの加護を得たこの身体は、まったく力を失っていない―――!
「受けて、みいろおやああああああああああっ!!!」
「いいぜ、受けて立つぜっ!!!」
構えた鉄骨は、まさに破城鎚。守備力と攻撃力を併せ持つ難攻不落の要塞、霧島の爆炎を貫く兵器。
それを迎撃するべく、霧島は巨大な炎の爪を顕現させた。
恐らくこれは、霧島の最大威力の攻撃。
力で劣るが故に技で戦って来たこの男が、限界まで引き出した力を限界まで圧縮させた。
敵を仕留め切れなかった場合のことを、完全に度外視した。
―――まさに、全てを懸けた一撃。
……いいね、燃えるぜ。さすがは火炎使い、アンタやっぱ、熱い漢だ―――!!
「「おおおおおおおおおおうるあああああああああっ!!!!」」
鉄骨と炎の爪が激突する。瞬間、鉄骨が蒸発し、その熱が伝播して俺の服も燃え上がる。
だが今までのように、弾かれることはない。鉄骨が蒸発して短くなった分だけ、俺の身体は前に進む。
どうにか、保ってくれよ……!
『儂を信じろ、儂の見立てを。奴の力を使い切らせるにはちと足りんが、なに、残りはお前さんの根性を足せば良いっ!!』
「がああああああああああああっ!!!」
熱い。熱い。熱い。
肌が焼けるように熱い。
肉が焦げるように熱い。
骨が溶けるように熱い。
体の芯から燃えるように熱い。
だがまだ、耐えられる―――!
「ほんっっっとに、大した根性だ……!」
鉄骨はどんどん蒸発し、短くなっていく。それに伴い、俺に届く熱量も大きくなっていく。
だが同時に、力を消費した霧島の爪も、小さくなっていった。
『どれだけ速く火を溜められようが、溜めながら放つことはできん。こうして溜める間も与えずに使わせ続ければ、いずれは尽きる。……さあ。ついに、ここまで来たぞ―――!』
がっぷり、四つ―――!
「だあああああありゃあああああああああっ!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
もはや野球ボール程度のサイズとなった鉄骨を握り潰して固めた俺の両拳を、炎の爪の大半を使い切った霧島の両手が受け止める。僅かに残った爪が手の甲に食い込み、拷問じみた激痛が脳髄を貫く。
ああ、痛え。滅茶苦茶痛え。今までの人生で一番痛え。
痛過ぎて、気絶すらできないぜ―――!!
「あああああああああっ!!」
このままでは俺の両腕が焼滅するまで、そう時間はかからないだろう。
蹴りを繰り出すことも考えたが、全力で踏ん張っている脚を片方でも浮かせることは得策ではない。
そんな簡単なことを考えるよりも、遥かに速く。
喧嘩で培った条件反射で―――頭突きを、叩き込んだ。
「がっ!?」
「行くぜえ―――」
それを受け、霧島が仰け反る。俺の両拳を掴んでいた手も離れ、自由を取り戻した拳を再び、更に強く握り締め。
「歯ぁ食い縛れえええええっ!!!」
―――霧島の顔目掛けて。
思いっきり、振り抜いた。
「ぐあっ……!?」
『此奴、まだ……!?』
顔面を捉えた右拳に、予想以上の衝撃と激痛が走った。
こいつ、殴られた瞬間に、爆発で防御しやがった―――!
「なんて粘りだよ……!」
『だが効いておるぞ!畳み掛けろ、この機を逃すなっ!!』
さすがにダメージを完全に無効化することはできなかったのか、霧島は錐揉みしながら吹き飛び、余波で赤熱するコンクリートに倒れる。
俺ももう限界だ、起き上がる前に―――!
