三十九話 後始末
「……。」
……ようやく息をついた私は、しげしげと片手を見た。
先ほどから全身を覆う燐光は、一向に消える気配がない。正直邪魔だ。
「……消えるのか、これは。」
ものは試しだ。私は目を閉じて、魔力をゆっくりと収束させた。先ほど触れた魔力の奥底に、再び魔力を巻き込んでいくイメージだ。
……溢れ出していた魔力は徐々に吸収され、燐光は薄らぎ、やがて完全に消えた。
「……よし。」
「……それ、戻せるんですね。」
「……ああ、オーウェン。どうやらそうらしい。」
背後から声をかけてきたのは、オーウェンだった。
随分とボロボロの様子だ。
ここまでオーウェンは前線の指揮を取り、敵将を討ち、そして城での攻防に駆けつけた。ろくに休みもせずにそれだけの働きをしたのだ。この有様も無理からぬことだろう。
「……まだ動けそうか。」
「まあ、何とか。」
「捕虜と怪我人の対処を頼む。」
「ええ。」
私は胸元のペンダントからヴォルフに通信を入れた。
「ヴォルフ。聞こえるか。」
「おう、片付いたか。」
「ああ。……此方の後始末はオーウェンがする。外は仕切ってもらえるか。」
「あいよ。無理すんなよ。」
「ああ。」
続けて、砦のタルトへ。
「タルト、聞こえるか。」
「……副官さん!!」
「そちらの様子はどうだ。」
「うん! 大丈夫!! ……空におっきい魔法陣が見えたけど、みんなは……?」
「残念ながら、無事とは言い難い。……だが、ちゃんと終わった。よく頑張ってくれたな。」
「……そっ、か。」
「……正式な伝令は後で送る。一度切るぞ。」
「うん。」
次いで、砦内にいるうちの連中へ。
「お前ら、私だ。」
「姐御っ……ご無事で!!」
「一応な。そちらの怪我人は。」
「居なくはないですが、重傷者はいやせんぜ。」
「そうか。後で報告の伝令を送るから、それまで皆を頼むぞ。」
「了解です、任されました!……あーもう、お前らうるせえって!!」
まだ背後でがやがやと言っている声が聞こえるが、私はここで通信を切った。
私は早足で城内へと向かった。
床に倒れたまま兵に囲まれているフランに歩み寄り、見張りに声をかける。
「ご苦労。下がっていいぞ。」
「はっ!」
……フランは倒れたままで、ぼんやりと視線だけで此方を見上げた。
貼り付けられた呪符を剥がし、背中に手を当てて魔力の循環を整えてやると、酷かった顔色が幾分かマシになった。
「……本当、お人よしだね。」
「……お前もな。」
フランを助け起こし、肩を貸してやる。
「……形式上、拘束はさせてもらう。」
「うん。」
そして空いている部屋に運び込み、兵に用意させた魔道具で両手足を拘束した。
「……姉さん。」
「何だ。」
「……ううん、何でもない。」
「……そうか」
歯切れの悪い問答に後ろ髪を引かれつつ、私は広間へと戻った。
倒れているイアンを、オーウェンが見張っている。
「……オーウェン。この場は私が引き継ぐ。」
「分かりました。無理はしないでくださいよ。」
「……ああ。」
イアンは倒れたまま力無く此方を見上げ、嬉しげに微笑んだ。
「……ノーラ、殿。」
「……。」
「……やはり、貴女は誰よりも強く、そして美しいのですね。」
私は屈み込み、イアンを仰向けに寝かせてやった。
「……私は、そんなに大層な奴じゃない。」
偽りない本心だった。
私はただ、出来ることをしていただけだ。
今も昔も、ずっと。
だが、イアンは少し思案するように目を閉じ、また微笑んでこう言った。
「……いいえ、私にとっては、そうなのです。」
私は兵を呼び、イアンにも魔道具による拘束を施した。
もっとも、今のイアンに魔術を使うだけの魔力は残っていないだろうが。
……ここで、聞き慣れた足音が近づいてくるのが聞こえた。
ヴォルフだ。
「……嬢ちゃん、戻った。」
「ヴォルフ……捕虜の移送は。」
「あぁ、問題ねえ。段取りはできてる。……坊ちゃんは。」
「無事とは言い難いが、とりあえず寝かしてある。」
「そうか。ならいい。」
ヴォルフはそのまま、捕虜の移送を監督するべく再び外へと出ていった。
オーウェンの方は、そろそろ片がつきそうだ。
……ならば。
私は翼を広げ、真っ直ぐに砦へと飛んだ。
砦が近づくと、こちらの姿を認めたうちの連中が、大きく手を振る。
私はそのまま正面入り口に降り立ち、砦内へと進む。
避難所になっている一番広い区画へ足を踏み入れると、既に人が集まっていた。
緊張した面持ちで私の言葉を待つ領民や守備隊の連中、そしてタルトに向かって、私は姿勢を正してこう投げかけた。
「……辺境伯軍はこの度の防衛戦に勝利した。戦は終わりだ。」
一瞬の静寂ののち、わっと歓声が上がる。
タルトやうちの連中、果ては領民たちまでが押し寄せ、私は揉みくちゃにされた。
わあわあ泣いているタルトの頭を撫で回しながら、私はしばらくの間、されるがままになっていた。




