三十六話 辺境伯
―――城内の防衛は、苦戦を強いられた。
此方は領城が壊れれば困る。
一方で敵方に、その制約はない。
被害を抑えようと立ち回るが、既に壁には大穴が開き、柱はところどころ抉れている。
そして私もまた、正直なところ攻めあぐねていた。
私を牽制する槍兵たちの連携に乱れはなく、イアンに近づこうとするたびに、槍の穂先が閃き行手を阻んだ。
一人敵兵を屠っても、その穴を即座に別の兵が埋める。恐るべき練度だ。
「……[穿て、雷]」
「………チッ!」
そしてその連携の合間に、的確にイアンの魔術が飛ぶ。
執拗に放たれるそれを、すんでのところで避け続ける。
これでは攻めるどころではない。
既に何度も攻撃が掠り、手足には浅い切り傷が幾つもできていた。
「……[風よ]ッ!!」
私は活路を見出そうと風を呼ぶが、イアンの結界により防がれる。……完全に読まれている。
炎は……おそらく無駄だ。イアンが向こうにいる以上、確実に対策されているだろう
―――不意に、城外の空が光った。
崩れた壁の向こう、領地の真上に、巨大な魔法陣が展開される。どうやら広間外にも、魔術師の集団がいたらしい。
「―――ッ!!」
あれは、まずい。
あれが発動すれば、辺境伯領の街は間違いなく壊滅する。
「―――アーノルド!!!」
私が叫ぶと同時、アーノルドが、床を蹴った。
そして正面の集団を長剣の一薙ぎで薙ぎ払うと、そのまま外へと飛び出していった。
……敵は何故か、アーノルドを追わなかった。
必然、アーノルドが引き受けていた攻撃が一斉に此方に向けられる。
これではイアンを狙うどころではない。
雷が飛び、炎が巻き上がる。
万が一にも翼をやられないよう、避けるにもいちいち神経をすり減らす。
「[雷よ]ッ。」
牽制に撃った魔術が、敵兵を何名か巻き込んだ。
私は飛び回り、敵を撹乱しながら思考を巡らせる。
そして私の視界の端。
城門の側に、アーノルドが立っている。
アーノルドは、静かに掌を天に向かって翳した
「……[来い]。」
……それはもはや、魔術ですらない。
純然たる魔力が放たれ、魔法陣全体に広がる。
アーノルドが選んだのは、圧倒的な魔力による術式の相殺。
アーノルドの魔力が干渉し、チリチリと徐々に魔法陣が焼き切れ始める。
時間はかかるが、恐らくは消滅させられる。
行ける。
外はアーノルドに任せれば良い。
なれば、私の役割は城内の敵兵を抑えることだ。
私は敵勢から一度大きく距離をとって、素早く聖霊の言葉を紡いだ。
「……[逆巻け、風よ]。」
イアンの結界が展開されるが、想定内。
庇いきれなかった兵たちを吹き荒ぶ強風が飲み込み、広間の上空へと巻き上げる。
そのまま強かに壁や床に叩きつけられ、敵兵は動かなくなる。
結界が解けた瞬間に、私は乱れた敵の隊列に向けて突っ込んだ。
一人、二人と首を掻き切り、
三人目の鎧の隙間から喉を突き、床を強く蹴る。
「[風よ]。」
風を呼び、さらに敵の隊列を大きく乱す。
「ッ、[穿て、雷]。」
イアンが雷を放つが、これも想定内。
半身でそれを躱し、奴に向けて更に突っ込む。
食えない笑みを浮かべるイアンの結界が、私の剣の刺突を阻む。
「……流石はノーラ殿。」
「……。」
飛びずさって距離を置き、私はイアンを睨みつける。
……その時、アーノルドの背後の空に、見慣れない魔法陣が展開された。
そこに顕れたのは、巨大な銛。
「………!!」
―――文献でしか見たことのない、対竜兵器。
恐らくは、召喚魔術の一種で別の地点から喚び出したのだ。
禍々しく魔術紋様の浮かぶその銛先が、静かにアーノルドに向けられる。
アーノルドは、動かない。
……恐らくは気づいているのだろうが、動けない。
上空の魔法陣から、手を離すことができないからだ。
領地を犠牲にすれば、アーノルドは助かる。
だが、あの男はそれを選ばない。
魔法陣が明滅し、凄まじい轟音が響く。
「―――アーノルド………ッッッ!!!」




