その五 開戦の狼煙
今作を書くにあたり、少し妖怪とか調べてみましたが。
多すぎる……!!
殺人鬼探しを始めて、早四日。
―――俺はそろそろ、限界を迎えようとしていた。
「カナちゃん……最近どうしたの?なんだかすごく無理してるみたいだけど……」
「ああ……ちょっとな……」
「……いつもみたいに、強がり言う元気もないみたいだし……」
「ああ……ちょっとな……」
「……同じこと、続けて二回言うし……」
「ああ……ちょっとな……」
「………」
「ああ……ちょっとな……」
「……ホントに、危ないかも……」
「ああ……ちょっとな……」
……ダメだ、意識が朦朧とする。
『小僧……お前さん、大丈夫か?』
『……大丈夫だよ、爺さん。今日は金曜日、明日から二連休だ。今日さえ乗り越えれば、とりあえず、昼は寝れる……』
『……今日を乗り越えられたらのぅ……』
何を言ってる。たかが一日、どうとでもなるさ。
「カナちゃん、前!」
「んあ?」
ゴン!
「………」
……なんだ?急に目の前に電柱が現れたぞ?まさかあれか、ぬりかべの亜種か?
「よお鼎、朝から面白そうなことしてんな」
「あ、相馬君。おはよう、最近ホントに来るの早いね」
「ふっ、俺がちょっと本気出せばこんなもんよ」
「あんまり自慢できることじゃないよ」
なんか聞き慣れた声で色々喋ってる気がするが、まあそんなことはどうでもいい。それよりも俺は寝床に……じゃなかった、学校に行かなきゃならないんだ。
「鼎、お前今日休めよ。死にそうに見えるぞ」
「大丈夫だ。人間は水さえあれば、一カ月は生きられるらしいからな」
「それ睡眠不足関係ねえから」
「やっぱりカナちゃん、休んだほうがいいよ……」
「今日だけだ……後は今日だけなんだ……」
「一体何がお前をそこまで駆り立てるんだ……」
その答はわかりきってるので何も言わんが、まあとにかく、やれるだけやらなきゃな。今までのことから考えると、そろそろ次の―――
「そういや、ニュース見たか?例の殺人鬼。……四人目、だってよ」
「ええっ……?」
「………」
景虎が珍しく真剣な顔で告げた言葉に、ついさっきまでのナマクラぶりが嘘のように、意識が覚醒する。
……くそ。止められなかった、防げなかったか。
………………くそっ。
「舐めた真似してくれるぜ……好き勝手やりやがって」
「……カナちゃん。顔、怖いよ」
「……最近姉ちゃん、ほとんど家に帰ってねえんだよ。どんだけ無理してるんだか。……そこにこんなことされりゃあ、もっと無理するだろ。……それが気に食わねえんだよ」
「シスコンめ、そんなデカいナリして」
「なんだよ、家族大事にしちゃ悪いかよ」
「ううん。すごく良いことだと思うよ」
「うむ、司さんが姉だったら、シスコンになるのも無理ねえよな」
……まあ、自慢の姉ではあるが。色々な意味で。
「つうか鼎、お前が最近いつにも増して眠そうなの、夜中に殺人鬼探しとかしてんじゃねえだろうな」
「さすがにそれはねえよ。んなことして万一姉ちゃんに見つかったら、両脚へし折ってでも外出禁止にされる」
とか言って、景虎の言う通りなんだよなあ、本当は。コイツらにそんなこと知られたら、心配させちまうしなあ。
『お前さん、サラッと嘘吐くのぅ……』
『人間なんだ、嘘くらい吐くさ』
『ふむ……儂ら鬼は嘘吐かんからのぅ。ようわからんわ』
へえ、鬼って嘘吐かないんだ。すげえな。
「まああれだ、明日から休みじゃん?昼寝でもするさ、たっぷりとな」
「……それってつまり、今日も夜中になんかするってことか?」
「んー、まあな。色々あんだよ、俺にも」
「……言いたくねえかよ、そんなに」
「プライバシーくらいあるぜ、俺にも」
「カナちゃん……」
何が何でもごまかそうとする俺の態度に、景虎の視線が鋭くなる。喧嘩慣れ、という意味では俺よりよほど場数を踏んでいるコイツは、その眼力も半端じゃない。
だから俺もつい睨み返してしまったんだが、そんな俺たちの間で柊が、困ったような、悲しいような顔をした。
……そういう顔をさせたくねえから、ごまかしてんのに。
「……ちっ。わあったよ、訊かねえよ。……けど、こんだけは覚えとけよ」
「……なんだよ」
