三話 観察
……暇だ。
辺境領に来て早半月。
日々うちの連中を鍛えたり、飯を作ったり、見回りをしたり、掃除をしたり。
最近ではアーノルドに許可を取り付けて、詰所の裏に広い畑も作った。
それでも、なおこの手持ち無沙汰である。
今も、うろついていたら壁のヒビが気になったので、補修する道具を借りてきたところだ。
道具の場所を聞いたら、家令に訝しまれた。
……ここの領城は堅牢で、機能は整っているが、整備は最低限といった印象を受ける。
少し埃っぽい空き部屋や、今直している壁がいい例だ。
「……頭ぁ、何してるんで?」
「ここのヒビが気になった。……午前の警邏は終わったのか。」
「へい。終わってやすぜ。」
「ならいい。」
暇をさせておくと碌なことがないので、うちの連中には城近辺の警邏をやらせている。
有事に働けとは言われたが、有事などそうしょっちゅう起きるものでもない。
この半月では、交易路に出る物盗り集団を捕まえたり、逃げた家畜の回収をした程度だ。
残りの時間は訓練所で他の兵士やヴォルフと手合わせしたり、無駄に蔵書の多い書庫で本を読んだりしている。
……部外者を城の書庫に入れていいものかは疑問だが、領主が良いというのならば良いのだろう。
そしてその領主は、執務室にいて書類を片付けていたり、領地を守る結界の保守作業をしていることが多い。職務に忠実な男といった印象だ。
……初めの頃は、領外にいた頃の前評判との違いに些か肩透かしを食らった気分になったのを覚えている。
領外で聞く噂には碌なものがない。
曰く、冷酷で悪逆無比、強さを得るためなら手段を選ばない。
曰く、不興を買うと拐われて実験材料にされる。
曰く、感情も心も持たない存在である。
そんな評判がごまんとある。
実際のところは肩透かしもいいところで、少なくとも実験台にはされていない。
アーノルドはこちらが声をかければ普通に応じるし、無理難題をふっかけられたこともない。
仕事の報告や相談をすれば必要な措置を取るし、大体のことは許可する。
……私を拾った意図は分からずじまいだが、それは別にどうでもいい。
少なくとも今私は死んでいないし、仲間の安全も保証されている。深く考える必要もない。
「……それにしても、頭ぁ。領主のやつ、噂ほどやばいヤツでもなかったですね。」
「まあな。少なくとも実験台にされていないのは確かだ。」
「ははっ、違いねえ。」
さて、壁の修繕が終わった。
「少し街へ出てくる。」
「へい、行ってらっしゃい。」
私は片付けを終えると、街へと繰り出した。
暇にあかせ、これまでにも何度か足を伸ばして街を散策したが、辺境領は当初想像していたよりも随分と平和なところだった。
初めは、辺鄙な果ての土地だと思っていた。
その実、交易路が引かれているため程々に賑わっていて、結界付きの城塞都市であるが故に守りも堅固である。
土地の人間も、皆飢えておらず穏やかだ。
農民達は少なくとも搾取にはあっていないように見える。
市場では威勢の良い客引きの声が響き、景気が良い。
子供達らは大人を伴うことなく、笑いながら走り回っている。
そして平和であると同時に、想像以上に豊かだ。
まず生活基盤が整っている。
路は完全ではないが整備されて、壊れていない魔力式の街灯が並び、水に困ることもない。
市場に立ち寄れば、大概のものが揃う。
獣肉や皮、果物、種類豊富な野菜、薪、果ては魔道具の稼働に使う魔石まで。
鍛冶屋に並ぶ武具や道具も良質で、農具の手入れのために頻繁に客が訪れ、賑わっている。
……市場に差し掛かった時、声をかけられる。
「よう、姉ちゃん。今日も買い出しか?」
顔馴染みになった八百屋の店主だ。休憩中らしい。
「ああ。今日は何がある。」
「葉物野菜がたくさん入ってるよ。」
「そうか、……芋はあるか?」
「おう、裏に置いてあるよ。またまとめ買いだろ?」
「ああ、助かるよ。」
八百屋に寄って、葉物野菜と芋と果物を買って行く。
……ここらの野菜は、なんだか妙に質がいい。
この後は肉屋で支払いを済ませて、品は午後になったらうちの連中に回収してもらおう。
「……。……?」
……そもそも食客として来たはずなのに、私は何をやっているのだろうか。
考えても仕方ないので、私は考えるのをやめた。




