九話 惨事
ある昼。
帳簿をめくっている私の元に、バタバタと慌ただしい足音が近づいてきた。
「姐御ーッ、大変です!」
「どうした。」
「芋が、芋が走り回ってる!……っ痛え!こいつ噛むぞ!!」
……まず端的に意味がわからん。
「何だって……?おい説明しろ。」
「何って、言葉の通りです!!!」
その悲鳴に被せるように、外の畑から叫び声が聞こえてくる。
「姐さん!畑が!!ちょっと来てください!!」
「助けてお頭ーッ!!」
私は即座に詰所を飛び出した。
畑に辿り着く。
芋は走り回り、ニンジンは飛び跳ねている。
腕ほどの太さになったウリの蔓は鞭のように暴れ回り、
何名かは、巨大化したカボチャに食べられかけている。
私は状況が飲み込めず、しばし沈黙した。
「……何だ、これは。」
「大豊作だねー、姉さん。」
フランがのほほんと応える。
確かにそうだな、いや違う、そうじゃない。
「イアン、どう見る。」
「……どうやら魔物化しているようですね。」
「……の、ようだな。まあいい分析は後だ。」
私は仲間を飲み込まんとするカボチャに近づくと、拳で強かに殴り割った。
所詮野菜は野菜。強度自体は大したことはない。
「ぐえっ……た、助かった!」
何度か同じ作業を繰り返し、食われていた連中は救出した。
周りは相変わらず阿鼻叫喚の有様で、走り回る芋を回収しようとして噛みつかれたり、ウリの蔦と格闘している物が多数。
「……おい。心当たりのあるものは。」
「何もしてません!!!!」
うちの連中が口々に無罪を訴える。
「……面白えことになってんな。」
「ヴォルフか……面白くはないが見ての通りだ。」
野次馬が一人増えた。
面白くて仕方がないという顔をしている。
「……そういや、昨日坊ちゃんをこの辺で見たな。」
「……ほう。」
……間違いない。あいつだ。
証拠はないが変な確信がある。
「……フラン。領主を連れてこい。」
「はーい。」
そう経たないうちに、アーノルドが来る。
奴はこの惨事をしげしげと眺めて、やおら口を開いた。
「……何だ、これは。」
だろうな。ごく自然な反応だ。
「……それはこっちが聞きたい。なあ、貴様何かしてないだろうな。」
アーノルドはしばし沈黙し、はたと何かに気がついたような顔をした。
「乾いているようだったので水を撒いたな。」
「井戸水か?」
「いや、魔法で。」
―――バゴッ!!!!
私がアーノルドの頭をぶん殴る鈍い音が辺りに重く響いた。
……反射的に手が出ていた。
「………。」
「……だっははははは!!やったな嬢ちゃん!!!!」
「あはは!!あはははは!!」
「殴っ、た………?」
「…………。……。」
フランとヴォルフは笑いが止まらず、オーウェンは青い顔で戦慄いており、イアンは何とも言えない顔で眉間を押さえてため息をついた。
やってしまったな、とは思った。
しかし。私は怒りの冷めやらぬままアーノルドをどやしつけた。
「―――貴ッ様、馬鹿か!!」
「……? すまん。」
「土地が魔力焼けして野菜が魔物化したんだ、自分の魔力量の自覚がないのか、この馬鹿!!」
「ああ、そういうことか……すまない。」
「……………。」
やけに素直に謝られて、何だか毒気を抜かれてしまった。
「……あー。殴ってすまなかった。」
「いや、いい。私が悪い。とりあえずは全部燃やして……」
「今度こそ土地が死ぬからやめろ馬鹿!!」
「む、そうか。」
アーノルドが物騒なことを言い出したので、慌てて止める。
……悪気がないのはわかった。
こいつは単に門外漢なだけだ。
私は深くため息をついた。
「……分からないなら、聞け。こういうのは少なくとも私たちの方が詳しい。」
「……ああ、分かった。」
ここまでの付き合いでなんとなく分かって来たが、アーノルドは意固地な男ではない。
そして一度覚えれば同じ轍は踏まない賢明さも、持ち合わせている。
「……さて。」
素直に頷いたアーノルドをその場にとどめ置き、私はかがみ込んで地面に手をついた。
そして、土地の余剰な魔力を一気に吸収する。
一番手っ取り早いが土壌に負荷が掛かるので、あまりやりたくないのだが……被害を考えるとそうも言っていられない。
暴れていた野菜達がたちどころに沈黙し、そのまま力無く地面に転がる。
ひとまずこれで静かにはなった。
「……また土づくりからやり直しだ。貴様も手伝えよ。」
「ああ。」
身分に不釣り合いな雑用を言いつけられたというのに、
アーノルドの様子は、なぜだか上機嫌にも見えた。