「司さん泣かせたら、承知しねえぞ」
「なんでお前が言うんだよ、俺の姉ちゃんだぞ」
「うるせえな、だからって俺が心配しちゃいけねえのかよ」
「……まあ、別にいいけどよ。姉ちゃんだけはやめとけ。尻に敷かれるぞ、絶対」
「あのキュッと引き締まった美尻に敷かれるのなら本望だ」
「ぶち殺すぞてめえ」
「……カナちゃん。司さんだけじゃないよ、薫君を泣かせても、私、許さないからね」
「……了解。肝に銘じとくよ」
なんか、結局他人に家族の心配されちまったが―――そんなことは言われるまでもない。
……けど、それでも。
これ以上、姉ちゃんに、無理をさせたくねえんだよ。
―――だから。
『爺さん。もうちょっと、付き合ってくれよ』
『おうさ。お前さんの姉とやらのためにも、早いとこ片付けようぞ』
『……ありがとな』
『カッカッカッ……遠慮するな、我が半身。言うただろうが。儂の力、存分に振るえ、との』
ああ、使わせてもらうさ、遠慮なくな。
さあ、とりあえずは学校だ。どうにか踏ん張って、今夜また、街に出なくちゃな―――
――――――――――
「……という作戦だ」
「大丈夫か?上手くいくとは思えないが……」
「相手はガキとはいえ、契約者だ。常識で考えるな」
「それよりも、本当にこっちに来るのか?」
「ああ。この数日、奴の行動パターンを観察した。例の殺人鬼の犯行現場を中心に、人気のない場所をうろついている。昨日、四人目が殺された場所はアジトからそれほど離れていない。俺たちにとっては好都合だ」
「ふむ……」
「それに、殺人鬼探しなんかするくらいだ。青い正義感溢れる甘ちゃんなんだろう。危険人物を見つけて、ほうってはおかないだろうさ」
「……なるほど」
「……決まりでいいか?じゃあ、準備に取り掛かれ。もう時間的な余裕はない、今日で仕留める」
「ああ。……生き延びるぞ。なんとしても」
――――――――――
「………」
夜も更け、日付はとうに変わっている。今までならとっくに帰ってる時間だが、姉ちゃんから連絡があった。
……今日も、帰れない、と。
「………」
心情的には喜ばしいことじゃないが、好都合だ。今日は俺も、徹夜で探す。
『気合い入っとるのぅ、小僧。良い眼だ、鬼にも劣らぬわい』
『アンタほどじゃねえさ、爺さん』
亜麻原市は、街中央の亜麻原駅を中心に発展している。駅周辺には会社や大型百貨店などの大きな建物が多く、離れるに連れ民家が増えて行く。殺人鬼の犯行現場は住宅地から少しずつ移動しており、今回、とうとう繁華街に入った。
『ここら辺は、夜でも人気のある場所が多い。けど路地を一本奥に入れば途端に真っ暗闇、不良やら悪党やらの溜まり場だ。ヤツにとっても丁度良い狩場だろうし、俺にとっても探しやすい』
『ほほぅ、お前さん、意外と考えとるんだのぅ』
『意外と、て……アンタなあ。まあいいけどよ、俺はどうせ、頭使うキャラには見えねえから』
そんなことをダベりながらも、しかし周りを見る目は緩めない。こんな時間になると街に残っているのはガラの悪い連中ばかりで、どいつもこいつも犯罪者面だが―――
『小物ばかりだのぅ。街を賑わす殺人鬼とやらには、とても見えんわい』
『だよなあ……景虎のほうが、まだ雰囲気あるぜ』
『お前さんの友人だったか?あの小僧、身のこなしが並ではなかった。世が世なら、武芸者として少しは名が知れとったかものぅ』
『そんなにすげえのか。確かに今はともかく、爺さんと契約する前じゃ勝てる気しなかったが』
なんでもテコンドーをやってるらしく、蹴りのバラエティがとんでもなく豊富だ。ぶっちゃけ見切れん。
『……いやいや、景虎のことはいいんだよ。今は殺人鬼だ殺人鬼』
『そうさの。儂も鬼の目を皿にして探すとするか』
『わざわざ頭に鬼を付けんなよ』
しかし、なかなか見つかんねえなあ、やっぱ。そもそも、殺人鬼は数日とはいえ、犯行には日を置いていた。二日連続で、なんてことは今までなかった。
そんな周期がいつまでも続くって保証なんかないからこうして出て来たわけだが、やっぱりそう都合良くはいかね―――
『小僧っ!!』
「っ!?」
ガチュンッ!!
「ぐおっ……!?」
な、なんだ!?頭にいきなり衝撃がっ……!?
