八話 制圧
ワイバーン討伐から暫く経った頃。
久方ぶりに、我々に仕事が回ってきた。
辺境領の外れ、交易路に隣接している古い砦が宗教団体を名乗る連中に占拠された。
一応は兵を置いていたとのことだが、数の暴力で圧倒されたのだそうだ。
「……で、どうだった。」
私は報告に戻ってきたイアンに問う。
イアンはやれやれと肩をすくめ、愉快そうに目を細めた。
「救済を信じる敬虔な信徒は、何も知らない末端のものだけです。実際は教典より帳簿の方が遥かに厚い。」
「なるほど、金か。」
「宗教団体は単なる隠れ蓑です。信者には救済を謳って寄進を強要し、裏では交易路を通る商人を襲って通行料を巻き上げている。東から流れてきた違法薬物売買も、東への兵器の密輸もなんでもござれです。」
「なんとも有害だな。」
「ええ、ですから遠慮なく潰してしまってよろしいかと。」
別に私が行っても良い。良いのだが、領主にうちの連中の能力を示す良い機会かもしれない。
「……今回は、お前達だけで十分だと思うが、どうだ。」
私がそう問えば、イアンはますます上機嫌な笑みを浮かべた。
「ええ、勿論です。色よい成果を持ち帰りますよ。」
……砦奪還作戦の決行当日。
私は詰所に残って、借りてきた遠見の鏡で砦を見ていた。
その名の通り、遠くの景色を映す魔道具だ。
非常に扱いが難しく魔力も食う骨董品だが、私が使う分には問題ない。
……鏡の向こう、それは静かに始まった。
見張をしていた男の首が、音もなく落ちる。
これはフランの仕業だ。魔力糸を巻きつけて首を切断した。
あいつは私よりも、こういう細かい調整が上手い。
私でもあそこまで繊細な仕事はなかなか難しい。
さて、これで侵入を知らせる見張りはいない。
隠し通路から中へと潜り込んでいたイアンが、門を開く。
先だっての潜入の成果として、この砦の構造は既に網羅済みだ。
うちの荒くれどもに教えたところで内部構造など覚えないだろうが、イアンとフランが分かっているだけで問題はない。
荒くれには荒くれの、別の仕事がある。
「―――辺境伯軍だ、投降しやがれ!」
扉を蹴破り、暴力で制圧する。実にシンプルだ。
……待てよ。あいつら今、奪還するべき砦の設備を壊したな?
……あとで本人達に修理させよう。
私は鏡に魔力を流して、映す座標を調整する。
砦の内部では、既に乱戦が始まっていた。
向こうの手勢には、東から流れて来たのであろう獣人や竜人もいる。
彼らは膂力や頑健さに優れるが、それはうちの連中とて同じ。
得意の喧嘩殺法で殴り、蹴り、引き倒し、投げ飛ばす。
私と散々組み手をやっているのだ。対人戦闘ではまず負けはない。
戦闘の様子を分析しながら眺めていると、奥から新手が現れた。手に手に禁制の魔導兵器を携えている。
これは荒くれどもにとってやや分が悪いが……こちらにはまだ奴がいる。
「ぶち殺してやっ………ゴボッ、ゴッ……!」
イアンの魔法だ。突如として現れた水球が敵の顔を覆い、たちまちに呼吸を奪う。
兵器を持った連中は、程なく全員沈黙した。
「うわー、苦しそ。イアン性格悪ーい。」
「心外ですね。屋内制圧向けの魔法が他になかったのですよ。これ以上砦を壊すわけにもいきません。」
先ほど扉を壊した荒くれが、バツの悪そうな顔をしたのが見えた。やっと気づいたらしい。
「それよりフラン殿。首尾は?」
「あは、誰に聞いてるの?これ、なーんだ。」
フランが後ろ手に持っていた何かを掲げる。
間違いなく首魁の首だ。
どうやら、身体の方は邪魔だから置いてきたらしい。
「……お見事です。」
こうして今回の仕事が上々の結果に終わったのを見届けた時、首元の魔道具に通信が入った。
「こちらフラン。終わったよ。」
「ああ、お疲れ。此方からも見えていた。」
「怪我人は?」
「何名か軽傷を負っていますが、深刻ではありません。」
「分かった。イアンもご苦労だったな。」
「もったいないお言葉です。」
砦内部の情報を報告させ、二、三指示を出すと、私は魔道具との接続を切った。
そして、帰ってくるあいつらの飯を作るべく、炊事場へと向かった。




