その四 狩りの始まり
やっぱりオリジナルって難しい……小説家の先生たちに対する尊敬レベルが鰻登りです。
授業中。俺たちの担任であり国語担当である高橋先生の話をノートに書き込みながら、爺さんに気になっていたことを訊いてみた。
『なあ爺さん、教えてくれよ』
『なんだ、小僧?』
『アンタ、契約者と外法者は、魂が繋がってる、て言ったよな』
『ああ、言うたな』
『それじゃあさ―――俺が死んだら、爺さんはどうなるんだ?』
俺と爺さん、どっちが先に死ぬかと言ったら、まず間違いなく俺だろう。少なくとも千年以上生きている爺さんと、人間の俺とでは寿命が違い過ぎる。
『……外法者とその契約者、どちらかが死んだ場合、契約は破棄される。契約者は普通の人間に戻るだけだが、外法者はその時点で自らを世に繋ぎ止めるための依代を失い、存在を消耗し始める。早いとこ新たな契約者を見つけるか、生まれ故郷に戻らねば、当然消滅するのぅ』
『……そうか。けどまあ、いきなり消えちまうわけじゃあないんだな』
それを聞いて、少しだけ安心した。俺と契約した時点で、爺さんの寿命まで決まっちまったわけじゃあないんだ。
『だがまあ、契約者と運命を共にする外法者も、少なからず存在する。互いの魂を繋ぐ〔契約〕……そしてその後の、共に過ごす日々。それらは二人の間に、死を以てしても切れぬほどの絆を生むことも、珍しくないのだ』
『………』
『そもそも契約とは、互いの合意がなければ結ぶことはできん。お前さんも儂と契約する時、それを強く願った筈だ。その根幹にあるのが生の渇望だったとしてもの。逆に言えばあんな差し迫った状況でなけりゃあ、契約する時点で、既にある程度の絆はできておるもんだ』
『へえ……ん?でも爺さん、外法者は契約者にしか見えないし、声も聞こえないんだろ?それでどうやって絆を作るんだ?』
『普通の人間にも姿が映るようにすることはできるのだ。現にお前さんに声を掛けた時は、まだ契約していなかっただろう?そのためには少々力を使う故、あまりに存在が薄れてしまっていると、呼び掛けさえできないがの』
『じゃあ契約してるってことは、それだけである程度の力があるってことなんだな』
『そうとも限らんよ。人間の中には、外法者の存在を感じることが出来る者もおる。極稀だが、感じるどころかハッキリ見える者もな。……霊感、とか言うんだったかの、お前さんらは。とにかくそういう奴らは、誰も知らないような者や人から隠れて過ごしておる者とも出会うことがある。そして絆ができてしまえば、契約に力の大小など関係なかろうよ』
『ふうん……。まとめると、なにかしらあって出会って、色々あって仲良くなって、それから契約するわけだ、普通は』
『うむ。でないと契約相手との性格の相性が最悪だったりするだろう?それはちと辛かろうよ、人にも、外法者にも』
『そうだよなあ。そう考えると、俺も爺さんもラッキーだったよな』
『カッカッカッ……そんなこと、昨日から言うてるだろうが』
確かに爺さんは、自分は運が良い、と何度も言っていた。こうして色々知っていくに連れ、その何気ない言葉にどれほどの意味と重みがあったのか、遅ればせながら気付いてしまった。
……俺はただ、藁にも縋る思いで、爺さんが差し伸べた手を掴んだだけだけど。
爺さんにとっては、一世一代の大博打だったのだ。
そして爺さんは、その結果が俺であったことを、「運が良い」と言ってくれた。
―――それはきっと、自慢していいことだろう。
『ま、お前さんも、儂に惚れられるくらいの漢になれるよう頑張るんだのぅ、カッカッカッ!』
『……へ。気色悪いこと言ってんじゃねえよ』
「おい百鬼、授業中になにニヤニヤしてる」
「……あ」
やっべえ、思わず頬が緩んだところを先生に見つかった。
「ニヤニヤしてません。生まれつきこういう顔なんです」
「平然と嘘をつくな!」
むう……怒られてしまった。爺さんが妙なこと言うからだ、どうしてくれる。
「まったく……最近大人しくなってきたんだ、どうせなら授業態度も改善しろ」
「へーい」
「そういうのを改善しろと言ってるんだ!」
「うーい」
「……コイツはっ……」
頭痛でもするのか、先生は頭を抱えてしまった。仕事熱心な人だ、体調が悪いんなら休めばいいのに。この学校には他にも大勢教師がいるんだから。
「ふん……まあ、居眠りしてないだけまともか―――なあ、相馬ぁ?」
「……んあ?」
ゴギャッ!
