二話 領城(挿絵あり)
私たちは、馬車で丸二日かけて目的地へとたどり着いた。
……アーノルドは何も聞かないし、私も話さない。
ここは辺境領、……正しくはブルートブルク辺境伯領。
「血の城砦」の名で知られる、禁忌の一族の領地……というのが一般的な認識だ。
馬車は小高い丘を登ってついに領城へと辿り着く。
門の手前で馬車が止まり、アーノルドの後に続いて、私も馬車を降りた。
……門番らしき男が顔をあげこちらを見る。
「……おう、おかえり坊ちゃん。やっぱり連れてきたか。」
「……?」
アーノルドに気安く声をかけるその男の顔を、私はしげしげと見た。
どこか見覚えのある髭面に、狼の耳。
側には長年使い込まれたバスターソード。
私の知っている姿より幾分か老けているが……
「……ヴォルフ?」
「おう、嬢ちゃん。久しぶりじゃねえか。」
知己だ。……点と点が線で繋がった。
「……お前の差金か。」
「人聞き悪ぃな。……ま、悪い話でもないと思うがね。」
おそらくヴォルフが領主を差し向けたのだろう。
相変わらず、腹の中が読めない男だ。
思い出したように、ヴォルフがアーノルドに話しかける。
「ああ、そうだ坊ちゃん。客が来てるぜ。」
「……客?」
「おう、あっちに……」
ヴォルフが指す方向から、バタバタと大人数の足音がして……
「頭ァー!!」
「よかった生きてた!!」
「……は?」
逃したはずのうちの連中が、居る。それも全員。
何故、此処に居るんだ。
私は命懸けで逃がそうとしたのに。
「……逃げろと、言ったはずだが?」
額に青筋を立てて問いただす。
「……おい、イアン。私は逃せと言ったはずだ。」
「面目ありませんノーラ殿。誰もいうことを聞かないものですから。」
白金の髪を揺らし、にこやかにそう答える眼鏡の男。名をイアン。
奴には逃げのびた後の取りまとめを頼んでおいたのだが、どうやら失敗に終わったらしい。
むしろこいつが焚き付けたのではないだろうなと、私は眉を顰めた。
そして。
「……姉さん。無事でよかった。」
一番いて欲しくなかった者も、居る。
妹のフランだ。
「フラン……、お前は特にいて欲しくなかった。」
「ふふ、ごめんね姉さん。」
彼女の鴇色の髪が揺れる。
私と同じ珊瑚色の瞳でこちらを見つめ、フランは柔らかく微笑んでみせた。
私は深くため息をついて、アーノルドに向き直る。
「……領主。」
「何だ。」
「こいつらを害するなら、私はお前に従わない。」
「分かった。」
……あっさり了承された。拍子抜けだ。
「……人手は多いほど良い。」
「……そうか。」
釈然としない気分で、私はうちの連中に向き直る。
「……仕事の話を詰めてくる。お前達大人しく待ってろ。」
「はい!姐御!!」
口々に元気な返事が返ってくる。ああもう、怒るのも疲れた。
……アーノルドがヴォルフの方を見て、口を開く。
「……ヴォルフ、彼らを詰所へ。」
「あいよ。」
そして、アーノルドが此方を見る。
「では、此方に……名は。」
「ノーラだ。」
そうか、と短く応えると、相手もまた名乗る。
「アーノルドだ。」
「ああ、知ってる。」
根城の近郊の都市を収める領主なのだ。
知らない方がおかしい。
歩みを進めるアーノルドの後について、歩く。
辿り着いた先は、応接間。
椅子に座ると、単刀直入に奴はこう言った。
「食客として、お前を迎え入れたい。」
「……私の仲間はどうなる。」
「……此処にいて構わない。今まで通り、貴殿にまとめてもらえれば良い。」
好都合だ。条件としては破格。
「……。何をすればいい。」
「有事に動いてくれれば、それで構わない。対価は……仲間の分を含めてこれでどうだ。」
「……。……?」
思わず額面を二度見する。目眩のする金額である。
「足りないか。」
「ああ、いや……十分だ。」
「……後で案内させるが、食糧庫は好きに使え。足りなければ家令に言え。」
「……分かった。」
これで食糧についても解決した。
……辺境領は何も無いところだと思っていたが、案外財政には余裕があるとみえる。
その後気になることを二、三問答した後、家令に連れられて空き部屋へと案内された。
詰所に近い方がいいと言ったら、あっさり聞き入れられた。
……与えられた部屋を見渡す。
清潔なベッド。簡素だが品のいい調度品。
長らく使われてなかった部屋の埃っぽい匂いは多少あるが、思っていたよりも上等だ。
一通り城の中を案内された後、家令に詰所の場所を聞き、そちらに赴いた。
「姐御!」
「頭ァ!」
「姐さん!」
と口々に私を呼ぶ声。
「お前ら……まあいい説教は後だ。」
詰所を見渡す。
私にあてがわれた自室より設備は質素だが、ベッドがあり、炊事場もあり、おそらく奥に風呂もある。
これまでよりも、生活の質は確実に上向くだろう。
「……はぁ。……飯にするか。食材を運ぶのを手伝え。」
「お頭ぁー、酒は?」
「却下だ、馬鹿。」
場所も境遇も大きく変わったのに、驚くほどにいつも通りだ。
「……まあ、悪くは無い……のか。」
こうして、我々の辺境領での暮らしが始まった。