「おおおおおおおおおおおっ!!」
『っ!?いかん、退がれ小僧!』
「なっ!?」
爺さんの言葉に、反射的に急ブレーキをかける。踵がガリガリとコンクリートを削り止まった、俺の鼻先を。
「はあああああああっ!!」
―――巨大な炎の爪が、掠めて行った。
――――――――――
霧島のそれと比べてもなお巨大な炎の爪が、コンクリートの床を盛大に焼き抉る。大穴が開き、そこから一階が見えるほどの抉りっぷりだった。
「な、なん……!?」
『こりゃあ……無茶するのぅ』
当たっていれば―――爺さんの警告がなければ、俺もこの床と一体化していただろう。
だがそんな馬鹿げた火力による惨劇の痕をいつまでも眺めている暇はない。これをやらかしたモノが、今、目の前にいるのだから。
「やらせない……!」
「こいつは……!?」
『……あの男の、契約相手だ』
「は……あ!?」
それは、つまり。
たった今、巨大な爪を振り下ろし。
今まさに、俺を睨み付けている、コイツは。
―――外法者。
「兵吾は、やらせないっ!!」
悲壮さと覇気の混じったその声は、女性のものだった。印象としては二十代半ばくらいの、ハスキー気味のアルト。
それが単純な音ではなく、鼓膜よりも心を震わせるように、辺りに響いた。
「退きなさい、人間。さもなくば、私の命に代えてでも、貴方を討つ……!」
見上げると、そこに在ったのは、巨大な蜥蜴。
頭の高さは二メートルを優に越え、全長では八メートルはあるだろうか。
四肢はその巨躯を支えるに相応しい逞しさで、五指からは鉈のような爪が伸び。
尾も太く長く、それでいてしなやかに揺れ。
全身を覆う鱗が赤く燃え盛り、煌々と輝きを放っている。
―――それは。
「す……げえ……綺麗だ」
『うむ。この眩い炎の煌めき。目を奪われるのぅ』
思わず、呟いていた。別に俺は爬虫類が好きなわけではないが、目の前の規格外の巨大さを持つ蜥蜴は、恐ろしいとか強そうとか以前に。
ただひたすらに、美しかったのだ。
「これが……〔火蜥蜴〕か」
人類の歴史、その発展において、「火」は極めて重要な存在だ。
人は火を発見してから、その力を畏れ、次第に活用法を見出し、何度となく火に焼かれながらも、その恩恵を受け続けてきた。
そして今もなお、人は火を使い続けている。
その危険性を理解しながら、他にもっと安全で便利なモノがあるにもかかわらず、あえて火を使うこともあるくらいだ。
それはある意味、「火に魅入られた」とも言えるだろう。
永きに渡り人類と共にあり、人類を導いてきた、火。
それが具現化した、目の前の存在は、目が眩むほどに美しかった。
「もう勝負は付いた筈よ。これ以上続けようと言うのなら、それなりの覚悟を決めなさいっ!!」
『お、おいおいちょっと待て!なんで俺に見えるんだ!?外法者はその契約者にしか見えないんじゃないのか!?』
『言うたであろう、外法者はその姿を、普通の人間にも見えるようにすることができる、と。契約しとっても、それは変わらん』
『確かに言ったな……。けどそれって、存在を消耗するんじゃないのか?』
『するさ。伝説による人の想念を糧にしているのならともかく、契約者の魂で存在を繋ぎ止めているだけの状態では―――長くは、保つまいよ』
『……それって』
サラマンダーは姿を現しているだけでなく、全身から炎を放ち、さっきは爪まで使っていた。しかもかなり強力なヤツを。
……もしかして、かなりの無理をしてるんじゃないのか―――?