『ぐ、なんだってんだ……!?』
『小僧、あそこだっ!』
『!?』
爺さんの指差す気配を追って視線を走らせると、1キロ近く離れたビルの屋上に、黒いスーツを着た男が―――
『ちょ、なんで見えるんだ!?これも契約のおかげかっ!』
『んなことは後だ!小僧、あの男―――』
『……な、アイツは……!!』
それは、見覚えのある顔だった。爺さんと契約した時、俺を殺そうとしていた男たちの一人。
『アイツ、警察に捕まってなかったのか!』
『上手いこと逃げおおせたようだの。もしくは、他にも仲間がいたか』
『くそ、ニュース見ねえからわからなかったぜ……!』
銃を持った男が五人も捕まれば、まず間違いなくニュースになるだろう。それが報道されてなければさすがに不審に感じただろうが、そもそもニュースを見てねえんなら話にならん。
『あの野郎、こんな距離で当てやがったのか!』
『二発目、来るぞ!』
『関係あるか、効きゃしねえよっ!!』
男は長いライフルを持っていて、その銃口から放たれた弾丸が恐ろしい精度で俺の眉間にぶち当たるが―――
ガチュンッ!!
『無駄ぁっ!!』
爺さん―――あらゆる武器を跳ね返す防御力を持つ、金鬼との契約者である俺には、そんなまともな武器は通用しない。不意打ちで食らった初撃こそ驚いたが、ダメージ自体は皆無。二発目に至っては怯みもしない。
『街中でこんなもん使いやがって!流れ弾が誰かに当たったらどうする!』
『ならお前さんが全部受ければよかろうよ!幸い奴の腕に間違いはない、避けずに真っ直ぐ突っ込みゃいい!』
『ははっ、いいねえ!好きだぜ、そういうの―――!』
ガチュガチュガチュンッ!!
三連発、全弾命中。おいおいふざけんな、狙撃って難しいんじゃねえのかよっ……!!
『アイツら、軟弱野郎かと思ったら、とんでもねえ一発芸持ってやがんな……!』
『とにかく近付け、でないと話にならんぞ!』
『おうっ!』
ビキリ、と足元のアスファルトに亀裂が入り、俺の体が跳び上がる。街中で全力疾走なんかしたら目立ってしょうがねえ、まずは近場の建物の屋上に上がる!
『おおっ、高え!?』
『この程度、儂の力があれば楽勝よ!』
『頼もしいなあ、爺さん!』
高さだけでも20メートルはあっただろうその大ジャンプにも、男の照準はなんなくついて来た。空中にいるうちに額に一発、着地の瞬間、眉間に一発。
『いい加減鬱陶しいぜ!』
『気にするな、小蝿のようなもんよ!』
『余計鬱陶しいわっ!!』
銃撃を目にだけくらわないよう気をつけながら、建物の屋上を飛び移りつつ近付いて行く。男のいるビルはそれほど高くない、このジャンプ力があれば辿り着ける。
『よし、もうちょい!』
『む!?小僧、あやつ逃げるぞ!』
『へ、あそこから降りるよりゃ、俺のがはや―――』
ウォンッ!!
『『!?』』
夜の街に突然響き渡る、大音量のエグゾースト。
それはビルの屋上に居た、もう一人の男が跨がる―――
「ハ……ハヤブサだとっ!?」
1299ccの大排気量を誇りかつては最高速度において市販バイクの頂点に君臨し後続の新型に最速の座を譲った後も絶大な人気を維持し今もなおスポーツバイクとして極めて高い地位にある名車、ハヤブサじゃないかっ!!
「うおすっげえカッコいいっ!!」
『声出とるぞ!』
『あ、ああ悪い!いや、あんまりにもステキなフォルムしてるもんだから……!!』
しかしあんなところにあんなデカいバイク持ち込んで、一体どうするつもりだ?
『……まさか』
『いやいやまさか、ただの人間が、そんな阿呆なことをする筈が―――』
狙撃していた男が、ハヤブサの後ろのシートに乗る。
そして運転手が、思いっきりアクセルを開け―――
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオウンッ!!
