五話 困惑
食糧庫を出て、広間に出る。
私はその辺を掃除していたメイドに声をかけた。
「少し良いか。」
「はい?」
「領主の食事は、誰が作っている。」
……続くメイドの言葉に、私は自分の耳を疑った。
「……旦那様は、食事を必要とされておりません。」
「……は?」
少食だと言うのならわかる。食事を抜きがちだと言うのでもまあわかる。
だが、必要としていないとは何だ。
「……食べることができない、と言う意味だろうか。」
「……いえ?来賓があれば、お召し上がりになられております。」
……ますます分からない。
どうやら食べること自体はできるらしい。
「そもそも味覚がない、とか?」
「さあ……。そこまでは存じ上げておりませんが……。」
「そうか……呼び止めてすまなかった。」
「はあ。」
きょとんとしているメイドを置いて、私は階段を上がった。
本人に聞いた方が早い。
執務室の扉を軽く叩いて、返事を待たず開ける。
いつも通り、アーノルドがいる。
「どうかしたか。」
「……聞きたいことがある。」
「何だ。」
「貴様、食事をしないのか。」
「……?ああ。」
答えるアーノルドの声は、さも当たり前と言った調子であった。何か問題でもあるのかと言いたげだ。
「味覚がないのか。」
「いや?」
「空腹にはなるのか。」
「……最近は感じないな。」
「いつから食べていない。」
「……二年ぐらいか。」
私は眉間を押さえた。正直理解が追いつかない。
「……何か問題があったか。」
「いや、いい……だいたいわかった。仕事中に邪魔したな。」
「いや、構わないが……。」
執務室を出て、私は深くため息をついた。
何だかどっと疲れた気分だ。
そしてそれ以上に……
「気に食わん。」
私はまっすぐ詰所の炊事場へと向かった。
ちょうど夕餉の仕込みをする時間に差し掛かっている。
今日の夕餉は、肉の入ったシチューだ。
あとは、今日買ってきたばかりの黒パンもたっぷりある。
手始めに野菜と肉を適当な大きさに切って、次々と鍋へ放り込む。
先に炒めてから水と香辛料を入れて煮込み、葡萄酒を入れてまた煮込む。
「……姉さん、なんだかずいぶん多いね?」
「まあな。」
フランが鍋を覗き込んで首を傾げた。
当然だ。およそ普段の倍は量がある。
まあ、どうせ余っても明日誰かが食べるのだから、多くて困ることはない。
煮込み終わったら、しばし寝かせて味を馴染ませる。
その間に厨房からやたらでかいボウルを拝借して来た。
凝った意匠を見るに、アーノルド用だろう。
そこに鍋のシチューを温め直してなみなみとよそう。
大ぶりな黒パンも二つほど皿に乗せる。
そしてそれらを盆にのせると、私はそれを持って詰所を出た。
……執務室の扉を軽く叩く。
「領主、少し良いか。」
「ああ。」
扉越しに声をかける。
返答を確認し、私は部屋へと入った。
「何かあったか……、……それは?」
「飯だ。」
「……。誰の?」
「貴様の分だ。他に誰がいる。」
「私は、別に食わなくても死なないが……。」
「それは聞いた。」
問題はそこではない。
「穀潰しだろうが人でなしだろうが、飯は食うものだ。職務を全うする者が飯を食わん道理はない。」
「……そういうもの、だろうか?」
アーノルドが珍しく困惑しているが、別に理解されなくても構わない。
ただのこだわりの話だ。
「で、食うのか。要らないなら別にそれで構わん。」
アーノルドは少し間を置いて、盆に手を伸ばした。
「……いただこう。」
……食事をするアーノルドの所作は、外見に似合わず端正だった。
澱みなく作法をこなすし、食べ方も綺麗だ。
だが、どこかぎこちない。
本当に食べていなかったのだな、と妙な実感が湧いた。
「……、美味い。」
「そうか。大層な料理でもないがな。足りそうか。」
「……ああ。」
「明日も食うのなら、持ってくるが。」
「それは……手間だろう。」
「もともと大所帯だ。何人分仕込もうが大して変わらん。」
アーノルドはしばし考え込むようなそぶりを見せ、こちらを見た。
「……頼めるか。」
「分かった。」
そのまま盆を受け取り、執務室を後にする。
仕事は間違いなく増えたのだが、不思議と悪い気はしなかった。