「さあ、どうするの、人間?このままここを去るか、それとも私と共に消えるか」
『此奴は本気だぞ、小僧。あの男があれほどの技を持っていたということは、数多の戦いを共に生き抜いて来たという証よ。その絆は、此奴らにとって自らの命より重い』
『……くそ、ここまで来て……!』
このまま去るわけにはいかない。そんなことをすれば、いつまた襲って来るかわかったもんじゃない。
だがサラマンダーを、決死の覚悟で立ちはだかるこの敵を相手にして、生き残れるとも思えない。
『……爺さん、アンタも同じように出て来て、サラマンダーを倒すってのは無理なのか?』
『無理だの。すまんが、まだそこまで回復しておらん』
『ちぃ……どうする……!?』
こうしている間にも、サラマンダーは存在を消耗し続けている。それが本当にヤバいところまで行ったら、俺の返答を待たずに襲いかかって来るだろう。
だから、早いとこなにかしらの打開策を考えなくちゃならないんだが―――
「……待て、サラ」
―――その打開策は。
意外にも、霧島からもたらされた。
「兵吾!?大丈夫なの……!?」
「どうにかな。首の皮一枚ってとこだけど」
のそりと体を起こした霧島は、立ち上がろうとして失敗した。ダメージはかなり深刻らしい。
「負けを認めるよ、坊や。お前たちの勝ちだ。……大したもんだよ、マジで。普通なら契約したての初心者なんか、簡単な相手だってのに」
そう言う霧島の顔に悔しさはなく、どこか楽しげな、清々しい顔をしていた。
ポケットから煙草を取り出し、口にくわえる。さらにはライターを取り出して、煙草に火を付けた。
……さっきは煙草の先を指で叩いて火を付けていたが、そんな力も残ってないのか。
「なあサラ。お前が死んだら、俺も死ぬぞ。自分で喉掻っ切って死ぬぞ」
「なっ……」
「お前がいなきゃ、生きてても意味がねえんだよ。楽しくねえんだ、生きてても。なら、生きてたってしょうがない。それより、お前と一緒に死にたい」
「………」
「だからさ、消えないでくれよ。一緒に居てくれよ、サラ」
「……けど、この子を殺さないと、貴方は―――」
「坊や」
サラマンダーの悲しげな声を遮って、霧島は俺に話し掛けて来た。一体なんだ、と不審に思ったが、とりあえず聞くことにした。
「俺と取引しねえか?」
「取引だと?」
「ああ。俺たちを見逃してくれりゃあ、お前らのことを上には黙っててやる」
「上……?」
ってことはやっぱり、コイツらはなにかしらの組織に所属してるのか。まあさっきも霧島は、自分のことを下っ端と言っていたしな。
「取引になるかよ、そんなこと。アンタの言葉を信用すると思ってんのか?それより今ここでアンタを殺したほうが、確実に口封じができるんだぜ」
「そりゃやめたほうがいいな。俺からの報告が途絶えれば、上は何かあったと考える。そうなりゃこの街に人を送り込んで来るだろうよ」
霧島の部下だという男たちの優秀さを考えれば、調査に来る連中が俺のことを嗅ぎ付けるのは時間の問題だ。そして霧島を倒したことも知られれば、次に来る刺客は霧島よりも強いだろう。
―――恐らく、勝てない。
「だが俺を見逃してくれりゃあ、金鬼のことは売り飛ばされたと報告する。そんなヘマをやらかした俺を消しに来るだろうが、まあ、上手く逃げるさ。ここでお前との戦いを続行するよりゃよっぽどマシだ」
「売り飛ばす、て……ああ、そういやアンタ、爺さんのことを「商品」って言ってたな。……外法者を商品呼ばわりたあ、アンタら一体、何者だ?」
「外法者?随分古風な呼び方を―――ああそうか、坊やにそういうことを教えたのは金鬼だもんな。
……坊やのためにもならねえから詳しくは教えねえが、俺たちは所謂「武器商人」だよ。アウトロー、坊やが言うところの外法者は、俺たちが最近扱い始めた商品だ。かなりの高値で取引されててな、部下の一人が金に目が眩んで、いくつか盗みやがったのさ。それを追い掛けてこの街に来たってわけだ。その馬鹿を通り越した命知らずの大迷惑極まるクソ野郎はとっ捕まえたんだが、一つだけ逃げる途中で落っことしたとかほざきやがる。んで、そいつを探してたんだが―――」