「ふぉう!?」
爆睡していた景虎の脳天に、先生の拳骨が落とされる。悲鳴と共に覚醒する景虎に説教をしてるうちに、授業終了のチャイムが鳴ってしまった。
「む……仕方ない、授業はここまでだ」
「ふう、ようやく終わったぜ……」
「相馬、お前には追加の課題を出す」
「なんですと!?」
「ふん、馬鹿め、居眠りなんぞするからだ」
「百鬼、お前もだ」
「なんですと!?」
おいおいマジかよ。勘弁してくれ、これから忙しくなる予定なんだから。
「おい鼎、どうしてくれる!?お前のせいだぞっ!」
「意味わかんねえぞ、居眠り野郎。わかりやすいように三行で説明しろ」
「寝た!
見つかった!
叱られたっ!」
「そのどこに俺の責任があんのかって訊いてんだよっ!」
「もうっ、やめなよカナちゃん、相馬君!二人とも自分のせいで怒られたんだよ?ちゃんと反省しないと」
「「……ち」」
「柊の言うことは聞くんだな、お前ら」
くそ……余計な仕事が増えちまった。仕方ねえ、休み時間フルに使って課題終わらせるか。
バイトは……どうすっかな。……しばらく休むしかねえか。ああ、せっかく貯めた金、使いたくねえなあ……けど殺人鬼の野郎は早くとっ捕まえたいしなあ。
まあ、背に腹は代えられねえ。精々バイト代の分、たっぷりとぶん殴らせてもらうとするか。
――――――――――
放課後。とりあえず、柊とケータイを買いに行くことにした。
店に入った俺たちを、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた女性店員が出迎えた。
「いらっしゃいませ。機種変更ですか?ご新規ですか?」
「ええっと……ケータイ壊れた場合ってどっちなんだ?」
「新規になるんじゃないかな?」
「ご新規ですね。どのような機種をお求めですか?」
「銃に撃たれても「とにかく丈夫で、使いやすいのをお願いしますっ!」……それでお願いします」
危ねえ危ねえ、柊が居てくれなかったら、白い目で見られるところだったぜ。
「……カナちゃん、気をつけなきゃダメだよ。いくら冗談でも、普通の人は銃で撃たれたなんて言われたらびっくりしちゃうよ」
「イエス、マム」
「か、からかわないでよ、もうっ!」
ピッと敬礼の真似をすると、柊は顔を赤くして怒ってしまった。いや、そうやっていちいちリアクションしてくれるのが面白くて。
しかしやっぱり柊は冗談だと思ってたか。……まあ、常識的に考えりゃそうだよなあ。景虎はマジで俺が撃たれたと思ってるだろうが。アイツに常識とか求めるのがそもそもの間違いだが。
「……事実は小説より奇なり、か」
「うん?」
「なんでもねえよ。……さて、早いとこ決めちまうか」
「そうだね。カナちゃん、バイトあるんだもんね」
「……ああ」
今日からそのバイトの代わりに殺人鬼探しを始める、て言ったら―――説教されるだろうなあ、絶対。
「それでしたら、こちらなどいかがでしょう?耐久性では現行の機種では一番です。その代わり少々大きいですが、お客様には丁度良いかと」
見るからに頑丈そうなゴツい見た目の機種を勧められたので持ってみると、なかなか手にしっくりくる。今まで使っていたヤツは、俺にはちょっと小さかったからな。
簡単な説明を聞いてみると、機能的にも使いやすそうだった。少し古い世代の機種らしく、値段も手頃だ。
……うん、気に入った。これにしよう。
「じゃあそれで」
「わかりました。料金プランはどういたしますか?」
「安いやつで」
「かしこまりました。それでは手続きをしますので、少々お待ちください」
「カナちゃん、私もちょっと見てくるね」
「おう」
店員が書類を取り出すと、柊は他のケータイを見に行った。その後ろ姿を見送ってから前に向き直ると、店員がなにやら楽しげな笑みを浮かべていた。
「可愛い彼女さんですね」
「違います」
……なんかこの手のこと、何度か言われたことがある気がする。そのたびに否定してるが、そんなに俺たちは恋人同士に見えるのか?