―――ビルから、飛び降りた。
「『うっそおおおおおおおおお!!?』」
――――――――――
『小説よりも夢よりも、事実のほうがよっぽど馬鹿げてるぜっ!!』
『まったくだ、まさか人間の科学がここまで進歩しとるとはのぅ!!』
『いやあれはライダーがイカレてるんだよっ!!』
ビルから飛び降りたタンデムハヤブサは、なんと隣のビルに着地した。そしてどうやってか再びジャンプし、次のビルへ。
『やべえ、カッコ良すぎるっ……!!』
『まるで曲芸よのぅ……!』
少しずつ低いビルへと移動しながら、男たちは逃げて行った。こんなことすれば目立つどころの話じゃないが、ライトを消しているために誰も気付かない。
エグゾーストは近くを暴走族が走ってるとでも思っているんだろう、まさかビルの上走ってるだなんて夢にも思わないからな。
……俺も実際に見なけりゃ信じられん。
『畜生、なんだよこれ、誰か撮影してねえのか!?映画になりゃ絶対見るのに……!!』
『確かに、客は呼べそうだのぅ』
俺も走って追いかけるが、さすがにアレには追い付けない。少しずつではあるが、差が開いていく。
―――だが。
『しめた、もう降りる先がねえ!』
『カッカッカッ、逃げ道を間違えたのぅ!』
男が着地した建物の周りには、それよりも低い建物がない。次降りるなら地面に降りるしかなく、そうなりゃ入り組んだ路地裏をバイクで走ることになる。
当然、スピードは出ない。だが俺は壁を蹴ってコーナーを曲がることでスピードを維持できるし、ジャンプを駆使して建物の上から追ってもいい。
どっちにしても、追い付ける!
『よし、このまま一気に―――!?』
と、思ったのも束の間。男はまたもとんでもねえことをしやがった。
一旦地面に降りて、そのまま加速。その速度では次の角を曲がりきれない。
そして壁に激突した、その瞬間―――
『んな……アホなっ!!?』
『こりゃあ……魂消たのぅ』
―――壁を、駆け上がった。
『確信した、あれは未来から持って来た、オーパーツに違いない……!』
『現実逃避しとる場合かっ!急げ、また離されるぞ!』
壁を登りきったバイクは空中で美し過ぎるロールを描き、再び建物の屋上に着地する。その姿はまさに最速の空の狩人、猛禽の騎士、隼の名に相応しい。
『くそ、ファンになりそうだぜ……!』
『それなら、お前さんの鉄拳でも贈ってやれ!』
『いいねえ、そいつぁ素敵なプレゼントだっ!!』
しかし何度もそのアクロバットを見るうちに、なんとなく、移動先の傾向を掴めてきた。
―――なら。
『爺さん!』
『おうさ!』
俺の呼び掛けに応じ、爺さんから更なる力を与えられるのを感じた。
その力を、脚だけでなく、全身に漲らせる。
腹筋と背筋で、身体をバネのように使う。
腕は振り子だ。思い切り振って勢いを付ける。
それらの力が、最高のところで噛み合った瞬間。
―――全力で、踏み切った。
「だっしゃあああああらああああああっ!!!」
ズゴンッ!と天井を踏み抜いて、俺の体が銃弾のように撃ち出される。
だがそれは、高く飛んだのではない。
低く、鋭く。ほぼ水平に。
奴が隼なら。
こっちは、燕だ―――!
「うううううらあああああああああ!!!」
「なあっ……!?」
脚を突撃槍のように突き出し、男に襲いかかる。直撃すれば粉微塵に吹き飛ぶだろうその一撃。
しかし男は、高速走行中でありながら、しかもタンデムしていながら、とんでもない角度のアクセルターンを決め、その一撃をかわした。
「この、バケモンがっ!!」
「アンタに言われたくねえよっ!?」
男が思わずといった様子で失礼なことを言いやがったので、俺も思わず返してしまった。
その大声もエグゾーストに掻き消され、男はまたも走り出す。
それを追い掛けようとして―――
「……ここは」
『どうやら……誘い込まれたようだのぅ』
男は、バイクに乗ったまま、とある建物に入って行った。
そこは、かなり広い敷地の―――廃工場。
『……打ち捨てられた感が溢れてやがんな』
『こんなに立派なのにのぅ。兵どもが夢の跡、か』
『……ちょっと違くねえか』
その中に入って行くと―――今まで感じたことのない、凄まじい威圧感に襲われた。
「……ぐっ……」
『……気をつけろ、小僧。この感じ、恐らく契約者だ』
『ち……勘弁してほしいぜ、こっちはまだ初心者だってのに』
やべえな、膝が震えそうだ。まあしょうがねえ、喧嘩には慣れてるが―――殺し合いは、初めてだもんな。
