六話 討伐(挿絵あり)
今日もまた、執務室のアーノルドに飯を持っていった。
そして食べ終わった食器の乗った盆を携え部屋を後にしようとしたその時、扉をノックする音が響いた。
アーノルドが応答すると、兵士長のオーウェンが入ってくる。
ここ一月ほどですっかり馴染みとなった男で、あのヴォルフの弟子だという。
「領主殿!……ノーラ殿も居られたのですね。……あの、それは?」
「飯だ。気にするな。」
「……なるほど。……領主殿にご報告が。」
アーノルドが続きを促す。
……オーウェンの報告によれば、交易路にワイバーンの群れが出るようになり、商人の馬車を襲うようになったとのことだった。
「被害の程度は。」
「交易商の馬車が二度、乗合馬車が一度襲われたと。人死には今のところ出ていないとのことです。」
「そうか、分かった。準備が出来次第、ヴォルフと小隊を率いて向かえ。あとは……」
アーノルドがこちらを見る。
「ノーラを連れて行け。」
「……御意に。私としてもノーラ殿がいてくださるなら心強いです。」
残るイアンたちに留守を任せ、出立の支度をする。
動きの邪魔にならない革製の装備一式を身に纏い、私は城門へと向かった。
ヴォルフは既に支度を終えており、オーウェンは兵士たちに支度を進めさせている最中だった。
城門の柱にもたれ掛かって待機する私の耳に、兵たちの会話が聞こえてくる。
「半精霊だって?」
「おい聞こえるぞ……」
声を潜めてはいるがこちらには筒抜けだ。
まあ、精霊との混血児など滅多に見るものでもないし、珍しいのだろう。
事実なのでこちらもいちいち食ってかかったりはしないが、やはり色眼鏡で見られるというのは気分のいいものではない。
……三刻ほどで、現地に着く。
なるほど、付近の岩場を寝ぐらにしているのであろうワイバーンが、十頭ほど群れて飛んでいた。
「……ほーん。あの群れ、どいつもまだ若造だな。御しやすくていい。」
「いや、どうやって見分けてんですか。」
「見りゃわかんだろ。」
「アンタだけですよ。」
ヴォルフが分析し、オーウェンがそれを聞いて呆れた声を出したが、何となくヴォルフの言いたいことはわかる。
鱗の色艶や翼の傷の少なさもそうだが、成熟したワイバーンの群れと比較すると、集団統率に若干の粗があるように見える。
「……そら、ぼさっとしてんな。来るぞ。」
そう言いつつ、真っ先に飛び出したのはヴォルフだった。
「師匠!先行しないでくださいよ!」
「嫌なこった!」
オーウェンが叫ぶが、端っから聞く気のないヴォルフがまっすぐに敵方へと駆ける。
単騎で突出したヴォルフをカモと見たのか、一頭のワイバーンが飛びかかるが、次の瞬間には片翼を切り裂かれて地に落ち、トドメを刺された。まず一頭。
仲間を殺されて殺気だったワイバーンの一頭が、部隊に向かって突っ込んでくる。
「下がって。」
オーウェンが兵を下がらせ、構える。
衝突の刹那、重い踏み込みと共に両刃斧が振り抜かれ、二頭目のワイバーンが袈裟に切り裂かれた。
「……ノーラ殿は上空の個体を頼めますか。」
「まかせろ。」
私は畳んでいた翼を広げ、上空へと飛び上がった。
ワイバーンが勢いよく此方へ飛来する。
「……[風よ]。」
私が精霊の言葉で風を呼ぶと、周囲に強風が吹き荒れ、取り囲んでいたワイバーンの体勢を大きく崩した。そのまま何頭かが地上へと落ちていく。
落ちた個体は、地上で待ち構えていた兵達とオーウェンにより危なげなく屠られた。
(さて。)
魔素を全身に巡らせつつ、私は周囲を見る。
残るはあと四頭。
私は一番近い一頭に狙いを定め、一気に距離を詰めた。
体勢を立て直される前に翼を掴む。
そして思い切り振り回すと、勢いのままヴォルフに向かって力任せに投げ下ろした。
「ッハハ、ありがとよ嬢ちゃん!」
ヴォルフのバスターソードが閃く。
……あと三頭。
勢いよく飛びかかってくる一頭を横に飛んで避ける。
すれ違いざま身を捻り、後頭部に蹴りを叩き込む。
そのまま宙返りの要領で一回転し、踵落としの要領で地面に向けてたたき落とす。
「ああもう、無茶をする……!」
オーウェンの両刃斧がすかさずその首を落とす。
あと二頭。
怒り狂った一頭が、私を噛み殺さんと口を開けて迫る。
私は突っ込んでくるそいつに向かって片腕を突き出した。
「[焔よ]。」
炎が逆巻き、ワイバーンを包む。
耳障りな悲鳴と共に落ちていったその個体を、オーウェンの指揮する兵達が処理する。
さて。残るは。
私は顔を上げた。
……最後に残ったのは、羽ばたきながらこちらを窺う、一際大きな個体。
この群れの主だ。
突っ込んではこない。
こちらも突っ込まない。
僅かの睨み合いののち、相手が先に動いた。
魔力の乗った咆哮。平衡感覚が揺さぶられたところに、相手が突っ込んでくる。
すんでのところで躱す。
そのまま勢いよく身を捩ったワイバーンの尾がこちらへ飛んでくる。
それを掴んで止めると、投げ飛ばして距離を取る。
相手は魔力をもつ生物。ならば……。
体勢を立て直した私は、相手に向き直ると正面からその懐に突っ込んだ。
ワイバーンの巨体に手を触れ、掌から魔素を吸い上げる。
魔力の操作は半精霊の私の得意とするところだ。
相手は逃れようと身を捩るが、もう遅い。
吸い尽くすまでに、およそ三秒。
ワイバーンの巨体が、ゆっくりと傾き、地響きと共に地面へと堕ちた。
ワイバーンはもういない。
私は小さく息をついた。
「あ……あれが、半精霊のノーラ……」
最近入った若い兵が、呆けたように呟く。
「……ノーラ殿の前でその呼び方は御法度ですよ。」
「えっ」
「機嫌を損ねますから。……ああ、言わんこっちゃない。」
オーウェンが兵を嗜めたが、最初から全部聞こえている。
振り返った私の顔を見て、若い兵士は小さく悲鳴を上げた。
……人を何だと思っているのか。至極心外だ。