「アンタらより先に、俺が偶然、拾っちまった、てわけか」
「そういうこった」
逃げる途中に落っことした。まさかそんな高価なものを盗み出せる人間が、ただ歩いている時にうっかり落っことすとは考えにくい。その時、追われていたのだ。恐らく、追跡者が放った銃弾が、爺さんを閉じ込めていたあの筒にでも当たったのだろう。
確率的には……まあ、とんでもなく低いんだろうな。
「言うまでもなく、アウトローは世間的には存在しないことになってる。だからこそ商品としての価値が高いんだ。それが街のどこかに置いてきぼりにされた。誰かに拾われたらさあ大変。急いで回収しなきゃ」
「しかしその回収は失敗。しかも最悪なことに、商品は一般人に拾われ契約したなんていう、一大事になっていた。だからアンタらは、そのミスを隠すために、さっさと俺を殺して回収しようとした」
「ここまで来たらわかるだろ?俺はまだ今回の件について、ほとんど何も報告してない。これからいくらでも、話をでっち上げることができる。その直後に俺が逃げたとすりゃあ、上は都合良く誤解してくれるだろうさ」
……それなりに、納得はできた。確かに俺が生き残るには、霧島の提案に乗るしかないかもしれない。
「……本当に、アンタのことを信用していいのか」
「どうだかね。案外、全部嘘っぱちかもしれないぜ?」
「よしわかった信じよう」
「わーお、その結論に至った経緯がまったくの不明だぜ」
いや、本当に信用できない奴なら、そんなことは言わないかなー、と。ただそれだけの、根拠なんざ皆無な理由なんだが。
「どっちにしたって、乗るしかねえだろ。他に方法が思いつかん。……そっちのおねーさんも、さっきっからすげえ睨んで来てるし」
「………」
サラマンダーは、俺が妙なことをしないようにか、いつでも襲いかかれるように身構え力を溜めていた。断る、なんて言ったら、その瞬間にこんがり焼かれそうだ。
「……すまねえな、サラ。無理させちまって」
「無理をさせたのは私のほうよ。元々は、私の力不足が原因なんだから」
「……そうか。もっと強くならねえとな、俺も、お前も。これから先、生き残るために」
話しているうちに多少は回復したのか、霧島はフラつきながらも立ち上がる。煙草の煙を吐き出しながら、最初に会った時のような軽薄な笑みを浮かべた。
「んじゃ、そういうことでいいな、坊や?」
「……まあ、仕方ない。色々不安は残るが、他に案もねえしな」
「ククク、今時のガキにしては物分かりがいいな、坊や。ひねくれてそうな見た目のクセに。生き残るには重要な資質だぜ、それは。大事にしな」
「うるせー、俺だって好きでこんなナリしてんじゃねえよ」
この日本人にしてはかなりデカい図体や目が合っただけでビビられる顔や今も白髪が増え続けている元は黒一色だった髪なんかは全部俺のせいではない。
……顔が怖いのは俺にも責任あるかも。
ちょっとだけ。
ちょっとだけな。
あくまでもちょっとだけだ。
色々と気に入らないことに対して睨め付けたりしかめっ面したりしてたから顔が怖くなったと考えれば俺の責任かもしれんが、それが影響するのは顔の肉と皮にだけだ。骨格にはそんなには影響しない筈。
だから俺がいかにも不良っぽい見た目なのは俺のせいではないっ!!
『……何をそんなに必死になっとるのだ』
『うるせえ!俺が今までこの見た目のせいでどれだけ苦労してきたと思ってる!?おかげで中身までそうなっちまったんだぞっ!?』
『生まれついてのモノだと認めたくないだけか……』
……話が逸れたな。今は俺の見た目についてはどうでもいい。
「さて、んじゃあそろそろ、行くとするかね。部下どもも説得なりなんなりしなきゃなんねえし―――その前に、せっかくお膳立てしてくれたのに負けちまったこと、謝らなくちゃな」
「……おい、おっさん」
「あん?」
サラマンダーが姿を消し、霧島がくるりと背を向けたところで、その背中に声を掛けた。
「アンタ、そんなに悪い人間じゃなさそうなのに、なんでこんなことをしてる?」
「おいおい、俺は十分悪人だぜ?……まあそれはいいや、俺がこの仕事をしてる理由か。……ふん」