『待ち受けておるぞ、お前さんを』
『……なら行ってやるさ。殺人鬼の前の雑魚敵にビビってるわけにはいかねえからな』
バイクのタイヤ痕を追って敷地内を進むと、ひときわデカい建物があった。横に広く、縦にも高い。一体なんの工場なんだか、長くて太い鉄骨やらよくわからん機械やらが大量に転がっている。
―――その、奥に。
「よ、ご苦労さん。ちゃんと連れて来たな」
「死ぬかと思いました……」
緊張感のまるでない笑みでバイクの男を労う、黒コートを着た男が居た。
俺ほどではないが背が高く、全身が厚着をしててもわかるほどに鍛えられている。
立ち姿は完全にリラックスしているのに、どういうわけか隙が見当たらない。
ニヤニヤしている顔には、いくつもの傷があって。
―――参った。想像以上に、強そうだ。
「よう、坊や。百鬼鼎君だっけ?」
「……なんで俺の名前を知ってやがる」
「そりゃ調べたからさ。俺の優秀な部下たちが」
……まあ確かに、優秀だよ。優秀過ぎるくらいだぜ。
「アンタが親玉か」
「まさか、俺もただの下っ端だよ。あれだ、現場責任者ってやつさ」
そう言って、男は煙草をくわえた。その先端を指でトンと叩くと、煙草に火が付き、煙が出る。
『とりあえず、火を操る外法者と契約しとるようだの』
『……それだけじゃ、正体まではわかんねえか』
爺さんでも、他人の契約相手はわからないらしい。向こうが自分から姿を見せるか、能力から推測するしかない。
「なんで俺を狙う」
「んなこと訊くなって、大体予想はついてるんだろ?」
俺の問いに対する、男の答え。
思い当たる節は、一つしかない。
―――爺さんだ。
「坊やが拾ったヤツ。あれな、俺らのなんだわ。返してくれねえか?」
「無理だな。もう契約しちまったし」
「だよな。ならやっぱり、力ずくで奪うしかねえか」
……やっぱそう来たか。俺が死ねば、爺さんとの契約は破棄される。それがコイツらの目的だ。
「けど一応、もう一つ訊いておくぜ。俺たちはお前の家も把握してるわけだが―――家族には手を出さねえから、大人しく死んでくれねえか?」
「………」
……人質、か。
コイツらの仲間が他に何人いるのかわからねえが、あの狙撃手とライダーだけでもとんでもない凄腕だ。そいつらに狙われたら、契約者じゃない普通の人間である姉ちゃんと薫はあっさり殺される。少なくとも、俺をまともに相手にするよりは楽だろう。
―――普通は、その考えで間違いないんだろうが。
「無駄だ、人質なんざ」
「お?なんだよお前、家族見捨てんのか?ひっでえヤツだな」
「違えよ」
見捨てる?そんなこと有り得ない。姉ちゃんと薫は、俺にとっては命より大事なんだから。
ならなんで、人質が無駄なのかと言うと。
「ここに居るのがアンタ一人ってことは、アンタの他に契約者はいねえんだろ?普通の人間じゃあ勝てねえだろうから、今ごろ俺の家にでも向かってるのか?残りのヤツらは」
「おう、その通りだ」
普通ならそれでもう、俺は身動きがとれない。ただ一方的に殺されるだけだ。
―――けど、普通じゃないんだ。
「なら無駄だ。アンタらが何人束になってかかろうが、姉ちゃんには絶対勝てねえ」
コイツらは、姉ちゃんの強さを、恐ろしさを知らない。
姉ちゃんに勝つなんざ、それこそ、普通の人間には不可能だ。
―――つまり。
「安心の安の字は、家に女と書くんだぜ。姉ちゃんがいる限り、あの家は要塞だ」
―――俺が、コイツさえ倒せばいい。
「だから、無駄だ。小賢しいことしてねえで―――来いよ、おっさん。ぶちのめしてやっからよ」
「……威勢の良い坊やだ」
拳を構えた俺に呆れたように溜め息を吐き、男は煙草を投げ捨てた。その煙草が、地面に落ちる前に、灰も残さず燃え尽きる。
「ようし、それじゃあ一応、教えとくか」
そして男も、構えを取る。
拳を持ち上げ、肘を軽く曲げ、胸の前で止める。
右足を引き半身になって、視線は真っ直ぐ俺に向ける。
なんの奇抜さもない、それ故に堅実な、実戦的な格闘技の構え。
「俺は、兵吾」
その瞬間、軽薄な雰囲気はナリを潜め。
眼に鋭さが、全身に覇気が宿り。
「霧島兵吾だ」
そして最後に一度だけ、軽薄さを覗かせて。
「俺と、俺の部下たちのために―――死んでもらうぜ、百鬼鼎」
手首と、指の動きだけで。
―――かかってこい、と。そう言った。
次回、ようやく本格バトル。お楽しみに!
……面白い次回予告とか考えようかしら。




