四話 違和感
辺境領は豊かな場所だ。
その象徴である領城も、機能的には必要十分と言っていい。
……だが、ひと月ほど過ごしていて気づいたことがある。
ここの使用人や兵士たちの働きは、必要十分だが、必要最低限だ。
義務は果たす。だがそれ以上はしない。
もっと言えば、主人への反抗はないが、忠誠がない。
……例外は家令ぐらいだろうか。
少なくとも彼は毎日領主の執務室に書類を運び、顔を合わせている。
多少は会話をしているところも見る。
だが他はどうだ。領主と言葉を交わすところをついぞ見たことがない。
兵士は鍛錬はしても熱量が薄い。
使用人達も働きはするが、仕事はややおざなりだ。
そして、アーノルドの方からも全く声をかけない。
これはある種不気味だ。
例外がないわけではない。
ヴォルフなんかはアーノルドに気安く声をかけているし、兵士長の男も顔を合わせれば同じく挨拶ぐらいはする。
他が静かすぎるのだ。
自分の置かれた環境を、思い起こしてみる。
うちの連中は私にも気安く声をかけるし、必要ならば反論もする。
フランやイアンは細かいことによく気がついて、それを私に話してくれる。
みんな互いの仕事に文句を言ったり助言をしたりもする。
つまりは、互いに関わりがある。
時には煩わしくも思うが、それはあったほうが自然なものだ。
―――この城には、それがない。
アーノルドはほぼ一日中執務室にいる。
いつ行ってもいる。だが家令以外と出くわすことはない。
……どうにも引っかかるので、ヴォルフに聞いてみた。
「……ヴォルフ、ここの連中はずっとこうなのか?」
「こう、ってのは?」
「主人に対して無関心がすぎるだろう。」
「ああ……少なくとも俺が来た時からこうだったな。」
「何かあったのか。」
「さあ?俺は聞いたことはねえな。」
アーノルドは確かに普通ではない。
というか、正しく化け物だ。
血筋からして、本来禁忌視される混血を厭わない、異常者の系譜。
規格外の魔力量があり、その巨躯がもつ膂力もまたとんでもないだろう。
……だが、実際に奴がしている仕事自体は驚くほど地味だ。
書類をさばき、視察をし、書類をさばき、街の生活基盤を支える魔力炉に魔力を供給し、また書類をさばく。
少なくとも、私に見えている限りでは。
……というか、どの時間帯に執務室を訪れても、アーノルドは大概同じ様子でそこにいる。まるで置物か何かのように。
いっそ、日毎に高くなったり低くなったりする、奴の周りの書類の山の方が生物みがあるぐらいだ。
そう。言うなれば生活感がない。
本人も本人で不気味だが、周りもまた不気味。
……アーノルドの仕事は、領地経営だ。
そして、見ている限り、奴はそれを高い水準でこなしている。
感謝されたり敬われたりしていれば、まだわかる。
恐れられ、忌み嫌われたり、憎まれたりしていてもまあわかる。血筋が血筋だ。
だが此処はどうだ。アーノルド自身はそこにいるのに、「居ない」のに近い。
城でも、領地でも、アーノルドは話題に上がらない。
整備された住環境、流通する商品の質、街の治安。
それらを評価する声は聞こえてくるのに、それを作った者の存在には誰も触れない。
……我々の生活自体は、問題なく回っている。
誰も飢えていない。
前よりずっと良い食事をとっている。
環境も必要十分だ。
清潔な水があり、寝床があり、風呂にも入れる。
生活の道具は過不足なくあり、手入れも行き届いている。
自身の待遇には、不満はない。
だがどうにも気持ち悪さが残って仕方ない。
……そしてあるとき、食糧庫の在庫を確認していて、ふと気がついた。
これで足りるのだろうか、と。
普通に考えれば、潤沢な備蓄である。使用人も、兵たちも、私たちにも、十分に行き渡る量に見える。
だが。
アーノルドのあの巨躯に見合った備蓄量ではない。
あの男が三食相応の量の食事をとっていれば、これでは到底足りないだろう。
(……まさか、な。)
そうだ。いつ執務室を訪れても、アーノルドが食事をしているのを見たことがないのだ。
「……。」
私は踵を返し、食糧庫をあとにした。




