↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/40

五話 困惑

食糧庫を出て、広間に出る。

私はその辺を掃除していたメイドに声をかけた。


「少し良いか。」

「はい?」

「領主の食事は、誰が作っている。」


……続くメイドの言葉に、私は自分の耳を疑った。


「……旦那様は、食事を必要とされておりません。」

「……は?」


少食だと言うのならわかる。食事を抜きがちだと言うのでもまあわかる。

だが、必要としていないとは何だ。


「……食べることができない、と言う意味だろうか。」

「……いえ?来賓があれば、お召し上がりになられております。」


……ますます分からない。

どうやら食べること自体はできるらしい。


「そもそも味覚がない、とか?」

「さあ……。そこまでは存じ上げておりませんが……。」


「そうか……呼び止めてすまなかった。」

「はあ。」


きょとんとしているメイドを置いて、私は階段を上がった。

本人に聞いた方が早い。


執務室の扉を軽く叩いて、返事を待たず開ける。

いつも通り、アーノルドがいる。


「どうかしたか。」

「……聞きたいことがある。」

「何だ。」


「貴様、食事をしないのか。」

「……?ああ。」


答えるアーノルドの声は、さも当たり前と言った調子であった。何か問題でもあるのかと言いたげだ。


「味覚がないのか。」

「いや?」

「空腹にはなるのか。」

「……最近は感じないな。」


「いつから食べていない。」

「……二年ぐらいか。」


私は眉間を押さえた。正直理解が追いつかない。


「……何か問題があったか。」

「いや、いい……だいたいわかった。仕事中に邪魔したな。」

「いや、構わないが……。」


執務室を出て、私は深くため息をついた。

何だかどっと疲れた気分だ。

そしてそれ以上に……


「気に食わん。」


私はまっすぐ詰所の炊事場へと向かった。

ちょうど夕餉の仕込みをする時間に差し掛かっている。


今日の夕餉は、肉の入ったシチューだ。

あとは、今日買ってきたばかりの黒パンもたっぷりある。


手始めに野菜と肉を適当な大きさに切って、次々と鍋へ放り込む。

先に炒めてから水と香辛料を入れて煮込み、葡萄酒を入れてまた煮込む。


「……姉さん、なんだかずいぶん多いね?」

「まあな。」


フランが鍋を覗き込んで首を傾げた。

当然だ。およそ普段の倍は量がある。

まあ、どうせ余っても明日誰かが食べるのだから、多くて困ることはない。


煮込み終わったら、しばし寝かせて味を馴染ませる。


その間に厨房からやたらでかいボウルを拝借して来た。

凝った意匠を見るに、アーノルド用だろう。


そこに鍋のシチューを温め直してなみなみとよそう。

大ぶりな黒パンも二つほど皿に乗せる。


そしてそれらを盆にのせると、私はそれを持って詰所を出た。

……執務室の扉を軽く叩く。


「領主、少し良いか。」

「ああ。」


扉越しに声をかける。

返答を確認し、私は部屋へと入った。


「何かあったか……、……それは?」


「飯だ。」

「……。誰の?」

「貴様の分だ。他に誰がいる。」


「私は、別に食わなくても死なないが……。」

「それは聞いた。」


問題はそこではない。


「穀潰しだろうが人でなしだろうが、飯は食うものだ。職務を全うする者が飯を食わん道理はない。」

「……そういうもの、だろうか?」


アーノルドが珍しく困惑しているが、別に理解されなくても構わない。

ただのこだわりの話だ。


「で、食うのか。要らないなら別にそれで構わん。」


アーノルドは少し間を置いて、盆に手を伸ばした。


「……いただこう。」


……食事をするアーノルドの所作は、外見に似合わず端正だった。

澱みなく作法をこなすし、食べ方も綺麗だ。


だが、どこかぎこちない。

本当に食べていなかったのだな、と妙な実感が湧いた。


「……、美味い。」

「そうか。大層な料理でもないがな。足りそうか。」

「……ああ。」


「明日も食うのなら、持ってくるが。」

「それは……手間だろう。」

「もともと大所帯だ。何人分仕込もうが大して変わらん。」


アーノルドはしばし考え込むようなそぶりを見せ、こちらを見た。


「……頼めるか。」

「分かった。」


そのまま盆を受け取り、執務室を後にする。


仕事は間違いなく増えたのだが、不思議と悪い気はしなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。