三十四話 痛打(挿絵あり)
それは、突然に訪れた。
タルトの警報器がけたたましく鳴り響き、城内への敵の侵入を報せる。
私は指揮をとっていた部屋を飛び出し、まっすぐアーノルドの元へ向かった。
広間に辿り着くと、侵入した敵勢力とアーノルドが、ちょうど鉢合わせたところのようだった。
アーノルドは執務室から出たところに静かに立ち、広間の敵を迎え撃った。
「……[霜よ]。」
アーノルドのただ一言で、たちまちに広間全体が凍りついた。
あちこちに氷柱が出現し、壁が厚い氷に覆われる。
……恐らくは、これでも本気ではない。城を壊さないように加減をしている。
私では、その短い詠唱ではせいぜい数人を凍てつかせるのが関の山だろうから、やはりこの男は規格外だ。
敵方の一団も、アーノルドの魔法で氷漬けになったかに思えた、が……
―――パキッ
バラバラと、敵の一団を覆っていた氷の薄膜が剥がれ落ちる。
結界に守られて難を逃れていた様子だ。どうやら、向こうには腕のいい術師がいるらしい。
「……お初にお目にかかります。西の辺境伯閣下。」
一団の中央より、規則正しい軍靴の音と共に一人の男が歩み出る。
長身に、軍人らしく刈り上げた頭髪。その顔の中心にあるのは、感情の読めない単眼だ。
男は慇懃な態度でアーノルドに挨拶をするが、対するアーノルドはそれを黙殺した。
「……。」
男は特に動じる様子もなく、広間からアーノルドを見上げている。
私はアーノルドの側まで飛んでいき、男を睨め付けた。
アーノルドがようやく口を開く。
「……何用だ。」
「単刀直入に申し上げましょう。我々は領主殿の身柄と、この土地が欲しい。」
訝しげに目を細めたアーノルドに、男は淡々と話し続ける。
「西を攻略する為の橋頭堡としても勿論だが、貴方自身とこの土地にも計り知れない利用価値がある。」
「辺境伯の一族がこの地に供給し続けた魔力が、土地を潤してきたことにはお気づきでないですかな。良質な魔石、魔鋼窟、不作地帯にありながら肥沃な土地。……これらは魔力の供給により、本来利用しようのなかった地下深くの魔素溜まりが励起された結果の産物だ。」
「そして閣下本人にも大きな価値がある。この城塞都市を保つ魔力炉、西方攻略の為の戦略兵器、そして民への人質として。」
この侵攻の目的が全て詳らかにされた。
(……ああ、そうか。)
―――全て、合点がいった。
痩せた辺境の土地にありながら、良質な作物の育つ土壌。
クラーケンを巨大化させる魔素濃度の地底湖がある魔鋼窟に、中央をはるかに上回る品質の魔石。
アーノルドが、そしてその一族が、この都市の結界に魔力を注ぎ続けた結果生まれたものだったのだ。
「如何でしょう。こちらに降るのであれば、民草の安全は保障いたしますよ。」
感情の読めぬ顔のまま、男はこちらを窺っている。
その声音には、温度がない。
ただ、利用価値のある品を値踏みしている。
―――なればこそ、気に食わない。
この男達は知らない。
畑を駄目にした領主アーノルドの姿も。
酒を飲んで笑うヴォルフの姿も。
胃が痛そうにするオーウェンの姿も。
魔石を抱えて嬉しそうにするタルトの姿も。
此処で笑い、働き、生活してきた、うちの連中の姿も。
交渉ではない。これは脅迫だ。
……黙って相手の演説を聞いていたアーノルドが、静かに口を開いた。
「ノーラ。」
「ああ。」
その声に怒りはない。焦りもない。
それに短く応えると、私は二言三言精霊の言葉を紡ぎ、片手を前に翳した。
「……[風よ]ッ!」
鎌鼬が吹き荒れ、敵方に襲いかかる。
しかし、それも再び結界に阻まれる。完璧なタイミングで。
これでは埒があかない。私が腰の剣を抜き放ち、飛びかかろうとした、―――その時。
……私の放った魔法の余波で、術師のフードが滑り落ちた。
見慣れた白金の髪が、さらりと溢れる。
「イアン……?」
……どうして、お前がそこに居る。
その背後から、線の細い人影が歩み出てくる。
「……警備の兵は、全部片付けたよ。」
その声は、聞き間違いようがない。
……私と同じ、珊瑚色の瞳が、こちらを見た。
「…………フラン。」
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(以下挿絵あり・単眼注意)