「あ、す、すいません。とても仲が良いようでしたので……」
「いや、いいですよ。よく勘違いされるんで」
そう応えながら、髪に―――白髪が大量に混じった髪に触れる。
この髪のおかげで(態度が悪いのもあるが)、俺は何度も不良だと間違えられて来た。別にそれについてはどうとも思わないが、そんな俺と恋仲だなんてのは、柊に失礼だろう。
……今では本当に不良だしな。
「それでは、ここにサインをお願いします」
「はい」
「……ええと……すいません、なんとお読みすれば?」
「……ナキリです。ナキリカナエ」
……やっぱ珍しい名前だよなあ、これ。百鬼と書いてナキリとか、知らなきゃ絶対読めねえぞ。
『爺さんも言ってたけどさ。こんな名前の俺が爺さんと契約したってのも、面白い縁だよなあ』
『ふむ。それなりに由緒のある名だぞ、そりゃあ。昔、お前さんと同じ姓の男に会ったことがある』
『へえ、どんなヤツだったんだ?』
『そりゃもう強かった。儂らに喧嘩売りに来ての、応じてやったら仲間が何人もぶった斬られたわ。鬼を撫で斬ったその勇姿に、百鬼の名を贈られたのだ』
『……………………人間か?そいつ』
化け物どころの話じゃねえぞ、それ。
しかしそんなとんでもなさ過ぎる御仁と同じなら、珍しくて面倒だと思ってたこの苗字も、少しは気に入るかもしれねえな。
『……つうかそれじゃあ、爺さんにとって仲間の仇じゃねえのか、そいつ』
『カッカッカッ!喧嘩で負けたことを恨んだりはせんわい。酒と喧嘩は鬼の大好物よ、儂らと真っ正面からやり合って勝てる猛者だ、皆気に入っとったわ』
『……わかんねえなあ、鬼の感性ってのは』
そんな話をしてるうちに、手続きとやらは済んだらしい。細々した説明の後に、携帯を渡される。
「よー、柊。終わったぞ」
「あ、うん。それじゃ、行こっか」
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしてます」
カコカコとケータイをいじりながら店を出て、とりあえず柊とケータイ番号とメアドを交換し、柊から景虎のも教えてもらう。薫と姉ちゃんのは、帰ってから薫に教えてもらおう。
「……よし、OK。んじゃな、柊。今日はありがとな、助かったぜ」
「おやすいご用だよ。それじゃあね、カナちゃん。また明日!」
「おう」
手を振って元気良く歩き去って行く柊。俺もケータイの使い心地を確かめながら家路につく。
―――さて。
「始めるか、爺さん―――殺人鬼狩りを」
『おうさ。この儂を差し置いて鬼を名乗るなんぞ許せんからの。久々に、ひと暴れといくかのぅ!』
殺人鬼の動機なんざ、どうでもいい。だがこの街を狙ったことだけは許さねえ。
お前が狙いやすいよう、夜の街を徘徊してやるからよ。
―――かかって来いや、クソ野郎。
――――――――――
―――と、勇んでみたは良いものの。
『やっぱそう簡単には、いかねえよなあ……』
『まあ、一人で探すってのは、流石に無理があったかもしれんのぅ』
そろそろ日付も変わる時間だというのに、怪しい人影なんざまるで見当たらなかった。
囮捜査という警察にはできない手段でなら、効果があるかと思ったんだが。殺人鬼のおかげで夜はかなり人気が少なくなってるし(今日まで気付かなかったが)、俺の容姿は目立つから、すぐに食いつくと思ってたんだが。
『お前さん、人間にしてはなかなかの強面だからのぅ。怖じ気づいとるんじゃないのか?』
『そんなヤツが三人も殺すかよ。顔もガタイも関係ねえ、人間なんざ刺されりゃ死ぬんだから、後ろからグサリと来るさ』
『お前さんには刺さらんだろうがの』
『そこが狙いさ。突き立てたナイフが刺さらなけりゃ、さすがに驚くだろ。その隙をついて捕まえる』
という作戦だったのだが、良く考えてみれば、殺人鬼に遭う確率なんて滅茶苦茶低いよなあ……。
『向こうに狙わせるだけじゃなく、こっちからも探せりゃいいんだがなあ。殺人鬼のツラなんざわかんねえし』
『それについては、儂が教えられるかもしれんぞ』
『へ?』
『血に飢えとる輩ってのは、独特の気配を放つもんだ。既に何人か殺しとるから、血の臭いも隠しきれんしの。ある程度近くに寄ればわかるだろうよ』
『へえ……なるほど、さすがは歴戦の鬼。頼りになるぜ』
しかし、今日はもう帰ろう。これ以上続けて姉ちゃんより遅くなると、殺人鬼探しどころじゃねえからな。