霧島は、一つ、鼻を鳴らして。
また、軽薄な笑みを浮かべて。
心底、楽しそうな声色で―――
「坊やには、まだ、早いな」
―――そんな、ふざけたことをぬかしやがった。
――――――――――
『くそ、家がやけに遠く感じる……』
『力の使い過ぎだの。外法者は人の想念を糧にしとる。契約者が外法者の力を引き出すには、そして契約した外法者が力を使うには、契約者の想念が必要となる。つまりは精神力だの。お前さんの場合は体力のほうも相当消耗しとるから、余計に辛いかもしれんのぅ』
『そーだな、その説明を聞いてさらに辛くなったぜ……』
つまり今の俺は、文字通り心身共に疲れきっているわけだ。疲れた体を動かす気力さえない。
……それがただの、命の遣り取りによる気疲れだと思ってれば、まだ空元気くらいは搾り出せたかもしれないのに。
『あの廃工場に行く時には、そんなに時間かからなかったのに……』
『そりゃあの鉄馬を追ってたからだろうに。そうでなくとも、追い始めた時には既にお前さんの家から結構離れておったぞ』
『だからそういうことを言うなっての。余計に遠く感じるだろうが』
ああくそ、マジで遠いぞ。なんかもう空が白み始めてるし。
だが俺の必死の行軍により、ようやく家にたどり着いた。見慣れた瓦葺きの屋根が妙に愛おしく見える。
嗚呼、帰る家があるって素晴らしい。
「……ただい「お兄ちゃんっ!!」……なぬ?」
玄関を開けると、そこにはパジャマ姿の薫が仁王立ちしていた。
……どうしたんだ?さすがにまだ、薫が起きる時間よりはかなり早い時間だが。
「よお、薫。随分早起きだな、休日だってのに」
「なんでだと思う?」
「なんでだろうなあ」
真面目さの欠片もない返事をする俺に、薫がムッと眉根を寄せる。
……多分、怒ってるんだろう。パジャマ姿+顔の造りのせいで全然そうは見えないが。
「お兄ちゃん、何か言うことない?」
「おはよう、薫」
「おはよう、おに―――じゃなくてっ!!お兄ちゃん、昨日帰って来なかったでしょ!?」
「帰ったさ。薫は寝てたから、気付かなかったんじゃねえの?」
「起きてたよ。最近お兄ちゃん、なんだか様子がおかしかったから、もしかしてって思って」
「………」
うわヤバいかも。
「お兄ちゃんやっぱり、殺人鬼探ししてたんでしょ!昨日はお姉ちゃんが帰って来ないって知って、徹夜で街を歩き回ってたんでしょ!?僕も徹夜して待ってたから、お兄ちゃんが一回も帰って来てないのはわかってるよ!」
「む、それはイカンな。睡眠不足は体の成長の妨げになる。背が伸びなくなるぞ」
「ええっ!?そ、それホント!?うわっ、ど、どうしよ―――って、だからごまかさないでよっ!!」
「ちっ」
どうやらかなり怒っているようだ。いつもならこの手で一発なのに。
「それにお兄ちゃん、服がボロボロ!良く見れば怪我もしてるし!またケンカして来たんでしょ!夜中に外を出歩くから絡まれるんだよ!?」
「安心しろ、ちゃんと勝ったぞ」
「ケンカしたことが問題なのっ!!」
ふう、どうやら一番心配していたことについては、それほど大騒ぎされずに済みそうだ。既に大騒ぎしてる気もするが。
服については両袖が完全になくなり、靴もなくなり、上下共に所々焼け焦げているが、まあこのくらいは以前もあった。具体的には去年、景虎と一緒に族を潰した時とか、それより更に前、景虎と喧嘩した時とか。
怪我については、爺さんのおかげでそれほど目立っていない。圧倒的な筋力が傷口を強引に閉じたのだ。火傷についてはどうしようもなかったが、ダメージは腕に集中しているので、凶器攻撃をガードしたことによる傷とでも思ってくれたのかもしれない。
むしろ薫より、この家に辿り着くまでの人目のほうが厄介だった。早朝で人自体が少なかったからどうにか誰にも見られずに帰れたが、もし誰かに見られていたら確実に通報され、そして姉ちゃんに処刑されていただろう。
……ちなみに傷が残らないか心配だったが、それについても大丈夫だと爺さんが言っていた。
