三十五話 姉妹
「総員、撃て。」
敵指怜官の号令により、魔法部隊がアーノルドを足止めする。
複数名での魔法兵器行使。
眩ゆい豪雷が何条もアーノルドに襲いかかる。
その攻撃でアーノルドが死ぬことは無いだろう。
だが、城への被害を考えれば、不用意に動くこともできない。
「……さて。」
敵の指令官の男が、私に向き直った。
「随分、驚いていらっしゃるようですな。」
男はフランをちらりと見て、続ける。
「此れは、貴女の妹君ではないのですよ。」
怪訝な顔をする私に、男はこうつづけた。
「……言うなればタチの悪い亡霊のようなもの……はるか昔に名を剥奪され、東を追放された存在です。」
フランが、微かに顔を顰める。
「……名の剥奪によって、ただ消えるのを待つだけの存在でもある。それが、死んだばかりの貴女の妹君の身体に宿り、少しばかり永らえた、というわけです。名を返してやると言ったら、簡単にこちらにつきました。」
フランは顔を歪め、苦々しげに口を開いた。
「……分かったでしょう。アンタの妹は、とっくに死んでたってこと。」
そして、吐き捨てるように続ける。
「私は……アンタの妹じゃない。あの時からずっと……!」
その顔は、声は、どこか苦しげだった。
……私はただ一言、こう答えた。
「……知ってたよ。」
「…………え……?」
……瀕死のフランを抱えて家を飛び出したあの日を、忘れたことはない。
医者に担ぎ込んで、ようやく目を覚ましたフランは、私を見てこう言った。
……『姉さん』と。
「……フランは、私のことを"お姉ちゃん"って呼んでたんだ。」
「……じゃあ……何で……」
「……そうだな、私には……お前が必要だったから。」
フランがへたり込む。もう戦えないことは、見ていれば分かった。
……私はイアンへと視線を移した。
「イアン、言いたいことはあるか。」
「いいえ、ノーラ殿。」
その口元にはいつもの笑みが浮かんでいたが、その眼は冷たい光を宿しているように見えた。
「そうか、然らば討つ。」
私は翼を広げ、イアンへと飛びかかった
私が剣を振るい、イアンが護符の結界でそれを弾く。
イアンの符術結界の魔力は自然の状態からかなり変質しており、私の吸収能力とは相性が悪い。
何とか隙を縫って一撃を叩き込もうとするが、奴はそのことごとくを読み、的確に阻んだ。
その背後では、魔法兵が数名がかりで魔力を練っているのが見える。
……聞き慣れない言葉で紡がれる詠唱。
その全ては聞き取れないが、高位の術式であることは間違いない。
背後に、大きな魔力の気配がした。
その刹那。
「ッ……、姉さんッッッ!!!」
フランが叫んだ。
咄嗟に身を翻した私の脇腹を、魔法陣から放たれた巨大な金属杭が掠め、肉を抉った。
……直撃していれば、間違いなく命に関わっただろう。
金属杭はイアンの結界に弾かれ、敵方後方へと飛んでいった。そして城の石壁に突き刺さり、大きな音を立てた。
イアンが微かに目を細める。
「フラン、……ありがとう。」
フランはひどく驚いた顔で、ただ呆然と此方を見上げていた。
イアンがおもむろに、隣でへたり込んでいるフランへと手を伸ばす。その手には見慣れない符。
「……寝ていていただきます。」
「……っ!!」
フランが小さな悲鳴と共に崩れ落ちる。
生きてはいるようだが、苦しげな表情で倒れ込んだまま、動けなくなっているようだ。
「フランっ!」
「……安心してください、ノーラ殿。殺してはいません。」
イアンは微笑をたたえたまま、事も無げにそう言ってのけた。
倒れているフランと目が合う。
その指先が、微かに浮く。
その手が私に向かって、力無く伸ばされる。
その唇が、微かに動いた。
声は聞こえないが、彼女は確かに私を呼んだ。
『姉さん』と。
「……ああ、待っていろ。」
……私はイアンへと向き直り、再び剣を構えた。