……最悪、我が家に鬼より恐ろしい怪物が降臨する。
「……ただいま~」
玄関を開けて家に入る。……よし、姉ちゃんはまだ帰ってない。しかし連日こんなに遅くまで仕事してんじゃ体が心配になるな。
「……さっさと、捕まえねえとな」
ギリッ、と思わず歯を噛み締めていた。
……明日の朝、いつもより早く起きよう。姉ちゃんを起こさないように抜け出して、いつも新聞配達が終わる頃まで殺人鬼探しだ。
……睡眠時間、相当短くなるなあ。だが姉ちゃんは、それよりもっとキツい仕事してんだ。俺が弱音吐くわけにはいかねえ。
「……寝よ」
『寝ておけ。もしそれらしいのがこの家の近くを通ったら教えるから、今は少しでも寝ておけ』
「……そういや、爺さんは寝なくていいのかよ」
『体がないからの。飯もいらんわ、食えなくはないがの』
「へえ……便利なもんだな」
『たまには酒でも飲ませてくれんかのぅ』
「そのうちな……」
自室にたどり着き、ベッドにダイブ。あっと言う間に眠気が襲って来て、そのまま―――
――――――――――
鼎が殺人鬼を探して、夜の街を歩き回っている時。
その姿を、物影から気配を消して伺っている男がいた。手に携帯電話を持ち、何者かと話している。
「おい。例のガキ、どんなだって言った?」
『身長190センチ、髪は黒と白、筋肉モリモリ、マッチョマンのクソガキだ』
「―――見つけたぞ。間違いない、そんな目立つガキは二人といないだろう」
『……気をつけろ、感づかれるな。行動パターンを把握して、慎重にコトを運べ』
「わかってる。まずは家まで尾行する」
『了解。……頼むぞ、俺たち全員の命がかかってるんだ』
携帯電話をしまい、男は歩き出した。気配も足音もなく、夜の闇に溶け込んで、鼎の歩みに続いて行く。
そして、鼎がとある家へ入るのを確認し。
―――夜の闇へと、消えて行った。
――――――――――
「うおおお……眠い……」
睡眠時間、二時間。やべえ。一日ならともかく、これが続いたら絶対やべえ。
「おはよ、カナちゃん!今日……は、すごく眠そうだね……」
「……おはよう、柊。今日もいい天気だな」
「カナちゃん大丈夫!?いつもとセリフが違うよ!?」
「大丈夫だ……大丈夫過ぎて目がギンギンだぜ……」
「それ絶対大丈夫じゃないよっ!」
若いうちは一日くらい徹夜しても平気だって言うが、普段から寝不足気味だからな。堪えるぜ……。
「ど、どうしたの?」
「まあ、色々あってな……」
朝礼やホームルームはともかく、授業中だけは寝たことなかったんだが、今日は寝ちまうかもな……。
「……カナちゃん、保健室で少し休ませてもらったほうがいいよ」
「大丈夫だって……少し休めば良くなるからよ……」
「ああっ、話が理解できてないっ……!」
失敬な。国語の成績はそれなりに良い俺に対してなんてことを言うんだ。
足元がフラフラと覚束ないものの、なんとか学校に辿り着く。
……良かった、今日も笠田は校門に居ない。今は顔を見ただけでぶん殴っちまいそうだ。
「あー、早く夜になんねーかなー」
「まだ朝だよ、寝るには早いよ!」
「あれー、月ってあんな明るかったっけなー」
「あれは太陽だよ!今はまだ朝なんだってば!」
日本って確かシェスタとかいうのがあったよな。うむ、古き良き日本文化万歳。
「おーっす。よう鼎、今日で三日目……てどうしたお前!?すっげえ隈できてんぞ!?」
「よう、景虎。おやすみ」
「マジでどうしたお前!?」
あーもーうるせえなー。寝かせろよ、眠いんだから。
「……お前寝てろよ。ヤバい目してるぞ、薬キメてるみてえな」
「薬か……欲しいな……」
「……本格的にマズいな、コイツ」
「保健室に連れて行こうか……」
いやいや、その必要はない。俺はまだ戦える。
「……まあ、あれだ。隙見て寝ろよ、今日くらいは」
「うん……今のカナちゃんを見れば、先生もあんまり強く言えないよ」
「……そーだな」
まあ、寝れるだけ寝よう。先生には申し訳ないが、限界だ。
……けどこんな状態が、しばらく続きそうなんだよな。……怒られるだろうなあ……。
(仕方ねえ、ここは……)
『爺さん……頼みが、あるんだ……』
『おうさ。なんだ?』
『俺の代わりに、授業受けてくれ』
『無茶言うな』
そろそろ本格的にバトる予定です。
異能バトル、果たして上手く書けるかどうか……。