金鬼との契約の特性として、防御力の維持―――すなわち肉体の復元があるらしい。手足の欠損などの極端なモノでない限り、傷はキレイに治るという便利な特性だ。瞬時に傷が癒えるような規格外なモノではなく、あくまで「キレイに治る」だけで、治る速さは普通の人間より少しだけ速い程度らしいが。
「もうっ、お姉ちゃんが心配するからやめてって言ったのに!結局ケンカもしてるし、怪我もしてるし!」
「大したことねえって、こんくらい。唾付けときゃ―――」
「ちゃんと手当てしなきゃダメだよ!ばい菌入ったらどうするの!ほら、こっち来てっ!」
「おおう?」
服の生地を掴み、見た目に反しそれなりにある力で俺をリビングまで引っ張って行った。椅子に座らせられ、大人しくしてるよう言い付けられた。
薫はクルリと振り返り、それから俺が本当に大人しく座っていることを振り向いて確認し、また前に向き直って早足で歩き出した。救急箱でも取りに行ったのだろう。
『優しいいも『弟な』……弟だのぅ』
『……心配、かけちまったなあ』
『うむ。カヲル、といったか。彼奴、泣きそうな顔をしておったぞ』
……やっぱりか。薫の言動は、本当に怒っていたのもあるだろうが―――それ以上に、溢れそうな涙をこらえるために、わざとあんな態度をとっていたように見えた。
『男は泣いちゃいけない、て思ってんだよ、アイツは』
『カッカッカッ、可愛らしいのぅ』
『そうなんだよなあ。裏目になってるのに気付いてないんだよなあ』
男らしくと頑張る姿が、余計に男らしさから薫を遠ざけているように思える。見てて面白いので教えてやらないが。
そんなことを考えていると、薫が救急箱を抱えて戻って来た。ちなみに我が家の救急箱はかなりデカい。俺がしょっちゅう怪我するからだ。
「はい、お兄ちゃん。腕出して」
「ん」
俺の腕を慎重に取った薫は、一瞬痛ましげに顔を歪め、しかし黙々と治療を始めた。その手付きは手慣れたもので、いつも同じようなことをさせてしまっていることを申し訳なく思った。
『……今夜も出るのか。此奴を残して』
『……ああ。心配させてるのはわかってる。けどさ、殺人鬼が夜にしか出ないなんてことは、決まってない。今まではそうだった、てだけだ。薫の出歩く時間にも、そのうち現れるかもしれない』
『そして、出遭ってしまうかもしれん、と』
『そういうこった。……手遅れになってからじゃあ、心配どころの話じゃねえからな』
『……よかろう。ならば、儂も気張って探さねばなるまいのぅ』
『付き合ってくれるのか?』
『カッカッカッ……まだそんなことを言うか。たとえ成り行きであろうと、儂は「百鬼鼎」と契約したのだ。そして今となっては、共に命を預け合った仲であろう。遠慮などするでないわ』
『……へっ。悪かったよ、爺さん。ならその言葉に甘えてこき使ってやるから、覚悟しろよ』
『おうさ。だが、流石に今日は夜まで休め。体力も精神力も、いい加減限界であろう?』
『ああ、そうするよ。ま、精神力のほうはわからねえが、体力は一日ありゃあ回復すんだろ』
そうと決まれば、今日はもう寝よう。シャワーを浴びたいところだが、もう包帯まで巻かれちまったし、体拭くだけにしとくか。
「……はい、できた」
「おう、サンキュ。……それと、ごめんな、薫」
「そう思うんなら、もう無茶しないでね」
「……まあ、努力は、してみる」
「……もうっ」
その努力にあまり意味がないことは、薫にもわかったのだろう。だが同時に、俺が引くつもりもないこともわかってしまって、プイッとそっぽを向きながら、救急箱を片付け始める。
―――早いとこ、殺人鬼を捕まえよう。いつも心配させっぱなしの弟に、これ以上心配させないように。
そのためにも、今はとにかく、さっさと寝よう。夜になったら、また気合い入れて、街に繰り出すとするか―――
「それと、このことはお姉ちゃんに報告しとくからねっ」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!?」
サラマンダーは、実際(?)には手の平に乗る程度の小さなトカゲ、または炎のように情熱的な美しい女性の姿とされています。
つまり今作のサラ嬢は、私の妄想です。




